世界を救った魔術師、教え子と討伐する
「ワイバーン!?」
思わず声が裏返る。
攻略済みのダンジョンに、こんな大物が棲みついているなんて聞いてない。
「せ、先生。あの魔物は? 明らかに強そうなのはわかりますが」
「ポアラが知らなくても当然か。ワイバーンはサバリア地方に生息する魔物だ」
全長は十メートル近いか。前脚を持たず、二枚の翼をそのまま前脚代わりにして地を這うように迫って来る。緑がかった鱗が、鈍く反射していた。
「ど、どうしましょう!?」
ポアラが俺を抱えたまま後ずさる。その判断は正しい。真正面からやり合っていい相手じゃない。
「逃げる。たって、向こうの方が速いだろうから追いつかれる、か。ここは逃げる英断より、戦う勇気、だな」
「か、勝てるんですか?」
「今の俺たちの魔術だけじゃ無理だ」
「だ、ったら──」
「落ち着けポアラ。俺たちは人間だ。知恵がある。それに俺には経験がある。昔、クロードとライアンと、何度も狩ったことがあるからな。まず、厄介なのは、あの鱗だ」
ワイバーンの鱗は非常に硬い。下級魔術は言うに及ばず、中級魔術ですらまともに刃が通らない。仕留める時は、いつもライアンの馬鹿力で思いっきり叩き斬ってくれてたっけ。
「『グレイシャル・ランサー』でも駄目ですか?」
「何発も撃てば、威力自体は足りるかもしれないが、無駄撃ちして魔力を切らすほうが怖い」
ワイバーンが翼を大きく広げ、威嚇するように吠える。
「シャアアアアアッ‼︎」
「狙うのは一箇所だけだ」
俺は自分の喉元を指差す。
「口の中、特に喉の奥。あそこだけは鱗がない」
「口の中に……どうやって狙うんですか? こっちから開けさせるなんて」
もっともな疑問だ。あんな図体のでかい奴が、都合よく口を開けてくれるはずもない。
「奴が獲物に食いつこうとする瞬間だけ、大きく口を開ける」
「じゃあ、誰かが餌にならないと──」
言いかけて、ポアラの顔が青くなる。
「まさか、先生……」
「察しがいいな。俺が囮になる」
「だめです! 絶対にだめ!」
ギュッと俺を守るように締め付けてくる。
珍しく強い口調で遮られるが、これしか今は方法がなさそうだ。
「聞け、ポアラ。ワイバーンはドラゴンに見えるけど違う。トカゲだ。IQは高くない。ワイバーンもゴブリンと習性が少し似ていて、大きくて手強い獲物より、弱そうで捕まえやすい獲物を優先して襲う習性がある。子供の俺は、奴からすれば絶好の獲物に見えてるはずだぞ」
「だからって……!」
「お前の『グレイシャル・ランサー』の威力と精度なら、狙った瞬間を外さない。俺はそれを信じてる」
ポアラは唇を噛んで、しばらく黙り込んだ。
「……わかりました。でも、絶対に、絶対に無茶しないでください」
「約束する」
この間交わした条件を、今度は俺の方が守る番だ。
♢
まずは地形を利用する。
通路の細い場所までワイバーンを誘い込めば、翼を広げられず、動きが単調になるはずだ。
「こっちだ、ドラゴン崩れのトカゲ野郎!」
精一杯の悪態をつきながら、狭い通路へと駆け込む。子供の脚だと、思うように走れないのがもどかしい。
「シャアアアアアッ‼︎」
「はやっ!」
背後から地鳴りのような足音が追ってくる。
向こうが速いのか、俺が遅すぎるのか。
あー、くそっ。元の姿なら上級魔術をぶっ放してワンパンだってのに、ちくしょーが。
「『フリーズ!』」
目の前の地面を凍らせて、その場をアイススケートよろしく、滑って行く。
子供の体幹やべぇ。めっちゃ綺麗に滑ることができる。
そのおかげで、なんとか距離を稼ぐことができた。
「もうすぐです、先生! そのまま真っすぐ!」
通路の奥に控えるポアラの声が届く。すでに二重の魔法陣を展開し終えているのがわかった。
もう少し、もう少しで狭い曲がり角だ。あそこを曲がれば、奴は一瞬速度を落とさざるを得ない。
「うわっ!」
角を曲がった瞬間、背後から強い風圧を感じる。ワイバーンが大きく顎を開き、俺に食らいつこうとしている音だ。
「今だ、ポアラ‼︎」
「『グレイシャル・ランサー』‼︎」
ポアラの魔法陣から、無数の氷の槍が解き放たれる。狙いは寸分の狂いもなく、大きく開かれたワイバーンの喉の奥へと吸い込まれていった。
「シャ、アアアア……ッ!?」
鈍い悲鳴と共に、巨体がぐらりと傾く。喉の奥を貫かれたワイバーンは、そのまま勢いよく地面に倒れ込み、二度、三度と痙攣したあと、動かなくなった。
「……勝った、か?」
「先生‼︎」
ポアラが駆け寄ってきて、そのまま俺を抱きしめる。
「無事で、良かった……!」
ぐいぐいと頬を押し付けられ、なんとも言えない気持ちになる。だが、今回ばかりは素直にぐりぐりやられておこう。
「ふぃ」
絶命したワイバーンを横目に、俺は小さく息を吐いた。
昔の知識と、ポアラの実力。両方が揃わなければ、間違いなく倒せなかった相手だ。
「ポアラ、良い一撃だったな」
「先生の指示があったからですよ」
「二人でようやく一人前、って感じかな」
「先生と二人で、一人前……えへへ、はいっ」
よくやったな、という思いで、頭を撫でてやろうとしたら、「私が撫でてあげますね」と言われ、嬉しそうに俺の頭を撫でてくる。
ま、今回は撫でさせてやるか。




