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ガーデンパーティ編

宗平の電話は、いつも短い。

「会社のガーデンパーティー。手伝ってください」

それだけ言って、切れる。

「……人使いが荒い」

小さく呟く。

でも断れない。

当日。

宗平の会社の屋上。

開けた空、風、そして、慌ただしい準備の音。

「はい、これ」

いきなり渡されたのはエプロン。

(……本当に手伝いなんだ)

周りを見渡す。

若い女性ばかり。

「何をすればいいですか?」

「テーブルにクロスを掛けてください」

言われるままに動く。

やがて、パーティーが始まる。

メインはバーベキュー。

他に、焼きそば、生ビール、甘味。

輪投げまである。

(……これ、ほとんど夜店)

思わず苦笑する。

みさとは水を注いで回る。

ふと、視線を巡らせる。

(……どこ?)

宗平の姿を探す。

バーベキューコーナー。

火の前で、肉を焼いている。

意外な光景。

(……似合わない)

そう思った瞬間。

宗平の視線が、こちらを探していることに気づく。

妙に、意識する。

その時。

数人の男性社員に囲まれる。

「名前、教えてもらえません?」

「連絡先も――」

軽いノリ。でも、距離が近い。

みさとは困って、少しだけ後ずさる。

「すみません、ちょっと……」

その瞬間、

「――俺の女に手を出すな!」

大きな声。

空気が止まる。

一斉に視線が集まる。

振り返る。

宗平。

蜘蛛の子を散らすように男たちが引く。

みさとの頬が、一気に熱くなる。

「……大きな声、出さなくても」

小さく抗議する。

宗平は軽く肩をすくめる。

「俺に似て女好きで、ごめん」

それだけ言って、元の場所に戻る。

(……何それ)

怒るべきなのに。

少しだけ、胸が騒ぐ。

遠くで、手招き。

初老の男性。

「すみません、熱いお茶、いただけますか」

用意して、運ぶ。

「どうぞ」

差し出すと――。

「少し、座りなさい」

椅子を勧められる。

みさとは戸惑いながら座る。

「宗平の伯父にあたります」

静かに頭を下げる。

みさとも慌てて頭を下げる。

「あの子には、想像以上の苦労をかけてきた」

ぽつりと語る。視線は、遠く。

「ここ数年で、ようやく――」

しばらく、間が空く。

「失われた青春を、あの子なりに楽しんでいる」

みさとは何も言えない。ただ、聞く。

「どうか」

少しだけ、みさとを見る。

「大目に見てやってほしい」

その言葉は、軽くない。

「宗平のこと……よろしく頼む」

それだけ言って、立ち上がる。

大きな背中なのに、なぜか寂しく見えた。

「見つけた」

背後から声。

振り向く。長身の女性。

「あなたが例の人ね」

まっすぐに見てくる。

「私、狙ってるの。専務のこと」

さらりと言う。

「あなたは偽装でしょ。だって、真斗がいるもの」

心臓が一拍、強く鳴る。

(……この人)

涼子は、くすっと笑う。

「面白いわね」

それだけ言って、背を向けた。

(……何なの)

胸の奥が、ざわつく。

■仕事の顔

ざわめきの中で。

ふと、空気が変わる。

さっきまで笑っていた社員たちが、少しだけ姿勢を正す。

視線の先。

宗平。

さっきまで肉を焼いていた男が、そこに立っていた。

「専務、こちらの件ですが」

涼子の声。低く、無駄がない。

手元のタブレットを差し出す。

宗平はそれを一瞥する。

ほんの数秒。

「この数字、どこまで確定してる?」

声が変わる。

柔らかさが消える。

「七割です。残りは明日の朝には」

「遅いな」

即答。

空気が、少し張る。

涼子は一瞬も怯まない。

「前倒しは可能ですが、その場合こちらのラインに影響が」

「影響はどの程度?」

「最大で三%」

「なら切っていい」

即断。迷いがない。

「代替は?」

「既に準備しています」

「じゃあそれで進めて」

会話が、速い。

無駄がない。

そして、通じ合っている。

少し離れた場所で、それを見ているみさと。

(……誰?)

