最終話
アルはリクを抱えたまま、ピエロランドへとワープした。
「リク?!」
ピリカが駆け寄ってくる。
「オーナー!!」
少し遅れて、メレブも駆けつけてきた。
「二人とも、今はそれどころじゃない!」
アルはリクを抱えたまま叫ぶ。
「担架を持ってきて! リクを医務室に運んで!」
「は、はい!」
すぐに担架が運ばれ、リクは医務室のベッドへ寝かされた。
アルはベッドの横に立ち、リクの顔を見つめる。
そして、メレブへ振り返った。
「メレブ!」
「はい!」
「医務室に、時間経過を遅らせる空間を展開する!」
メレブが目を見開く。
「時間経過を……?」
「そう。外の時間より、この部屋の時間を遅くするんだ」
アルは早口で続ける。
「リクの残された時間を少しでも引き延ばす。精霊魔術を構築する!」
「分かりました!」
「一番仕事の早い技術者を集めて!」
「すぐに手配します!」
メレブが通信を飛ばす。
すると、何人もの精霊たちが一斉にパソコンの前へ集まってきた。
アルも席につく。
「急いで!」
「はい!」
無数の術式が画面に表示され、精霊たちが次々と入力していく。
「時間遅延領域、基礎構築完了!」
「術式接続、あと少し!」
「急いで!」
そして――
「はい! 九割構築できました!!」
「よし!」
アルが立ち上がる。
「あと一割!」
「展開準備、完了!」
アルは医務室の中央へ手をかざした。
「よし……展開!!」
その瞬間――
医務室の中心から緑色の光が広がった。
床一面に魔法陣が浮かび上がり、緑色の光が壁、天井、そして空間そのものへと広がっていく。
やがて医務室全体が、淡い緑色の光に包まれた。
時間そのものが、ゆっくりと引き延ばされていく。
しかし――。
医務室の精霊がリクを確認し、静かに告げた。
「アル様……時間経過の空間は展開されました」
アルが振り返る。
「それで……?」
「ですが……リクの寿命は、あと数時間ほどです」
「……」
アルの顔から血の気が引く。
「諦めない!!」
アルはリクのそばへ駆け寄った。
そして、両手を握る。
「リク!」
精霊魔術が発動する。
アルの身体から溢れた光が、リクへと流れ込んでいく。
「受け入れてくれたら、呪いも解ける!」
「寿命だって返せるんだ!」
必死に魔術をかけ続ける。
けれど――
リクは受け入れない。
時間だけが迫ってくる。
「なんでだよ……!」
アルの声が震える。
「なんで受け入れてくれないんだよ……!」
アルの目から涙がこぼれた。
「いやだよ……リク……」
「まだ……一緒にいたいよ……」
魔術を送り続けながら、アルは泣き叫ぶ。
「リク……僕、リクが好きだよ!」
「いかないで……!」
その声に、リクの意識がわずかに戻る。
「あ……ある……」
「リク!」
アルが顔を上げる。
「もう……いいんだ……」
「楽しかった……」
「リク!!」
「お願い……!」
「受け入れてよ……!」
しかし、リクはゆっくりと目を閉じていく。
その瞬間、アルは気づいてしまった。
一度、手を離したとき。
あのときから、すべてが後手に回っていた。
もっと早く手を伸ばしていれば。
もっと早く、この気持ちを伝えていれば。
そんな後悔がアルの胸を締めつける。
「アル……」
リクの声が響く。
「いいんだ……」
「ありがとう……」
そして――
俺は目を閉じた。
俺は幸せだった。
あの時とは違う。
何も持たず、ただ死を受け入れようとしていた、あの時とは。
アルがこの場所を作ってくれた。
ピリカがいて。
メレブがいて。
たくさんの精霊たちがいて。
笑って、喧嘩して、一緒に飯を食べて。
たくさんの時間を過ごした。
俺は幸せだった。
この幸せを抱えながらなら、死ねる。
そう思った。
そして――俺の意識は途切れた。
---
目を覚ますと――
俺は宙に浮いていた。
目の前には、天へ昇っていく川のような巨大な光の柱があった。
「……なにこれ」
「光の子どもたちの所に送ったのに、戻ってきてしまいましたね」
「誰だ?!」
「私は光の大元」
「すべての精霊魔術の源――アクセス」
「アクセス……」
「ほんとにいたのか……」
「光の魂。あなたはこのまま私の光へ戻ることができます」
「……」
「本当に、それでよいですか?」
「いいんだ」
「俺はもう、楽しんだ」
するとアクセスは言った。
「下を見なさい」
俺は下を見る。
そこには、ピエロランドがあった。
そして――
「……アル」
アルの泣き声が聞こえる。
ピリカも。
メレブも。
精霊たちも。
みんな、俺を呼んでいる。
「でも……どうして」
俺は呟いた。
「俺は……アルの精霊魔術を受け入れられないんだろう」
アクセスが答える。
「それは、あなたが精霊と同じ時間を生きる覚悟を持っていないからです」
「……」
「あなたは人間です。それも仕方がないこと」
「そうだったのか……」
「あなたは光へ戻るか、精霊たちと生きるか、選ばなければなりません」
「俺は……」
その瞬間、走馬灯のように記憶が蘇った。
初めてアルたちに会った日。
光みたいな奴らだと思った。
島に残されて、捨てられるかもしれないと思った日。
それでもアルは、俺を置いていかなかった。
ピリカが笑っていた。
メレブが慌ただしく走り回っていた。
精霊たちがくだらないことで騒いでいた。
市場を歩いた。
劇場で過ごした。
みんなで飯を食べた。
笑った。
喧嘩した。
怒った。
そして――
いつの間にか、俺には帰る場所ができていた。
俺は気づいた。
生きるのが怖かったんだ。
長い時間を生きることが。
この場所を失うことが。
いつか大切なものが変わってしまうことが。
だから俺は、アルたちが「一緒に生きたい」と願ってくれていることを、見ないふりをしていた。
「俺は……」
俺は下を見つめる。
「生きる覚悟がなかったんだ」
そして、ゆっくりと口にした。
「アクセス」
「はい」
「俺、アルたちのところに戻ります」
「一緒に生きる」
「覚悟を決めたのですね」
「……うん」
「もう行きなさい」
光が強くなる。
「ふふ。しばらく戻ってくるんじゃないですよ」
「……ありがとう、アクセス」
俺はまばゆい光に包まれた。
---
「リク……」
アルは泣いていた。
精霊たちも泣いている。
その瞬間――
リクの身体から、まばゆい光が放たれた。
「まぶっ……!」
「リク?!」
「リクの魂が……少し戻ってきている!」
「魔力も受け入れてくれてる!」
「今なら魂の譲渡ができる!!」
精霊たちが口々に叫ぶ。
「王! 早く精霊魔術を!」
「リクを助けて!!」
アルはリクへ手を伸ばした。
「リク……!」
「戻ってきて!!」
---
「……ん」
温かい。
誰かに見られている。
……前にも、こんなことがあったな。
ゆっくり目を開ける。
そこには、美しい少年がいた。
「……アル?」
「リク!!」
アルが俺に抱きついてくる。
「リク……!」
「戻ってきてくれて……ありがとう……」
「アル……」
「俺、アクセスに会ったよ」
「……え?」
「決めたんだ」
俺は笑った。
「アルたちと、一緒に生きてくって」
「リク……」
アルはさらに強く俺を抱きしめた。
「オーナー! リク!」
「よかった!!」
「心配したんだよ!」
「頑張ったね!」
精霊たちが口々に話しかけてくる。
「もう!」
俺は苦笑する。
「俺は聖徳太子じゃないっての!」
医務室に、笑い声が響いた。
俺は、これから長い時を生きるのだろう。
そして、ピエロランドで幸せな時間を過ごすのだろう。
俺の行き着く場所は――
アルたちが作ってくれた、ここだった。
俺が初めて、自分から生きることを選んだ場所。
帰る場所。
――ピエロランド。
終




