予感
食事を終え、食器を洗っていると、アルが俺を呼んだ。
「リク、こっち」
そう言って、アルに手を引かれ、ベッドまで連れて行かれる。
「なんでベッド……?」
「ここに座って。じゃあ始めるね?」
「お、おう」
俺がベッドに腰を下ろすと、アルが俺の指輪に手を触れた。
その瞬間――
どくっ。
心音が、やけに大きく感じられた。
「……あつ……」
「いま魔力を流してるよ。大丈夫。怖がらないで……」
アルが俺の頬に触れる。
「あっ……」
アルの手の熱と、柔らかな指先が、いつもより何倍も鮮明に感じられた。触れられた場所から、じんわりとした感覚が身体を走っていく。
「アル……なんか、体が変……」
「大丈夫。初めて多く魔力を流したからね。すぐ慣れるよ」
アルは俺の様子を確認するように、優しく見つめる。
「リク、僕にも触って?」
「俺も?」
「うん。リクの状態をチェックしたいんだ」
俺もアルの頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「……っ」
ぴくっ。
アルの身体が小さく揺れる。
「アル?」
次の瞬間、
ドサッ。
アルに押され、俺はベッドへ倒れ込んだ。
「あ、アル……」
「うん。魔力も受け入れてくれてるね。もっと受け入れてくれたら、寿命の譲渡もできる」
アルはそう言うと、俺を抱きしめ、首元に顔を埋める。
びくっ。
アルのふわふわした髪の毛と、抱きしめられている感触がいつもより大きく感じられ、自然と身体がその心地よさを拾ってしまう。
「アル!」
「大丈夫。怖がらないで。これはリクの心を解きほぐす治療なんだ」
「治療……なら、大丈夫」
アルに抱きしめられ、手を握られる。
どれくらいそうしていただろう。
身体に流れ込んだ魔力が少しずつ馴染んでいき、張り詰めていたものがゆっくりとほどけていく。
やがて俺は、アルの温もりに包まれたまま、心地よくなって眠ってしまった。
――翌朝。
目を覚ますと、隣にアルはいなかった。
部屋を見渡すと、テーブルの上に一枚のメモが置かれている。
そこには、
『朝からパーティーの運営報告会があるから行くね。ゆっくり休んでね』
と書かれていた。
「アル、けっこう忙しいみたいだな……」
俺はメモを眺めながら呟く。
そして身体を起こす。
「んっ……」
まだ身体には、少し熱が残っていた。
昨日の魔力治療の影響だろうか。
「んー……今日は博多に行く予定だし……しゃあねえ、行くか」
俺はベッドから起き上がった。
フロントへ向かうと、そこにはピリカがいた。
「リクー! おはよう!」
「おはよう、ピリカ! 待った?」
「ううん!」
ピリカは嬉しそうに笑っている。
俺とピリカは、以前から博多へ行こうと話していた。
以前、ピリカは俺と博多へ行くためにワープしようとしたことがあった。けれど、その時になってアルがワープを制限していることが発覚し、結局行けずじまいだった。
ピリカとは普段からフロントで一緒になることが多く、話す機会も増えて、ますます仲がよくなっていた。
その後、ワープの制限は早々に解除された。
それでも劇場が忙しく、なかなか博多へ行くことができなかった。
だから今日は、ようやく実現した念願の博多行きだった。
「俺、楽しみで仕方ないんだよ」
そう言うと、ピリカも笑顔で手を振った。
けれど――
俺が近づいていくと、ピリカの表情が変わった。
笑顔が消え、顔をしかめる。
「どうした? ピリカ」
「ねぇ……リク……」
ピリカは言いづらそうに口を開いた。
「言いづらいんだけど……」
「ん?」
「なんで王の気配が、そんなにするの……?」
「えっ……」
突然の言葉に、俺の顔から血の気が引いた。
「アルの……気配……?」
その瞬間――
クラッ。
視界が揺れた。
「どさっ」
俺は突然の立ちくらみに耐えきれず、その場に膝をついてしまった。
「リク?!」
ピリカが慌てて駆け寄ってくる。
「どうしたの?! 体調悪いの?」
「ピリカ……大丈夫……」
「大丈夫じゃないよ!」
ピリカは俺の身体を支えながら叫んだ。
「医務室に行かなきゃ!」
「ピリカ……大丈夫。ほら、早く博多に行こうぜ」
俺は立ち上がろうとする。
しかし、ピリカは首を横に振った。
「だめだよ!! 早く医務室に行こう!」
ピリカの声が、フロントに響いた。
◇
医務室には、丸眼鏡をかけ、白衣を着た男の子の精霊がいた。
俺はベッドに寝かされ、心音を聞かれたり、脈を測られたり、口の中を観察されたりする。
一通り診察を終えると、男の子の精霊は首を傾げた。
「おかしい……どこも悪くない」
そして、少し考え込んでから俺を見る。
「もはや……リクさん、なにか心当たりは?」
「……」
昨日のことだよなあ。
俺はどう説明しようか悩んだ。
すると――
シュンッ。
ワープの光とともに、誰かが医務室へ現れた。
「オーナー?!」
現れたのは、運営部長のメレブだった。
「オーナー! 体調が悪いのですか?」
メレブが心配そうに駆け寄ってくる。
「メレブこそ、体調が悪いのか?」
「いえっ。私は医務室で調合してくれる栄養ドリンクを受け取りに……」
そう言いかけたメレブが、突然動きを止めた。
「……?!」
奥の目が大きく見開かれる。
「なんですか?! なぜこんなに王の気配が!」
「……」
俺はますます言葉に詰まった。
仕方なく、昨日のことを説明する。
「俺が魔力を受け入れられるようにって、アルが魔力を流してくれたんだ」
「アル様が?」
「俺がアルの魔力を受け入れにくいから……これは心の治療なんだって」
「それ、なんの治療なの……?」
ピリカが小さく呟く。
「それにしても、こんなに消耗するなんておかしいです」
医者は俺の顔を見ながら言う。
そして、少し言いにくそうに口を開いた。
「リクさん……それをしているとき、妙に気持ちよかったのでは?」
「……」
「……う、うん。気持ちよかったけど」
メレブは、やはり、といった表情を浮かべた。
「やはり……」
「何が?」
メレブは一度、ピリカと医務室の精霊を見た。
「メレブ?」
「メレブ、ピリカ君たち若い精霊はしらないとおもいますが、我々精霊が肉体を持っていなかった太古の昔――パートナーとお互いの魔力を流し合い、お互いを感じ合う、魂の重なりの儀式というものがありました」
「魂の……重なり……?」
俺は思わず聞き返した。
「おそらく……王はそれを行ったのかと」
「……え?」
「リクさんの魔力も引き出されています。それで体力が落ち、熱が出ているのでしょう」
俺は何も言えなくなった。
医者はさらに確認するように尋ねる。
「リクさん……王が、自分に触れてくれと頼んだのでは?それが魔力を譲渡する契約になっていた可能性が」
「……」
図星だった。
俺は黙り込んでしまう。
「でも……アルは治療だって……」
その言葉に、メレブの表情が変わった。
「……俺は、ちゃんと説明してくださらなかったのですね」
メレブは立ち上がる。
「王と話さねば!」
「まって!」
しかし――
人一倍真面目で、正義感の強いメレブには、俺の言葉はもう耳に届いていなかった。
「……」
スタスタと医務室を出ていってしまう。
俺はその背中を呆然と見送った。
「はあ……」
そして、ぽつりと呟く。
「アル……どういうつもりなんだよ……」




