世界を救った魔術師、早くも対峙する
「ライアン卿がいれば、話は早いですね」
「だっはっはっ。たまには俺の顔も役に立つってもんだ」
ダンジョンを出てすぐ、俺たちは王都へと急いだ。
門兵はライアンを見るなり、サッサと脇に逸れ、俺たちを通す。
空はもうすっかり茜色を通り越し、夜の帳が下りかけている。
「なぁ、リッタ」
「んぁ?」
「なんでポアラに抱っこしてもらってんだ?」
「あ、ライアン卿。小さくなってから先生のポジションは基本ここですのでお気になさらず」
俺が答えるよりも早く、ポアラが先に答えちまった。
そんなもんだから、ライアンの野郎はこちらをゴミを見る目で見てきやがる。
「ロリコンめ」
「ちげーわ」
「だったら俺が抱っこしてやろうか?」
「うげぇ」
俺はポアラの胸に隠れた。
「幼馴染のおっさんに抱っこされるなら、変態ロリコンおじって罵られた方が良い」
「変態ロリコンおじ。さっさとポアラから降りろ」
「わ、私は、先生が変態ロリコンおじでも、べ、別にいいんですけど」
「魔法学園ってのは催眠学園なんか?」
「魔術学院だって言ってんだろ」
「その変態ロリコンおじが生徒の胸に隠れて難しい顔をしてるのはどういう了見だ?」
「先生、私の胸の中は居心地悪かったですか?」
「いや、ちょっとマジな話、城の前で、妙な違和感があったんだ。今もずっと、頭の片隅に引っかかってる」
「違和感?」
「うまく言えないんだが。悪い予感、みたいなもんだ」
「へぇ。勘の悪ぃ鈍感なお前が、ねぇ」
「うっせぇ。ほら、さっさと行くぞ」
「はいっ、先生」
♢
王都の門をくぐり、城下町を抜ける。
いつもなら賑わっているはずの大通りが、やけに静かだ。
「……人が、少ないな」
「言われてみれば」
ポアラも異変に気づいたようだ。
城の正門が見えてくる頃には、その理由がはっきりとわかった。
「あれは……」
正門の前に、数人の近衛兵が倒れている。
「おいっ! 大丈夫か!?」
ライアンが慌てて駆け寄ると、少しだけ安堵の息を吐いた。
ただ、気を失っているだけのようだな。
「くそ、なにが起きてやがる」
ライアンが剣を抜く。俺も全身の感覚を研ぎ澄ませた。
「──!?」
先程、門兵に追い払われた時に感じた違和感。それを感じた。
「城の中だ」
「先生、行きましょう」
「待て、ポアラは──」
「今更、先生を下ろすなんてことはしませんからねっ」
有無を言わせぬ口調で、俺を強く抱っこしたまま駆け出した。
♢
城の奥、謁見の間。
その手前の廊下から、すでに異様な光景が広がっていた。
「嘘だろ、おい」
近衛騎士たちが、何人も廊下に倒れている。皆、鎧姿のまま気を失っているが、外傷らしい外傷は見当たらない。純粋な力比べで負けたんじゃない。魔術で無力化されたんだ。
「近衛は剣と体術が本業だからな。魔術師相手じゃ、間合いに入る前に沈められちまう」
ライアンが苦々しげに呟く。相性の悪さは、俺にもよくわかる。近接に特化した騎士は、遠距離から魔術を叩き込まれると、なす術がない。
謁見の間の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景に、俺は息を呑んだ。
「クロード!!」
床に片膝をついたクロードの前に、パリンドロミスが立っている。手をかざし、なにかの詠唱を続けている様子だ。
クロードの顔は蒼白で、口の端から血が滲んでいた。
あの勇者クロードが、押されている。
「親父……もう少しだ……!」
「焦るな。確実に、な」
その少し離れた場所では、黒いマントの男と、剣を構えた女性騎士が斬り結んでいた。
「はぁあああっ‼︎」
「──ちっ、しぶといな」
金糸の入った近衛の礼装を纏った女性が、鋭い斬撃を次々と繰り出している。
「セリーヌ! そのままそいつを頼むぞ!」
鋭い斬撃を繰り広げる女性に向かってライアンが言い放つ。
「ライアン卿!? ──はい!」
「俺の相手は、おめぇだ、くそ野郎っ!」
ライアンは、地面を蹴って一気に間合いを詰める。
その勢いのまま、大剣を横一閃。パリンドロミスへと迫る一撃。
「!?」
しかし紙一重で躱されてしまった。
「なっ……!?」
「ちっ、邪魔が入ったか」
黒マントの男が、セリーヌとの間合いを取りながら舌打ちする。
「よそ見をしている暇があるなんて、舐められたものですね」
セリーヌは斬撃を速めた。
「凄い剣捌き、です」
ポアラが、こんな死闘の最中だというのに、芸術でも眺めているかのような声を漏らしていた。
「近衛騎士団長のセリーヌ・アルマティア。あいつは相当強いぞ」
近衛騎士に魔術指導を行った時もかなり優秀だったからな。このまま黒マントをぶった斬るんじゃねぇかな。
「──っそ、がっ。イキってんじゃ、ねえ!!」
なんて思っていると、あの魔力の違和感が訪れる。
瞬間、セリーヌの剣が吹き飛ばされていた。
一体、なにがあった? 見えなかったぞ。
なんて疑問はあとだ。このままじゃセリーヌが斬られちまう。
「死ねっ」
「セリーヌ!」
俺は咄嗟に彼女の名前を叫び、ポアラの胸の中から魔術を放つ。
「んだぁ!?」
俺のファイアが黒マントに当たったがノーダメージ。
だが、それで良い。
今の一瞬で、セリーヌは相手と間合いを取り、事なきを得る。
「退くぞっ」
「親父、まだ完全には──」
「もういい。退くぞ」
「簡単に逃がすかっ‼︎」
ライアンとセリーヌが同時に斬りかかる。その時、また魔力の違和感を感じた。それを感じ取っている合間に、パリンドロミスと黒マントの男は、素早く窓の外へと飛び出していった。
「くそっ、待ちやがれ‼︎」
追おうとするライアンだったが、崩れ落ちるクロードの姿を見て、足を止める。
「クロード!」
「陛下!」
ライアンとセリーヌがクロードのもとへと駆け寄る。
俺とポアラもそれに続いた。
「ポアラ、下ろしてくれ」
「は、はい」
ポアラから下りて、クロードの容態を見る。
意識は失っているが、息はある。俺と同じ魔法にかかっている様子は──ない、か。魔力の違和感を感じない。
「クロード、しっかりしろ!」
「揺らすなライアン」
「で、でもよぉ! ダチが伸びてんだぜ!?」
「落ち着けって、命に別状はない」
そういうと、ライアンは泣きそうになりながらも、ホッとした様子を見せた。
「セリーヌ、クロードをベッドまで頼む。お前なら丁重に扱う
「え!? あ、は、はい」
見た目が子供の俺に指示を出され、少し戸惑いながらも、セリーヌは応じてくれた。
「さて、クロードは直に目を覚ますだろうから、起きたら事情を聞こうぜ」




