■交錯編(真斗・涼子・宗平)
真斗のスマホが、テーブルの上で小さく震える。
画面を見る。
――涼子。
珍しい。
しかも、短い。
《今日の夜、あの居酒屋で》
相変わらず、余計な言葉はない。
(……女にしては、短すぎるだろ)
苦笑して、グラスを空ける。
夜。
小さな洋風居酒屋。
カウンター席。
ピンチョスをつまみながら、ワインを飲んでいる涼子。
涼子のその姿が絵になる。
少しだけ気取った空気。
「悪い悪い」
真斗が遅れて入る。
「遅い」
一言。
「この子は昔から時間にルーズなんだから」
“この子”。
昔から変わらない呼び方。
真斗は肩をすくめて座る。
「で?」
グラスを持つ。
「何の話?」
涼子は、ちらりと見る。
「あなた達、どうなってるの?」
涼子はまっすぐ言う。
「……は?」
とぼける。
無駄だと分かってるのに。
「早く決めちゃいなさいよ」
軽く言う。
でも、中身は重い。
「そんなことしたら」
真斗が顔をしかめる。
「融資引き上げられるだろ」
グラスを置く。
「みさとに一生恨まれる」
涼子は、ふっと笑う。
「無理よ」
即答。
「契約で縛ってるんだから」
「そんな道理、あの母親に通じると思う?」
真斗の言葉に、
涼子は一瞬だけ黙る。
「……それは、そうね」
あっさり認める。
「だから三ヶ月は動けない」
真斗は、深く息を吐く。
一拍。
空気が少し緩む。
「で?」
真斗がニヤッとする。
「涼子姐こそ、どうなのよ」
涼子はグラスを回す。
「前にね」
少しだけ遠い目。
「サンセバスチャンに出張があって、
商談成立のご褒美に、バル巡りをねだったの」
「……へえ」
「同僚もいなくて、二人だった」
間。
「絶好のチャンスだったけど」
「逃した?」
「酔わせすぎた」
さらっと言う。
「……は?」
「ワイン、弱いのよ。あの人」
真斗が、眉をひそめる。
「……“専務”じゃなくて、“あの人”って言うんだな」
涼子は、少しだけ笑う。
「仕事と、それ以外は別」
一瞬、沈黙。
「で?」
真斗が戻す。
「例の五十の女とはどうなってる?」
「それがねえ」
グラスを傾ける。
「会ってる様子、ないのよ」
「知らないだけじゃないのか?」
「……かもね」
でも、どこか納得していない顔。
「涼子姐は、気にしないの?」
一瞬だけ、視線が鋭くなる。
でもすぐに戻る。
「いいのよ」
グラスを軽くまわし、縁をゆっくりとなぞる。
「私が隣にいるなら」
一拍。
「他に誰がいても」と軽く言う。
その一言が、妙に重い。