同じ人のはずなのに。まるで違う。

さっき自分に向けていたものとは、全部違う。

「今日の人員配置、少し変えてる?」

「はい。女性側の導線が詰まっていたので」

「正解」

短く頷く。

それだけで、十分らしい。

涼子の表情が、ほんのわずかに緩む。

宗平が、ふと視線を動かす。

その先。みさと。

一瞬、目が合う。

だが、すぐに外される。

まるで、今は違う世界だと言うように。

そのやり取りを、みさとは動けずに見ていた。

(……あの人)

さっきまで。

冗談を言って、笑って、少し意地悪で。

距離を詰めてくる人。

それが――

今は、全く別の存在。

涼子が、ふとこちらを見る。

目が合う。

わずかに口元が上がる。

(……見た?)

そう言っているような目。

少し遅れて。

宗平が近づいてくる。

また、いつもの顔。

「どうしました?」

「……忙しそうですね」

それしか言えない。

「まあ、多少は」

(多少、じゃないでしょ)

あの顔を見た後だと。

全部が嘘みたいに軽い。

「……すごいんですね」

ぽつりと出る。

自分でも意外な言葉。

「何がです?」

「さっきの……仕事の」

言葉を探す。うまく言えない。

宗平は一瞬だけ黙る。

そして、軽く笑う。

「普通ですよ」

(普通……)

違う。絶対に違う。

みさとは、宗平を見る。

ちゃんと見る。

初めてかもしれない。こんなふうに。

「……嘘です」

小さく言う。

「普通じゃないです。全然」

ほんの一瞬、宗平の表情が止まる。

すぐに戻る。いつもの顔に。

「そう見えました?」

軽く笑う。

(逃げた)

沈黙。ほんの数秒。でも、長い。

「……さっきの人」

みさとが言う。

「涼子さん」

宗平が答える。

「毎日、ああいうの見てるって言ってました」

少しだけ探る。

宗平は、一瞬だけ視線を外す。

「そうですね」

短い返事。

そして、少しだけ間を置いた。

「羨ましいですか?」

不意の問い。

みさとは、言葉を失う。

考えたくなかった。

「別に」

少し遅れて答える。

宗平は、じっと見る。

その視線。逃げ場がない。

「……少しだけ」

言ってしまう。

一瞬、時間が止まる。

宗平の目が、わずかに変わる。

(何言ってるの、私)

でも、もう遅い。

宗平は何も言わない。

ただ、少しだけ距離を詰める。

「そうですか」

低い声。

それだけ。

それだけなのに。

胸の奥が、大きく揺れる。

宗平が、何気なく言う。

「助かってますよ、今日」

軽く笑う。

「ちゃんと"彼女"してくれてる」

一瞬、言葉を失う。

否定するはずなのに。

声が出ない。

夕方の光が、少し傾く。

パーティーの少し外れ。

人の少ない場所。

「さっきの、見てたでしょ」

涼子が声をかける。

逃げ場のないタイミング。

風が抜ける。

涼子は手すりにもたれる。

余裕がある横顔。

「あなた、距離取ろうとしてる」

核心を刺す。

「でも」

一拍。

「取れてない」

みさとの呼吸が止まる。

「……そんなこと」

否定しようとする。

でも、言葉が弱い。

涼子はそれを見ている。

「彼、分かってやってるから」

さらっと言う。

「あなたが嫌がらないライン、全部測ってる」

ぞくっとする。

思い当たる節が、全部よみがえる。

「ずるい人でしょ」

笑う。でも、否定はしない。

「……あなたは」

みさとがやっと言う。

「平気なんですか?」

涼子は少し考える。

「慣れてる」

即答。

「あとね」

少しだけ顔を寄せる。声が落ちる。

「私、あの人の"ああいう顔"毎日見てるの」

仕事の顔。決断する顔。冷たい目。

「あなたは、どっちが好き?」

問い。逃げられない。

みさとは、答えられない。

優しい宗平。

でも――

さっきの宗平も、頭から離れない。

涼子は、くすりと笑う。

「ほらね」

「どうせ」

一拍。

「降りられないから」

そのまま、離れていく。

涼子の背中が、人混みに溶けていく。

(取れてない)

(どうせ、降りられない)

みさとは、その場に立ち尽くす。

風が吹く。やけに冷たい。

宗平の顔が浮かぶ。

軽く笑う顔。からかう声。距離を詰めてくる癖。

次に浮かぶのは――

さっきの顔。

仕事の顔。迷いのない声。決断する目。

(……あんな顔)

知らなかった。

知ろうともしていなかった。

胸の奥が、きゅっと締まる。

その光の中で。

みさとは初めて気づく。

(……私)

もう、外側にいるつもりでいられない。


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