お兄ちゃん
ピリカは急いで店を飛び出した。
そして、そのまま事務所へ向かった。
「アル!!」
勢いよく扉を開ける。
「ピリカ?」
アルとメレブが振り返る。
「どうしたの?」
「リクが……!」
ピリカは息を切らしながら話した。
「リクがいなくなったの!」
アルの表情が変わる。
「どういうこと?」
「カフェで一緒にいたの。ちょっと電話に出るために外に出て……戻ってきたら、リクがいなくなってた」
「店の外に出たんじゃないの?」
「違う。店員さんにも聞いたけど、リクが出ていくところは見てないって」
ピリカは震える声で続けた。
「スマホだけ……床に落ちてた」
「……」
アルは黙り込んだ。
「僕が……」
そして小さく呟く。
「僕が迎えに行けばよかった……」
「アル……」
「メレブ」
アルは顔を上げた。
「世界中の時空を探して」
「はい!」
「絶対にリクを見つけ出すんだ!」
精霊たちは一斉に捜索を始めた。
あらゆる場所。
あらゆる時空。
捜したがリクは見つからなかった。
そんなある日。
運営部に、一通の手紙が届いた。
差出人は――ヴィル。
メレブが手紙を開く。
そこには、こう書かれていた。
『親愛なるお兄ちゃんへ
お兄ちゃんが月への証明を妨害しているのは分かっています。
絶対に許さない。
お兄ちゃんのお気に入りは僕が可愛がってあげています。
お気に入りを消されたくなければ一人できてください。
精霊の森、アクセス教会』
アルは手紙を握りしめた。
「……クソっ」
「アル、罠です!」
「分かってる」
アルは立ち上がった。
「でも……リクを助けに行かなきゃ」
次の瞬間、アルの姿が消えた。
向かった先は――精霊の森。
そして、その奥にあるアクセス教会だった。
***
目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
「……なんだ、ここ……?」
薄暗い教会。
壁には色鮮やかなステンドグラスが並び、月明かりが床を照らしている。
中央には、空を指差すように立つ大きな像。
リクは起き上がろうとした。
「……え?」
身体が動かない。
両腕が背中側で、見えない何かに縛られている。
「なんだこれ……! 離せよ!」
その時だった。
「起きた?」
教会の奥から、一人の少年が歩いてくる。
黒い髪。
アルによく似た顔。
「ワープに耐えられなくて、死んじゃったかと思ったよ」
「お前、誰だ? 離せよ!!」
「うるさいなあ……」
ヴィルはゆっくりとリクへ近づく。
トン……トン……トン……
そして、目の前でしゃがみ込んだ。
「お兄ちゃんと間違えるなんて、目が節穴だね」
「……」
バシッ!!
突然、頬を叩かれた。
「いてぇ……!」
「お前は餌なんだ。だまって見てろ」
ヴィルの視線が、リクの指へ向く。
「……それになんだ?」
そこにはアルからもらった指輪があった。
「その指輪……お兄ちゃんの魔力が流れてるじゃないか」
「忌々しい……」
「その指、切り落としてやろうか?」
ヴィルが指を踏みつける。
「っ……!」
リクは痛みに耐えながら、ヴィルを睨んだ。
「アルは……絶対来る」
「……」
「お前なんか……」
ヴィルの顔から笑みが消えた。
「お前なんかがお兄ちゃんの名前をかたるな!!」
どすっ!!
腹を蹴られ、リクは床に転がった。
「ぐっ……!」
「お前はキャスター大陸の復活に利用させてもらう」
「そして月が機械式だということを精霊界に証明するんだ」
(こいつ……なに言ってるんだ……)
ヴィルは教会中央の像へ向き直った。
「光の大元たる女神、アクセスよ……」
「私に機会を……」
(こいつ……くるってる……)
それから時間が過ぎた。
リクは教会の隅に倒れていた。
身体中を殴られ、蹴られた。
食べ物も、水も与えられていない。
もう身体を動かすことすらできなかった。
「……ぐ……」
ヴィルがリクを見下ろす。
「お兄ちゃん……次は絶対に……」
その瞬間――
バァン!!
