ここが
目を開けると、アルが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「よかったあ……。探したんだよ? 知らないところまで行っちゃだめじゃないか。みんな心配してるんだよ? 帰ろ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は身構えた。
みんなが俺を責める。
また馬鹿にされる。
また迷惑だと言われる。
そんな光景が頭の中に浮かんだ。
「帰らない。一人にしてくれ」
アルは何も言わなかった。
ただ、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「リク……僕の魔力は受け入れてくれても、心は明け渡してくれないね」
「ちが……」
声が震えた。
「俺は……怖いんだ」
「……」
「俺がどんな奴なのか……知られるのが」
その瞬間だった。
ぎゅっ。
アルが俺を抱きしめた。
「……わかってるよ」
耳元で、優しい声がする。
「ほんとは、みんなわかってるんだよ。リクのほんとの気持ち」
「……え?」
「リクに魂をもらって、僕たちが受肉した時からね」
俺は目を見開いた。
「……じゃあ、なんで……!」
声が震える。
「なんで……!」
胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に溢れ出した。
「責めてくれた方が楽なのに!」
「……」
「お前なんかいらない、用済みだって……追い出して、一人にしてくれたら……俺は楽に消えられるのに!!」
涙が頬を伝う。
「みんなで……俺をバカにしてたのか……!」
アルは、俺を抱きしめたまま首を横に振った。
「違うよ、リク」
「……」
「僕たち精霊は、本質的に生きてるんだ」
アルの声は、どこまでも穏やかだった。
「君がどうであれ、責めたりなんかしないよ」
「……でも……」
「リクの中には、弱さがある」
アルは少しだけ腕に力を込めた。
「そして……人に傷つけられた分だけ、痛みを知ってる」
「……」
「だから、溢れるくらいの優しさがある」
俺は何も言えなかった。
「僕たちは、それをずっと見てきたんだよ」
アルは俺の目を見つめる。
「君のありのままの心が、僕たちは好きなんだ」
「……」
「ほんとはね、みんなリクを傷つける気なんてないの」
優しい声が胸の奥に染み込んでいく。
「……わかってるんでしょ?」
その言葉に、俺は黙り込んだ。
――そうだ。
俺も、みんなを見ていた。
裏表のない笑顔。
見返りを求めない優しさ。
誰かを蹴落とそうともしない、綺麗な心。
そして、言葉だけじゃない。
魂で繋がっているような、不思議な感覚。
俺は、それをずっと感じていた。
だからこそ――今まで、ここにいられたんだ。
本当はわかっていた。
みんなが俺を嫌っているわけじゃない。
みんなが俺を馬鹿にしているわけでもない。
俺が勝手に、みんなの中に「自分を否定する声」を作り出していたのだ。
「……俺……」
口から、かすかな声が漏れる。
「俺が……勝手に……」
自分の中に作り上げた劣等感。
それが、まるで現実であるかのように、俺の目を曇らせていた。
みんなの優しさを知っていたのに。
みんなの笑顔を見ていたのに。
それでも俺は、自分だけを信じられなかった。
アルは何も言わず、ただ俺を抱きしめていた。
その温もりが、今まで自分自身を縛りつけていたものを、少しずつ溶かしていくようだった。
しばらくして、アルが明るい声を出した。
「ほら、リク。帰ろう!」
アルが笑顔で手を差し出す。
俺はその手を見つめた。
そして――
「……おう!」
俺はアルの手を取った。
二人で劇場へ戻る。
ワープした瞬間――
「リク!」
「やっと帰ってきた!」
「探したんだよ!」
劇場にいた精霊たちが、次々と俺のもとへ駆け寄ってくる。
「リク、どこ行ってたの?」
「みんな心配してたんだよ!」
ピリカも人混みをかき分けるようにして駆け寄ってくる。
「リク!」
「ピリカ……」
「心配かけちゃだめじゃないか!」
「……ごめん、みんな」
俺は頭を下げた。
けれど、誰も怒らなかった。
みんな、ただ俺が戻ってきたことを喜んでいる。
その光景を見て、胸の奥がじんわりと温かくなった。
――ああ。
やっぱり、アルの言った通りなんだ。
そのときだった。
「リクさん……」
少し離れたところから、カエデさんの声がした。
「カエデさん」
カエデさんは、少し緊張したような表情をしていた。
「すみません。ちゃんとお話したいんです」
「……?」
「辛いかもしれませんが……」
カエデさんは一度息を吸い、静かに口を開いた。
「実は私は、リクさんの働いていた会社の社長の娘なんです」
「……え?」
思わず目を丸くする。
「会社に入ってきた子が、次々と辞めていくので……私はその原因を調査していました」
そこで俺は、ふと思い出した。
そういえば、カエデさんは以前から会社のことを気にしていた。
「今の会社はどうですか?」
「無理していませんか?」
そんなふうに聞かれたことが何度かあった。
あのときは、ただ心配してくれているだけだと思っていた。
でも――そういうことだったのか。
カエデさんは続ける。
「いままでパワハラをしていた部長、そして社員をいじめて、追い出していた人たちは……全員、退職させています」
「……」
「リクさん」
カエデさんが俺を見る。
「わかっていながら、手を差し伸べることができなくて……申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「謝罪いたします」
俺は慌てて首を横に振った。
「カエデさんのせいじゃないです」
「リクさん……」
「頭をあげてください」
カエデさんがゆっくりと顔を上げる。
そして、少し迷うように続けた。
「リクさん……もしよろしければ、会社に戻ってきませんか?」
「……」
「今度は私も、サポートします」
俺は少しだけ考えた。
けれど――
答えは、もう決まっていた。
「ありがとう、カエデさん」
俺は劇場を見渡す。
そこには、笑っている精霊たちがいた。
「でも俺は、ここが好きで……ここにいたいんです」
カエデさんは少し寂しそうに笑った。
「そうですよね……」
「……」
「なんかわかってはいました」
「え?」
カエデさんは俺を見て、優しく微笑む。
「リクさん、顔が全然違うんですもの」
俺は思わず、自分の顔に触れた。
「……そんなに?」
「はい」
カエデさんは頷いた。
「ここにいるときのリクさん、本当に楽しそうです」
俺は少し照れくさくなって笑った。
「……そっか」
カエデさんは頷く。
「リクさん、なにかあればいつでも言ってください」
「はい……。カエデさん、今日は僕が劇場を案内します」
「ここがどれだけ素敵で、僕がどれだけ充実しているか、知ってほしいんです」
俺たちは劇場の奥へ歩き出した。
その背中を、精霊たちが笑顔で見送っている。
俺は振り返り、みんなを見る。
――ここが、俺の居場所だ。
そう思うと、不思議なくらい胸が軽くなった。




