世界を救った魔術師、ドパガキにされる
心臓が握り潰される感覚。血が体内を逆流し、口から溢れ出る。
「が、はっ……!!」
おかしい……なにをされた? 俺は世界を救った魔術師、だぞ……。その俺が、こうも簡単にやられる、なんて……。
「な、にを、した……パリン、ドロミス……」
「冥土の土産に教えてやる。その名は、世界を救った奴等を殺す魔法だ」
魔法……。人間には使えないはずのそれを、目の前の若い男は使ってみせたというのか……。
今日、俺は死ぬ、のか……。
『──大丈夫?』
諦めかけたその時、聞き覚えのある声で俺は目を覚ました。
♢
15年前。勇者パーティが魔王を倒し、世界は救われた。
俺は魔術師として勇者パーティに入っており、世界を救った褒美に魔術学院を造ってもらった。魔術をもっと広め、世界を豊かにしたいのが俺の次の目標だ。
魔導士の恰好に着替え、王都の学院にある俺の部屋から出ると、部屋の前に女子生徒が立っていた。
「お、どうかしたか? ポアラ」
彼女はポアラ・デュナミル。
長く綺麗な白銀の髪が特徴の、端麗な顔立ちをした女の子だ。
「魔術について質問があったのですが……魔導士の格好をしていらっしゃるということは外出でしょうか?」
「俺指名の依頼が入ってな。今からギルドに向かうところ。すまないが、質問は後日でも良いか?」
「はい」
歯切り良く返事をしてくれたかと思ったら、「ふふ」と可愛らしく笑われてしまう。
「そうやって魔導士の恰好をしていると、本当に世界を救った勇者パーティの魔術師、リッタ・フェルシア様だと思えます」
「おいおい。普段はどう思ってんだよ」
「普段? ……ええっと……大人の魅力が──」
少し頬を赤くし、その後はごにょごにょと言葉にならない声でなにかを言っている。
そんなポアラの頭を少し乱暴に撫でてやる。
「本当はただのズボラなおっさんだと思ってんだろ、この、このー」
「ああ、先生、やめてください! 髪が乱れちゃう!!」
彼女は、ぷんすか怒りながら手櫛で髪を整える。
「やるなら優しく撫でてくださいよ。『この前の試験で一位おめでとう』とか言って欲しいです」
「そういうのがご所望か」
ポアラの希望通り、優しく頭を撫でてやる。
「この前の試験で一位おめでとうポアラ」
「えへへー。私、先生に褒めてもらいたくて頑張りました」
いつもは真面目で清楚。そんな彼女の顔が、ふにゃふにゃになってしまっている。
平和だ。
この平穏な日々を手に入れるため、俺たちは魔王から世界を救ったんだ。
「ほいっ、おしまい」
ぽんっと、最後に軽くだけ頭を叩くと、「ぁ……」と名残惜しそうな声が彼女から漏れる。
「あ、あの、先生? ギルドに行くのなら、私も一緒して、良いですか? 王都で買い物、しようと思いまして」
「それは構わないが……もう授業はないのか?」
「きょ、う、履修している教科はもう終わりました」
なんか視線を逸らして言っているけど……まぁ真面目なポアラが言うのだからそうなんだろう。
「それじゃ、途中まで一緒に行こうか」
「はいっ。えへへー」
ポアラは笑うと実年齢より幼く見えてしまう。
まるで親戚の子みたいだな。
♢
ポアラとはギルドの前で別れた。
依頼主とは王都のギルドで待ち合わせのため、ギルドの中に入る。すると、すぐに若い男がこちらに歩み寄って来るのがわかった。
「もし。リッタ様ですかな?」
もし?
おっさんの俺が言うのもあれだが、おっさんっぽい若者だな。
「もしかして依頼主の、パリンドロミスさんでしょうか?」
「お会いできて光栄です、ええ、はい」
そう言って握手を求めてくるため、応じる。
「パリンドロミス……です」
目を見てはっきりと名を名乗る若人。それにしたって、目力半端ないな。あと、ちょっと手に力が入って痛い。
「初めまして、リッタ・フェルシアと申します」
「あっはっはっ。リッタ様のことはもちろん存じ上げておりますよ。当然じゃないですか。世界を救った大英雄の魔術師殿なのですから」
初めましての方からよく頂くお世辞を貰いながら、互いに、ギルドのロビーにある適当な席へ腰かける。
「パリンドロミスさん。依頼の内容をお聞きしても?」
依頼内容は会って直接話したいとのこと。
彼は大金を出し、ギルドを通して俺へと依頼をした。
「魔法の調査をして頂きたく、今回は参った次第です、ええ、はい」
「魔法の調査、ですか」
冷静に言葉を繰り返したが、内心は高揚感に包まれていた。
魔法は魔族や魔物だけが使える先天的能力。魔術はその魔法を人間が研究し作り上げた後天的能力。つまりは魔法がないと魔術は使えない。魔術を極め、広め、世界を豊かにするには魔法の調査は必須。
「世界を救った魔術師のリッタ様になら、なにかわかると思いまして」
「微力ながら、私で良ければ力になります」
「では早速、現場へ向かいましょう」
♢
どうしてこんなところに入るのやら。
ギルドを出ると、狭い路地裏へと入って行く。
ダンジョンに向かうのではないのか。
「近道で現場に向かいましょう」
なんて言っているが、この先は行き止まりだ。王都の地図は頭に入っているからな。
もしかしたら、この路地裏に希少な魔物なんかを隠している、とか?
