世界を救った魔術師、ばぶみを感じる
俺、子供になってる、よな?
一体、どういうことだ!?
「うわぁ、かわいい男の子」
ポアラは俺を真っすぐに見つめ、首を傾げて来る。
「ねぇ僕、お名前、言えるかな?」
いつもなら俺の胸元あたりにあったポアラの頭が、今は抱っこされ、俺の頭がポアラの胸辺りにある。
ぁ、柔らかくて、優しくて、良い匂いがして……。
──はっ!? いかん!! おっさんが教え子にばぶみを感じて、理性が吹き飛んで滅とか絶対にだめ。
「ポアラ、俺だ、リッタだ!」
「ふふっ。リッタ先生のファンなのかな? 私もリッタ先生のこと、大好きだから、気持ちはわかるよ」
「や、そうじゃなくて……ほら、服、この服見ればわかるだろ」
俺は、ぶかぶかの服を揺らしてアピールしてみせる。
「その服……」
ジッと魔導士の服を見つめると、幼い弟を見つめる優しいお姉ちゃんみたいな顔をして悟ってくる。
「リッタ先生に憧れて、大人サイズの服を買ったんだね。そっか。男の子だと着たい派かぁ……私はね、先生の服を洗濯したい派だよ」
え、もしかして俺の服、臭い? くんくんと鼻を鳴らすと、ポアラの良い匂いが強すぎて、俺の服まで良い匂いがする。
しかし参ったな。どうすれば俺がリッタということを信じてくれるのか。
……仕方ない。あんまりこういう手は使いたくないが──。
「ポアラ。ダンスは最近しないのか?」
「へ?」
こちらの急な問いかけに、ポアラは間抜けな声を漏らす。
「お前は上級魔術の詠唱を覚える時、自作のダンスで覚えるんだろ?」
たまたま、誰もいない放課後で練習しているのを目撃してしまった。「ヘイ、ヨー」と学院一の秀才が、学院一ダサい振り付けダンスをしていたな。
「り、りりり、リッタ先生!?」
あ、今ので証明になったみたい。
許せ、ポアラよ。
「え、じゃ、じゃあ、私、さっきから先生を、赤ん坊みたいに抱っこして……っ!?」
「落ち着けポアラ。一旦、俺を降ろそう。服が脱げそうだ」
「待って、私、大好きな先生に面と向かって大好きって言っちゃったってこと!?」
落ち着くところが、パニックを加速させ、目を回すポアラ。
慌てた様子で俺を降ろさないため、俺の服が、ずるずるとずり落ちてしまった。
下着も全部大きかったため、生まれたままの姿を教え子に露見する形になっちゃった。
「あ……かわいい」
ナニ見て言ってんだ、と思い、俺も視線を股間の方に向ける。
「まじで子供になってんだな」
ナニで判断するのも悲しきものよ。
♢
「うう……もうお婿にいけない」
ぶかぶかの服を生徒に着させてもらったところで、なんだか無償に悲しさが溢れてしまう。おっさんがマジ泣きしそうになっちゃったよ。
「だ、大丈夫です! 私がお婿にもらってあげますから!」
しゃがみ込み、幼子をあやすように言われてしまうが、その優しさが今は心に染みる。
「ポアラは優しいな」
そうやって頭を撫でると、「えへへ」といつもの笑みを見せてくれる。
「でも先生。いきなり子供になって身体は大丈夫なんですか?」
「ああ、なんとか生きている、な……」
体内の魔力回路を探ってみるが、酷いね、こりゃ。
心臓が縮んだ分、出力できる魔力が落ちてやがる。
「今の状態じゃ上級魔術はもちろん、中級魔術も出せやしない。精神は大人のまま、肉体だけが子供になったみたいだな」
……ん?
なんだ、これ。
自分の魔力になにか違和感がある。
「ポアラ。俺の魔力、なにか変な感じしないか?」
「え? ちょっと待ってくださいね」
ポアラは軽く瞳を閉じ、俺の魔力を感じ取ってくれる。
「特に変ということはありません。強いて変と言うのなら、先生の魔力が見た目のまま、子供のみたいに小さな魔力になってしまっていることくらいですかね」
「そう、か……」
学院一の秀才でも感じ取れない、この違和感の魔力。これがなんらかの悪さをしているのは確かだろう。
そういえば、パリンドロミスを名乗る男に握手をされた時もなにも感じなかった。
──いや、そうか。子供になったからだ。俺が子供に戻ったから感じ取れるんだ。
普通の子供なら、未熟だから魔力を感じ取れるなんてことはできない。逆に大人は、経験や理論で凝り固まった感覚のせいで、型に当てはまらないもんは弾いちまう。
今の俺は、大人の経験と知識を持ったまま、子供の身体に戻った状態だ。子供特有のまっさらな感覚と、大人の観察眼、両方が揃って初めて、この魔力に気がついたのだろう。
うわー、ドーパミン出るぅ。
「なんつーか、皮肉なもんだな。ドパガキにされてわからされるなんて」
「先生は、どうして子供になっちゃったんですか?」
「ああ、依頼主だった人間に魔法をかけられたんだ」
「人間が魔法を? 魔族ではなくてですか?」
「言動がしっかりしていたからな」
「魔族は人の言葉を話せるけど、内容がめちゃくちゃですもんね」
「大正解。流石は学院一の秀才だね」
「えへへ」
魔族は人間に似ている容姿をしており、言葉も話すことができる。しかし、言語がめちゃくちゃで、『私は俺と魚のデートに誘った疑いがある。まじで』とか、命のやり取りの最中にぶっ放し来たりするからな。笑っちゃいけない場面で笑いそうになる。
その点、パリンドロミスを名乗った男は、会話はできていた。だから人間ってことはわかるのだが……。
「しかし、人間が魔法を扱えるはずがありません」
「そこなんだよ。実際に火の魔術を使っていたしな。おまけに、中級魔術の『ファイア・ランス』を三個同時に出していたよ」
「上級の魔術師、ということになりますね」
「ああ」
魔術師の数自体が希少な存在。だから上位の魔術師となれば絞り込めるが、あんな若い上級魔術師は見たこともない、な。
「それに、『他の奴等にも有効』と言っていたのも気になる」
「もしかして、元勇者パーティを狙っている可能性があるのでしょうか?」
「可能性として、な」
あの口調なら、世界を救った他の仲間、勇者クロードと戦士ライアンを狙っている可能性は十分にあり得る。
「その魔術師を探し出して吐かせるのが一番の目的。そして、俺の魔力の違和感。これが今回の鍵になるのは間違いない。でも、今はまず、クロードとライアンに状況を伝えに行かなきゃな」
考え込んでいると服がズレてくる。
「おっ、と。悪い、ポアラ。仲間たちのところに行きたいが、服が脱げそうだ。なにか着るものを一緒に探してくれないか?」
「わかりました」
コクリと頷くと、「おいでー」と手を伸ばしてくる。
「なんの真似だ」
「や、先生、歩けないと思いまして……」
これは仕方ない、よね?
俺はよたよたと、ポアラの方へ向かうと、ギュッと優しく包まれた。
「きゃわ……♡ えへへ、いいこ、いいこでちゅねぇ」
「や、やめろ!!」
生徒でばぶみを感じてメロさを感じるのは滅すぎる。
「あ、だめ、いつも見上げていた先生が私の胸の中……私の中のなにかが、弾けそう」
「だ、だめだ、ポアラ、これ以上は──」
「ギュッ♡」
こうして無事に俺はポアラに屈してしまったのである。




