ほんとの
運営部。
アルは自分の机に座り、パソコンの画面を眺めながら作業をしていた。
カタカタとキーボードを叩く音が、静かな室内に響いている。
そこへ――
ツカツカツカッ。
メレブが険しい表情で、まっすぐアルのもとへ歩いていく。
「王!!」
突然、メレブが声を上げた。
周囲の精霊たちが一斉に顔を上げる。
「オーナーに何をしたんです!」
アルはキーボードを打つ手を止め、ゆっくりとメレブを見る。
「……何を言っている? 僕はリクになにもしていない」
「オーナーは倒れられて、医務室で休んでいます!」
「なに……?」
アルの表情が変わった。
「リクが……?」
「王のせいですよ!!」
メレブは一歩も引かなかった。
「僕はリクに治療をしただけだ。僕は早くリクのところに行かなくちゃ」
アルが立ち上がろうとすると、メレブがその前に立ちはだかる。
「王! あなたが、ちゃんとした説明もなく『魂を重ねる儀式』をしたことは、オーナーのお話でもうわかっています!」
「……」
「王が嘘をついて魔力を引き出したせいで、オーナーは倒れられているんですよ!」
運営部の空気が、一気に張り詰めた。
アルはしばらく黙ってメレブを見つめていた。
「メレブ」
低い声だった。
「僕に指図するのか?」
メレブの身体が、わずかに強張る。
「僕が『治療』と言ったら、治療なんだ」
アルの声には、王としての圧が込められていた。
「アル様……」
誰かが小さく呟く。
「しかしっ!」
メレブがなおも言い返そうとした、その時だった。
「メレブは悪くない!」
突然、別の精霊が声を上げた。
アルがそちらを見る。
どうやら周囲の精霊たちは、ずっと聞き耳を立てていたらしい。
「王、ちゃんとリクに説明したんですか?」
「自分勝手じゃないですか!」
「リクは倒れてるんですよ!」
「王、あなたはオーナーを……リクを、どうするつもりなんですか?」
次々と声が上がる。
さっきまで静かだった運営部は、いつの間にか騒然としていた。
アルは何も言わず、精霊たちを見回す。
その視線に一瞬ひるみながらも、精霊たちは引かなかった。
メレブも、静かに口を開いた。
「我々は……リクに寿命を返し、そして守っていくために動いているのではないのですか?」
その言葉に、アルは黙り込む。
メレブはそれ以上何も言わず、自分の席へ戻っていった。
「……」
アルはしばらくその背中を見つめていた。
そして、小さく息を吐く。
「……わかったよ」
アルは椅子に座り直しながら、ぼそりと呟いた。
「ちゃんとリクと話せばいいんでしょ……」
しかし――
一度火がついてしまった精霊たちを落ち着かせるのは、そう簡単なことではなかった。
「王、まだ説明が足りません!」
「そうですよ!」
「リクに何をしたのか、最初から全部説明してください!」
「……」
アルは額に手を当てた。
「……もう。みんなして……」
運営部には、しばらくの間、精霊たちの声が響き続けていた。
◇
その頃――。
俺はログハウスに戻り、ベッドに横になっていた。
医務室から、魔力を回復させる栄養剤のようなものをもらっている。
小さな瓶を手に取り、ラベルを眺める。
「ふーん……こんなのもあるのか」
蓋を開け、一口飲む。
「ごくっ……」
「……うぇ」
思わず顔をしかめた。
「まずっ……もういらね」
俺は瓶をテーブルに置いた。
そのとき――
――トントン。
扉が軽く叩かれる。
「ぼくだよ……」
聞き慣れた声だった。
「入れよ」
扉が開く。
入ってきたアルは、どこか疲れた顔をしていた。
「あ、アル。どうしたんだ、その顔?」
「え?」
アルは一瞬だけ固まった。
先ほど運営部で精霊たちからこってり絞られたことを、リクには言えない。
「……うん。大丈夫だよ」
そう言って、アルは笑った。
けれど、その笑顔には少し無理があるように見えた。
「リク……僕、話があるんだ」
「ん?」
俺は身体を起こした。
「昨日のあれ……治療じゃなかったんだな」
「……」
アルが黙り込む。
「寂しかったんなら、抱きしめてやるのに」
「ちが……」
アルが慌てて口を開く。
「それに、ああいうのは本当に大切な人ができたときにするもんだぜ?」
「ちがう……僕は……」
アルは俯いた。
「僕は、リクのことが……」
そこまで言って、言葉が小さく消えていく。
「ん? 何だって?」
「……ううん」
アルは顔を上げた。
「僕は、リクの弟でしょ?」
「……まあ、そうだな」
「だから……お兄ちゃんのことが好きだから、もっと近くで感じたかったんだ」
アルは笑った。
けれど、その笑顔の奥には、言葉にできない想いが隠れていた。
「かわいい弟だな」
俺はアルの頭を軽く撫でる。
「いつでも甘えたっていいのに」
「……うん」
「でも、治療だって嘘をついちゃいけないだろ?」
「……ごめん」
アルは小さく頷いた。
「でもっ!」
突然、アルが顔を上げる。
「リクに魔力を流すこと自体は、本当に治療なんだ!」
「そうなのか?」
「うん。でも……僕もリクを感じたくて、魔力を取っちゃったんだ」
アルは申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめん……。リクが人間だから、そんなに魔力が少ないとは思わなくて……」
俺は少し考えてから、笑った。
「大丈夫だよ。アルは知らなかったんだろ?」
「……リク」
「わかってるって」
アルの表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
「もう魂の重なりはしないね……」
「まあ、たまにならいいぜ」
「……え?」
「ちゃんと治療だって説明してくれるならな。俺も、少し楽になったし」
「本当に……?」
「ああ」
俺はアルに笑いかけた。
「兄弟なんだから、たまにはこういう触れ合いがあってもいいだろ」
「……ありがとう」
アルは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、俺は思った。
――やっぱり、かわいい弟だ。
けれどアルの胸の奥には、別の言葉が静かに残っていた。
兄弟。
その言葉だけでも、今はいい。
いつか、この関係がどう変わっていくのか。
それはまだ、アル自身にもわからなかった。
ただ今は――
この繋がりを失いたくなかった。




