表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
13/27

第㈣章 ワインパーティー編

宗平からの電話は、いつも唐突だ。

「業界のワインパーティーに同伴してくれませんか」

断る隙もなく、通話は切れた。

「……勝手な人」

みさとは小さく呟く。

当日。

ホテルの広間。

足を踏み入れた瞬間、空気が違う。

静かなざわめき。

洗練された笑顔。

そして――場違いな自分。

宗平が選んだドレス。

淡く白に近い色合いで、どこかウエディングドレスを思わせた。

(……恥ずかしい)

ボーイがワイングラスを差し出す。

みさとには赤。

宗平には白。

迷いがない。

慣れている。

チーズが並ぶテーブル。

宗平が一つ指差す。

「これ、そのワインに合いますよ」

半信半疑で口に運ぶ。

(……本当だ)

思わず驚く。

「なんで分かるんですか?」

宗平は軽く肩をすくめる。

「あちらにテイスティングがあります。行ってみます?」

みさとは小さく頷く。

グラスに少量のワイン。

宗平が見せる。

「まず色。特に縁」

光に透かす。

「次に香り」

軽く揺らす。

「最後に――」

一口含む。

「口の中で転がして、味を確かめる」

見本のような所作。

「……違いますね」

みさとが素直に言う。

宗平は少し笑う。

「ワインは、テロワール、ドメーヌ、ヴィンテージで変わります」

一拍。

「なんて、受け売りですけど」

その軽さが、少しだけ救いになる。

いくつかのカップルと挨拶を交わす。

その中で、ふと耳に入る声。

「……あの噂、嘘だな」

「だよな。あんな相手がいるのに」

「五十近い女に手を出すなんてな」

かすかな囁き。

みさとは何も言わない。

だが、宗平の横顔を一瞬だけ見る。

その時。

白い髭の老人が現れる。

威厳と品をまとった存在。

隣には、若く美しい女性。

「今日は、いつもの背の高い秘書じゃないんだね」

視線が、みさとを上から下までなぞる。

いやらしさはない。

ただ、値踏みするような目だった。

「こちらは?」

一瞬。

空気が止まる。

宗平が、自然に答える。

「フィアンセです」

(……え?)

みさとの思考が止まる。

「そうか。お似合いだ」

それだけ言って、老人は去る。

「後で恥かきますよ」

小声でみさとが言う。

宗平は、微笑むだけ。

「そうですか?」

その余裕が、少しだけ腹立たしい。

ボーイが声をかける。

「おかわりはいかがですか」

みさとは少し考えてから言う。

「テイスティングの三番目、いただけますか?」

ボーイの表情が一瞬曇る。

だが宗平を見ると、すぐに頷く。

「かしこまりました」

グラスが差し出される。

「……私、何か無茶言いました?」

宗平は首を振る。

「いいんですよ」

一拍。

「前にも言いましたよね」

少しだけ目を細める。

「笑顔が見られるなら、少々のことはするって」


パーティーを後にする。

「少し酔ってます?」

宗平が聞く。

「……少しだけ」

「部屋、取りましょうか」

「冗談でしょ!」

思わず強くなる。

「休憩するだけですよ」

冷静な声。

みさとは少し迷う。

確かに、足が少し重い。

「……本当に休憩だけですからね」

「分かってます」

ホテルの部屋。

冷たい水が差し出される。

自然な手つき。

慣れている。

水を飲み干す。

髪飾りを外す。

そのまま、ベッドに倒れ込む。

宗平は上着を脱ぎ、端に腰掛ける。

「大丈夫ですか?」

その視線。

胸元に一瞬感じて、みさとは背を向ける。

「……誤解、解けてよかったですね」

みさとが言う。

「何のことです?」

「さっきの話、聞こえてましたよね」

宗平は少しだけ黙る。

「……でも、本当のことです」

静かに言う。

みさとは眉を寄せる。

「名誉は回復したでしょう?」

宗平は、ふと視線を落とす。

何かを思い出すように。

「年上の女性と付き合うのって、不名誉ですか?」

唐突な問い。

「……少しじゃないでしょ」

思わず返す。

「それに、お水だし」

軽口のつもりで言ってしまい、少し後悔する。

でも。

宗平は何も言わない。

ただ、少しだけ笑う。

いつの間にか、二人とも眠っていた。

目を覚ますと。

宗平が先に起きていた。

椅子に掛けたまま、こちらを見ている。

「よだれ、垂れてましたよ」

悪戯っぽく笑う。

「垂らしてません」

即答。

「それにしても、よく寝ますね」とみさとが言う。

宗平が自身の肩を揉みながら答えた。「疲れてるんですよ」

「何に疲れいるんですか?」

呆れた声。

宗平は答えない。

ただ、少しだけ笑う。

「お腹、減りません?」

「……確かに」

お腹が静かに鳴りそうになる。


寿司屋に入る。

暖簾も出ていないのに、宗平は迷いなく入る。

「大将、早いけどいい?」

「お安い御用だ!」

威勢のいい声。

「お任せで」

次々と出てくる。

どれも、美しい。

そして、驚くほど美味しい。

会計の時。

大将が小声で言う。

「今日は、あの背の高い秘書さんは?」

一拍。

「俺は今日の嬢ちゃん、好きだな」

笑う。

「また連れてきなよ」

(……私って、地獄耳?)

みさとは、宗平を見る。

(背の高い秘書……?)

胸の奥に、小さな引っかかりが残る。

言葉にするほどでもない。

でも、消えない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