教会の扉が勢いよく開いた。
「ヴィル」
低い声が響く。
「リクはどこだ」
ヴィルが振り返る。
そこに立っていたのは――アルだった。
「……!」
ヴィルは口元をゆっくり吊り上げる。
「やっと来たね、お兄ちゃん」
ニタァ……
そしてリクを指差した。
「リク?」
「あいつなら、そこで寝てるよ?」
アルはリクのもとへ駆け寄った。
「リク!」
顔は腫れ、身体中に傷がある。
呼吸も浅い。
「……アル……?」
リクがかすかに目を開く。
「あ……やっと……きて……」
「しゃべらないで!」
アルはリクを抱き起こした。
そしてヴィルを振り返る。
「ヴィル……お前……!」
ヴィルは笑った。
「何言っても、アルは来るしかないんだもん」
「殺しちゃうところだったよ!」
ニタァ……
「月の証明??」
アルは冷たい目でヴィルを見る。
「フッ……僕を封印したときは、一族が精霊魔術で精霊界を転覆させるんじゃなかったのか?」
「ヴィル、お前の妄言にはもう呆れるよ」
「僕を……」
ヴィルの身体が震える。
「僕を嘘つき呼ばわりするのか!!」
魔力が一気に膨れ上がる。
「お前なんか、あの時消滅してればよかったんだ!」
「そこのガキが!」
「封印なんかとくから!!」
ヴィルが魔法を放つ。
ドォン!!
しかし、アルの前に障壁が現れ、魔法は弾き飛ばされた。
「……そんなものか」
アルはリクを守るように立つ。
そして、ヴィルへ歩いていく。
「な……」
ヴィルが後ずさる。
「来るな……!」
ヴィルは必死に魔法を放つ。
ドン!!
バシュッ!!
ドォン!!
しかし、そのすべてをアルは打ち消していく。
「どうして……!」
ヴィルは壁際まで追い詰められた。
「どうして僕の魔法が……!」
「お前と僕では、力が違いすぎる」
アルはヴィルを見つめる。
「許さ……ない……」
ヴィルは震えながら呟いた。
「僕を……嘘つき呼ばわり……」
「もう終わりだ、ヴィル……」
アルの身体から凄まじい魔力が溢れ出す。
「お前を消す」
そして――
「大好きなアクセス様のところに帰るんだな」
「ゆ、るさない……」
ヴィルは震えながら叫ぶ。
「お兄ちゃんの大切な者を……」
アルの表情が変わった。
「僕の兄弟はリクだけだ」
「……!」
「お前は兄弟じゃない」
アルは右手をヴィルへ向ける。
「消えろ!」
その瞬間――
ヴィルの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「え……?」
魔法陣から眩い光が噴き上がる。
「い、いやだあああああ!!」
ヴィルの身体が光に包まれていく。
「許さない!! 絶対に許さない!!」
叫び声とともに、ヴィルの姿は光の中へ消えていった。
静寂。
アルはヴィルが消えた場所を見つめる。
「……終わったか」
その時だった。
「ぐ……」
「……!」
背後から苦しそうな声が聞こえた。
「……ああああ……」
アルが振り返る。
「リク?」
リクが身体を震わせている。
「どうしたの!?」
アルが駆け寄る。
「ぐ……ああああ……!」
「リク、しっかりして!」
アルが身体を支える。
しかし――
アルの表情が凍りついた。
「……嘘……」
リクの寿命が、どんどん減っている。
「ま、まさか……!」
アルは慌ててリクの服をめくった。
そして――
「…………」
リクの腹に、真っ黒な紋章が浮かび上がっていた。
禍々しい魔力が、紋章から脈打つように流れ出している。
アルはその紋章を睨みつけた。
「……ヴィル」
拳を握りしめる。
「お前……最後までやってくれたな……」




