嫉妬
チュンチュン。
朝だ。
隣には、手をつないで眠るアルがいる。
精霊たちと分かり合えて、俺たちは魂の繋がりをして、体までも分かりあった。
そして今、満ち満ちた朝を迎えている。
「アル、おはよ……」
「おはよ……リク」
アルは眠そうに目を開ける。
「アル、準備して早く行かなきゃ! 今日は異次元パーティーの日だ!」
「ふふ。リク、焦らないでいいよ。メレブたちがちゃんとやってくれてるから」
「そっか……」
俺たちは準備をすると、運営部へ向かった。
運営部は朝から大忙しだった。
アルはパソコンに向かい、ホログラムの最終チェックをしている。
「アル、俺にできることある?」
「じゃあフロントに行って、招待客がどれくらい受付してるかチェックしてきて!」
「分かった!」
俺はフロントへ向かった。
「リクー! 今日もお客様多くて、やばいよぉー!」
ピリカが話しかけてくる
フロントでは精霊たちが忙しそうに走り回っている。
「俺、手伝おうか?」
「リクはいいよー! 今日は捌ききれないと思うから、オフィスで見てて!」
「そっか……」
俺は器用なほうじゃない。
精霊たちは、そういうことを俺に対して遠回しにせず、ちゃんと伝えてくれる。
「招待客、どれくらい来た?」
「今、リスト渡すね!」
「ありがとう」
俺はリストを受け取ると、運営部へ戻った。
「アル、リストもらってきたよ」
「ありがとう。もう八割くらい埋まってるね」
「なあ、アル。俺にもできることないかなー?」
「ん?」
「フロントも大変みたいだけど、俺には回してくれないしさ」
アルは少し考えてから答えた。
「フロントもけっこう負荷があるしね。みんな、リクにストレスかけたくないんだよ」
「なんか俺、情けないな……」
「そんなことないよ!」
アルはすぐに言った。
「リクは企画したり、丁寧に案内したりできるじゃないか!」
「それでも……」
「じゃあ、パーティー会場を見回りしてきて!」
アルは笑った。
「僕もお昼前には調整終わるから、十三時にログハウスに戻ってきて!」
「分かった」
「リクの好きなハンバーグ作って待ってるから」
そう言ったアルは、幸せそうな顔をしていた。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、行ってくる!」
俺は会場へワープした。
ワープすると、そこには一面の草原が広がっていた。
「すごい……」
見渡すと、会場のあちこちでホログラムと招待客たちが、まるで恋人同士のように仲睦まじく話をしている。
楽しそうな笑い声も聞こえてくる。
「みんな……ああいう人が好きなんだ」
俺は少し寂しい気分になった。
でも、すぐに首を振る。
「だめだ。ちゃんと見回らなきゃ……」
俺は会場を歩き始めた。
すると、森の端で一人の男性が立ち尽くしているのが見えた。
どうしたんだろう。
体調が悪いのかな?