んなわけない、か。
どう考えても怪しさが募るので、防御魔術を張り巡らす準備をしておく。
怪しい動きをしたら、すぐに王都の騎士団へ突き出してやる。
「いやー、まさか世界を救った勇者パーティのリッタ様に、こんな依頼を受けてもらえるなんて、ねぇ」
路地裏の行き止まりまで来ると、パリンドロミスさんは立ち止まり、背中で語りかけてくる。
「大金を払った甲斐があるというものです、ええ、はい」
用心のため、毒や麻痺の探知魔術も動かしているが、特に反応はない、か。
この行き止まりには、本当になにもないみたいだ。
「こんなところで魔法の調査、ですか?」
「ええ。もっとも、調査対象は、あなた、ですがね」
そう言って振り返ってくると、顔付き一つ変えずに魔術をぶっ放して来やがる。
魔法陣が二重になっている。それを三つも出しやがった。
こいつ、その若さで上級魔術師か。しかも中級魔術を三つなんて、凄すぎる。
だが、奴が放った三つのファイア・ランスは、俺の用意していた防御魔術に当たり、簡単に鎮火した。
──カンッ!!
ファイア・ランスとは違う方向から違う攻撃が繰り出される。
「いつの間に……?」
全身を黒マントで覆ったアサシンみたいな奴が、俺の防御魔術に剣を突き立てたみたいだ。完全に気配を消していたのか。全然気が付かなかった。
しかし、そんなもんじゃ俺の防御魔法はビクともしないがな。
「俺を暗殺したかったのか?」
「──ちっ」
全身黒マントは、俺との間合いを取り、行き止まりの方にいる、パリンドロミスの隣に並ぶ。
「あっはっはっ。流石は世界を救った魔術師。私共ではまるで歯が立たない」
余裕の笑みはまだ奥の手がある証拠。後ろからアサシンで暗殺ができるとは、最初から思っていなかったみたいだな。
「親父!! まだか!?」
親父……?
「待て。もうすぐ、だ」
ニヤリと笑うパリンドロミス。
なにか仕掛けられる前に、素早く発動できる下級魔術で対応──。
ドクンッ!!
「──うっ!?」
突然、心臓が強く跳ねた。
その後、激しく鼓動する。
「が、はっ!!」
な、んだ? この心臓の発作は、一体……?
「ようやく効き始めたみたいですねぇ」
「な、にを、した……パリン、ドロミス……」
「パリンドロミス……ふはは!! 冥土の土産に教えてやる。それは世界を救った奴等を殺す魔法の名だ」
「ま、ほぅ……?」
なんで人間が魔法を使えるんだ……いや、それよりも、こいつは火の魔術しか使っていなかったはず……。いつ、俺に……。
──!?
あの時、か……握手をしたあの時、パリンドロミスって唱えやがった、か。
でも、なにも、感じ、な、かったぞ……。
「げふっ!!」
血が体内を逆流し、吐血してしまう。
「親父。魔術師のリッタがくらうということは、他の奴等にも有効ってことで良いんだよな?」
「ああ。くくく。大金を叩いた甲斐があったというもの。最高の魔法の調査となったよ。実験体となってくれてありがとう、リッタ様」
「お前らが魔王を倒し、救ったつもりの世界で、俺たちがなにを失ったと──」
「おいっ」
パリンドロミスを名乗っていた男が、全身黒マントの言葉を遮った。
「……ふんっ。老害には、相応しい死に様だ。ほんの一瞬だけだろうが、柔らかくなる頭で自分がしたことを悔いろ」
冷たく言い残して、二人はその場を去ってしまった。
追いかけることができず、俺はそのまま倒れてしまう。
それでもなんでも……自分の持っている魔術を片っ端から試してみた──。
しかし、心臓発作は止まない。
はは……。
世の中には俺の知らない魔法が山ほどある。それらを魔術にして、世界を豊にしたかったなぁ。
皮肉にも、未知の魔法でやられるなんて……な……。
♢
「──大丈夫!?」
ふと、かわいらしい声が聞こえてきて意識が戻る。
「う、ん……」
目を開け、周りを見てみる。
「ぁ……良かった、生きてる……」
目の前に、白銀の髪の天使みたいな女の子がいた。
一瞬、天使に天国に運ばれたのかと思ったが、違う。
「ポアラ……?」
ここはさっきの路地裏だ。
心臓を握り潰されている感覚は、もうない。
なんとか助かった、みたいだな。
「お姉ちゃんのこと知ってるの? 知り合いにこんな子いたかな……」
「え?」
おいおい。どういうこった。
この子は間違いなく俺の生徒のポアラだろうに。
「ぼく、お名前は?」
そう言いながら俺を簡単に抱っこしてくるポアラに俺は『?』が止まらない。
俺は175センチで75キロあるガッシリ系の魔術師。
華奢なポアラが抱っこできるはずが……。
いや待て。なんかこの子、やたらでかくなってないか?
あと、やたら良い匂いするんだけども……。
あれ? てか、なんか俺の服でかくない? ぶかぶかなんだけど。
あ、うん、わかった、これ。
「俺、子供になってる!?」




