銀
今日も、アルからの連絡はなかった。
「……嫌われちゃったかな」
会おうとして、俺は運営部にも何度か足を運んでいる。
けれど――
「王ですか? すみません、さっきまでいらっしゃったのですが……」
どうやらアルには、俺が近くに来ると分かるらしい。
俺が運営部へ向かうたびに、アルは逃げるようにその場を離れてしまう。
何度行っても、会えない。
「はあ……そんなに嫌わなくてもいいじゃん」
俺はとうとう諦めて、いつもならあまり行かない市場へ向かった。
少しでも気を晴らそうと思ったのだ。
市場は相変わらず、独特のアングラな雰囲気を醸し出していた。
長い一本道の両脇には、古びた洋風の店が隙間なく並んでいる。
看板には、見たことのない文字や奇妙な紋章が描かれ、店先には古道具や宝石、薬草、仮面、怪しげな瓶などが所狭しと並べられている。
どこからともなく聞こえてくる音楽。
小さなランプの明かり。
人間なのか精霊なのか分からない店員たち。
客の話し声に混じって、ときどき何かの笑い声や、金属のぶつかる音が響く。
怪しい。
どう考えても怪しい。
それなのに、ここにいると妙に落ち着く。
俺は市場の一本道を、当てもなく歩いていた。
「リクー!」
「りく! こっちこっち!」
「ん?」
声のする方を見る。
そこには、一人の精霊が立っていた。
見覚えがある。
よく魚やフルーツを持ってきてくれていた精霊だ。
「おう、久しぶり! 最近見なかったな」
「リク! 久しぶり!」
精霊は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「市場にいるから、最近は湖に行ってないんだ」
「そうだったのか。今は市場で働いてるんだな」
「うん!」
精霊は笑顔で答えたが、ふと俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ……なんかリク、元気ないね」
「え……」
「なにかあった?」
「……ああ、最近アルと会えてなくてな」
「もしかして、喧嘩しちゃったー?」
「ぎくっ」
思わず目を逸らす。
すると精霊は、にやにやしながら俺の顔を覗き込んだ。
「むふふ……」
「なんだよ」
「そうだ!」
精霊は突然、何かを思いついたように手を叩いた。
「ここには、まじないがかかった道具が売ってるんだ!」
「まじない?」
「そう! 恋愛成就とか、縁切りとか、いろんなのがあるんだよ!」
そして精霊は、少し先にある店を指差した。
「王にプレゼントしてみたら?」
俺は半信半疑のまま、店の中を覗き込んだ。
そこには、目玉の形をしたキーホルダーや、不気味な人形、奇妙なアクセサリーなどが、何の規則性もなく乱雑に並べられていた。
「……すごい店だな」
「でしょ?」
「これ、本当に売り物なのか?」
「もちろん!」
精霊は胸を張った。
「へえ……」
「例えば、仲直りできる商品はここね」
精霊が指差した木箱を覗き込む。
中には木の剣や人形、十字架のようなものまで、いろいろな品物が詰め込まれていた。
その中を少し覗いていると――
キラッ。
何かが光った。
「ん?」
俺はそれを手に取った。
黒い石が一つ埋め込まれた、銀色の腕輪だった。
シンプルだけど、どこか不思議な雰囲気がある。
俺は腕輪を見つめた。
「……これ、アルに似合いそう」
「おっ! いいの見つけたね!」
精霊が嬉しそうに笑う。
「これにする?」
「ああ」
「じゃあ、ラッピングしてあげるよ!」
そう言うと、精霊はさっそくラッピングを始めた。
しばらくして――
「はい、どうぞ!」
綺麗に包まれた小さな箱を手渡される。
「王と仲直りできるといいね!」
「ありがとう」
俺は箱を大切にしまった。
「またいつでもログハウス来ていいからな」
「うん! 美味しいの見つけたら持ってくね!」
「おう、待ってる」
俺は精霊に手を振って、店を出た。
そして少し歩いたところで、スマホを取り出す。
「メレブ、アル。今、運営部にいる?」
ピコン。
すぐに返事が来た。
『今おられますよ。引き止めておきますか?』
「うん。お願い」
俺はそのまま運営部へ向かった。
◇
運営部に近づくと、中から声が聞こえてきた。
「ちゃんとオーナーと話し合ってください! いつまで逃げるつもりですか!」
「もういいだろ! リクが来ちゃうじゃないか!」
「それじゃ話し合いになってないでしょう!」
どうやらメレブとアルが揉めているらしい。
俺は少しだけ息を整え、扉を開けた。
「アル……」
アルが振り向く。
「リク……」
少しの沈黙。
俺は勇気を出して口を開いた。
「ちょっと話さないか」
「……何のよう?」
その声は、どこか冷たかった。
胸が少し痛む。
それでも、俺は持っていた包みを差し出した。
「この前は、約束守れなくてごめんなさい」
アルは何も言わない。
「これ……アルに似合うかもって思って買ったんだ。この前のお詫び」
アルは黙ったまま包みを受け取った。
そして、ゆっくりと包みを開ける。
銀色の腕輪を見た瞬間――
「ふっ……何だよ、これ」
アルの表情が変わった。
「精霊魔術がかかってるじゃないか」
「え?」
「もしかして、魔術で僕の気を引こうとしてる?」
「ちがっ……これは仲直りできる腕輪で――」
アルが俺の言葉を遮る。
「もしかして、この前の男にもまじない使ったとか?」
「……え?」
「手なんかつないで、楽しそうだったしね?」
「アル様、言い過ぎです!」
メレブが思わず声を上げる。
周りにいた精霊たちもざわつき始めた。
「王、ひどい!」
「リクにそんな言い方しなくてもいいじゃない!」
「王、ちゃんと話を聞いて!」
俺は何が起きているのか分からなかった。
ただ、ちゃんと謝りたかった。
ちゃんと説明したかった。
それなのに、アルは最初から俺の言葉を聞こうとしない。
胸の奥に溜まっていたものが、とうとう溢れ出した。
「……聞かなかったじゃないか」
アルが俺を見る。
「この前だって、今日だって……ちゃんと説明しようとしてるのに」
声が震える。
「聞かないのはアルだろ!!!」
アルが目を丸くした。
俺がこんなふうに怒鳴ったことなんて、今までなかったからだ。
「約束を忘れて、楽しんでたのは……本当じゃないか……」
「……」
「俺だって、ちゃんと謝ってるだろ!」
俺はアルを睨む。
「なのに、なんでそんなに冷たくするんだよ!」
アルは何も答えない。
その沈黙が、余計に腹立たしかった。
「……もういい!」
俺は踵を返した。
「リク……」
「知らない!」
呼び止めるアルの声を振り切る。
「もう出ていく!」
俺はそのまま運営部を飛び出した。
バタンッ!
扉が勢いよく閉まる。
◇
しばらく、誰も何も言えなかった。
「……王」
精霊の一人が、恐る恐るアルを見る。
「追いかけなくていいのですか?」
アルは答えない。
「王、リクになにかあったらどうするのですか!」
メレブも心配そうに問いかける。
するとアルは、握りしめていた銀色の腕輪を見つめながら、低い声で言った。
「……お前たち」
精霊たちが顔を上げる。
「リクがピエロを現金にしてって頼んでも、両替はさせるな」
「えっ……」
「どうせ行く宛なんて、ここにしかない」
アルは腕輪を握りしめる。
「根を上げて、すぐ帰ってくる」
「王!」
メレブが声を荒らげる。
「そんな言い方をして、本当に大丈夫なんですか!?」
「僕の気は変わらない」
アルはそう言うと黙り込んでしまった