俺は男性に近づいた。
「あの……体調悪いですか?」
男性は少し驚いたようにこちらを振り向いた。
「よかったら医務室に案内しますよ」
「あ……いえ」
男性は困ったように笑った。
「おしゃべりが苦手で……緊張して、どうすればいいか迷ってたんです」
「そうだったんですか」
「よかったら……お話しませんか?」
俺がそう言うと、男性は少し驚いた。
「普通っぽいホログラムもいるんですね」
「え?」
「みんな美しいから……緊張してしまって」
「ああ……」
俺は苦笑した。
「いや、俺はホログラムじゃないんです。運営のもので、見回りをしていて」
「ああ……そうなんですね……」
男性は申し訳なさそうに目を伏せた。
「すみません。ちょっと今日は帰ろうかな……。僕には向いてなかったみたいです」
その言葉を聞いて、俺は慌てた。
お客様に楽しんでもらわないまま、帰すわけにはいかない。
「……僕でよかったら、お話しましょう!」
「あ……」
「俺もそんなに話すの得意じゃないけど……」
男性の表情が少し緩んだ。
「……ありがとうございます」
「そうだ!」
俺は思いついたようにスマホを取り出した。
「素朴なホログラムも入れる。メモメモ……」
「ふふ……」
男性が小さく笑った。
俺たちは森の木陰にある場所へ移動し、並んで腰を下ろした。
「俺はリクっていいます。あなたは?」
「僕はマークです。イタリアから来ました」
「へぇ、イタリアなんですね!」
俺は少し目を輝かせた。
「ウィーンとか、一度行ってみたいなあ」
「リクさんは音楽がお好きなんですか?」
「うん。クラシックが好きで……」
「僕もです。ここの劇場のクラシック公演が大好きなんです」
「えっ、俺もクラシック好きです!」
そこから俺たちは、音楽の話で意気投合した。
好きな作曲家。
好きな曲。
劇場の演奏。
「あの章の繰り返すテーマのフレーズがいいですよね!」
「分かります!」
「あれは少しずつニュアンスを変えて、飽きないようにしてるんです」
「そうなんだ! だから何度聴いても新鮮に感じるのか……」
「そうなんですよ」
気づけば、俺たちは夢中になって音楽の話をしていた。
さっきまで緊張していたマークも、いつの間にか楽しそうに笑っている。
俺も楽しかった。
本当に、時間を忘れるくらいに。
「実は僕、イタリアでプロのバイオリニストをしてるんです」
「エッ、そうなんですか?! プロのバイオリニスト?」
「ふふ、本当です」
マークは笑いながら手を差し出した。
「ほら。指にタコができてるでしょ?」
「うわ……本当だ!」
俺は思わず、その指をじっと見つめた。
何度も弦を押さえ、何度も練習してきたことが伝わってくる。
「すげえ……」
俺はたまらず、マークの指にそっと触れた。
「これがプロの指なんだ……」
「そんなに珍しいですか?」
「だって俺、プロのバイオリニストなんて初めて会ったから!」
マークは楽しそうに笑った。
俺たちはそのまま、しばらく音楽の話に夢中になっていた。
ふと、俺は携帯を取り出して時間を確認した。
「……十四時半」
俺は固まった。
「やばい!」
アルとの約束の時間から、一時間半も過ぎている。
「すみません、俺、もう行かなくちゃ!」
「え……いってしまうんですか?」
マークは少し寂しそうな顔をした。
「……分かりました。今日は楽しかったです。また会いたいですね」
「俺、フロントにいるので、話しかけてください!」
「分かりました」
「で、では!」
俺は慌てて立ち上がり、ログハウスへワープした。
ログハウスに戻ると、アルがテーブルに食事を並べて待っていた。
「アル! ごめん、待った?!」
「……」
アルは答えない。
「アル?」
「別に……」
「アル、待ったよな。俺、時間ちゃんと見てなくて……ごめん!」
「ふーん」
「でも、ちゃんと会場は運営できてたぜ」
「……」
アルは黙ったままだった。
しばらくして、アルが小さな声で言った。
「……いいから、早く食べちゃってくれない?」
「え?」
「早くお皿洗いたいから」
「う、うん……」
俺は席についた。
テーブルにはハンバーグとコンソメスープが並んでいる。
だけど、もうすっかり冷めきっていた。
「アルも食べようぜ」
「僕?」
アルは淡々と答えた。
「いらない。お腹すいてないから」
そう言うと、アルはキッチンへ向かった。
そして、
びちゃびちゃ。
ボトッ。
コンソメスープとハンバーグを、無表情のまま捨て始めた。
「……」
俺の箸が止まる。
なんだ、この圧……。
しばらくして、アルがぽつりと呟いた。
「……木の下で楽しそうだったね」
「……え?」
「ずいぶん楽しそうに話してた」
「なっ……アル、見てたのか?」
「うん。パソコンで、どこでも見れるから」
アルは俺を見た。
「しかも、手なんか繋いじゃってさ」
「ち、違う!」
俺は慌てて説明する。
「あれは、バイオリニストの指ってどんなんか――」
「もういいよ」
アルが遮った。
その声は、どこまでも冷めきっていた。
「……僕じゃだめなんだね」
「アル……」
アルはそれだけ言うと、俺の返事を待たずに部屋を出ていってしまった。
俺は、冷めたハンバーグを前にしたまま、動けずにいた。




