てき
慰安パーティーは無事終了し、劇場はまた忙しい日々に戻った。
三日間の休暇を終えた精霊たちは、それぞれの持ち場へ戻っていく。
フロントではピエロたちが笑顔で客を迎え、市場では店が再び開き、劇場でも次々と公演の準備が始まっていた。
けれど、慰安パーティーの余韻は、まだ終わっていなかった。
アルからスマートフォンをもらった精霊たちは、パーティー中に撮った写真や動画を次々とインターネットへ投稿していた。
遊園地。
精霊の故郷。
光の精霊が所有する美術品。
不思議な街並み。
そして、三日目に開催された大規模な祭り。
きらめく海。
夜空いっぱいに広がる花火。
巨大な光の魚が海へ飛び込み、水面全体が青く輝く光景。
どれも、現実のものとは思えない映像ばかりだった。
当然のように、それらは瞬く間に拡散されていった。
『これAIじゃないの?』
『AI生成にしてはリアルすぎない?』
『この遊園地、本当に存在するの?』
『誰か場所知ってる人いない?』
『こんな美術品見たことないんだけど……』
『海の映像、どうやって撮影してるんだ?』
『花火の映像、CGにしか見えない』
『でもCGなら、なんでこんなに細かいところまで自然なんだ?』
ネットでは、さまざまな憶測が飛び交った。
最新のAI技術なのではないか。
巨大企業が秘密裏に作ったテーマパークなのではないか。
未知の映像技術を使っているのではないか。
そして中には――。
「もしかして、異世界なんじゃないか?」
そんな冗談まで飛び出していた。
やがてピエロランドの存在そのものが、大きな話題になっていった。
それに合わせるように、劇場の予約も急激に増えていく。
「アル、すごい反響だなあ」
浄化施設の事務所で、俺はスマートフォンを眺めながら呟いた。
アルは得意げに胸を張る。
「もちろんだよ! 精霊魔術のリーダーの僕が構築したんだよ。これぐらいなくちゃ!」
「……自分で言うか、それ」
そんな騒ぎの中、運営部も動き始めていた。
「もっとピエロランドを知ってもらおう!」
「広告を増やしましょう!」
「もっと派手に!」
精霊たちは勢いに乗って、宣伝を強化していった。
そして――。
その広告の中には、人間たちが普段利用しているサイトに表示されるものまであった。
動画サイト。
ニュースサイト。
ゲームサイト。
検索ページ。
気がつけば、どこを見てもピエロランドの広告が表示されるようになっていた。
「またピエロランド出てきたぞ!」
「昨日も見たぞこれ!」
「一体なんなんだよ……」
人間たちは戸惑いながらも、次第にピエロランドという名前を覚えていった。
運営部では精霊たちが嬉しそうに騒いでいる。
「効果は抜群です!」
「アクセス数も伸びています!」
アルはその様子を見ながら苦笑した。
「……お前たち、宣伝の仕方が強引すぎない?」
「でも効果はあります!」
「それは……そうだけど」
アルは少し考えた。
「まあ……ピエロランドを知ってもらえるなら、いいか」
その後、俺もネットを眺めながら呟いた。
「……最近、どこ見てもピエロランドの広告が出てくるんだけど」
「……運営部が頑張ってるんだよ」
アルが微妙な顔をする。
「頑張る方向、合ってるのか?」
「……たぶん」
こうして――。
ピエロランドの名前は、さらに多くの人間へと知られていくことになった。
だが、その一方で。
その広告によって、大きな損害を受けている人間たちもいた。
薄暗い部屋。
壁一面のモニターには、広告の売り上げデータが表示されている。
しかし、その数字は見る間に落ち込んでいた。
「くそっ!! なんで広告が乗っ取られてるんだ!!」
男が机を叩く。
「売り上げが下がりまくりだ!」
画面には、自分たちが出していた広告の代わりに、ピエロランドの広告が表示されていた。
男は歯を食いしばる。
「……ふざけやがって」
そして部下へ振り返った。
「おい。ピエロランドの入口を把握しているか?」
「……はい」
部下は答えた。
「いくつか候補を掴んでいます。ただ……正確な場所までは、まだ」
「それで十分だ」
男はモニターを睨みつけた。
「すべて破壊しろ」
「……!」
「日本から締め出すんだ」
一方、その頃のピエロランドでは――。
誰もその動きを知らなかった。
いつも通りの一日が続いていた。
しかし、突然。
ピピッ――!
ピピッ――!
ピエロランド中のスマートフォンが、一斉に鳴り響いた。
フロントにいたピエロたちが、驚いて顔を上げる。
「……緊急通知?」
画面が赤く点滅している。
そこに表示された文字を見て、空気が一変した。
『緊急事態発生』
『日本国内に設置されている複数の入口ドアが破壊されました』
『破壊された入口から入場したお客様が、ピエロランドから退出できなくなっています』
『各部署は直ちにドアの修復を開始してください』
『同時に、入口を破壊している人物の確保を実行してください』
「……え?」
誰かが小さく声を漏らした。
ほんの数秒前まで、いつも通りだったピエロランド。
それが突然、緊急事態に包まれた。
「お客様が閉じ込められてる!?」
「各入口を確認して!」
「修復班をすぐに向かわせて!」
「破壊した人間はどこ!?」
フロントのピエロたちが一斉に動き始める。
運営部にも同じ通知が届いていた。
アルはスマートフォンの画面を見つめたまま、表情を変えていた。
「……入口が、複数?」
隣にいた俺も画面を覗き込む。
「ピエロランドを探してる人間がいるってことだね」
「しかも、入口を壊してまで……」
すると運営部の精霊が駆け込んできた。
「アルさん! 修復班、準備できました!」
「分かった。まず閉じ込められているお客様を最優先にして!」
「はい!」
「入口を壊している人物については?」
「現在、各地の入口を調査しています!」
「見つけたら、絶対に無理はしないで。確保を優先して、必要なら僕に連絡して」
「了解しました!」
精霊たちは一斉に走り出した。
だが――。
ピエロランドには、もう一つの顔があった。
表にはほとんど姿を見せない、精鋭部隊。
普段は市場や劇場で笑顔を振りまいているピエロの精霊たち。
しかし、緊急事態が起きた時だけ、その姿を変える。
今回もそうだった。
破壊された入口の一つ。
そこへ、一体のピエロの精霊が静かに現れた。
「……やっと見つけた」
少し離れた場所では、数人の人間が壊れたドアを調べていた。
精霊が歩み寄る。
「ドアを破壊してるのは君らだね?」
「……!」
人間たちが振り返る。
次の瞬間――。
精霊が指を鳴らした。
パチンッ。
「ぐっ!?」
見えない力が人間たちの身体を拘束する。
「な、なんだこれは!」
「魔法……!?」
精霊はスマートフォンを取り出した。
「王、発見しました」
『了解。そちらで確保して』
「はい」
そして、拘束された男へ尋ねる。
「君たちのリーダーは誰?」
「だ、誰が……しゃ、喋るか!」
「そう」
精霊が指をわずかに動かす。
ぎゅうっ――。
「ぐっ……!」
「だ、誰が……!」
「……誰?」
淡々とした声。
「わっ、分かった!」
男が慌てて叫んだ。
「言う! 言うから!」
こうして、組織の拠点が判明した。
そして――。
精鋭部隊は、その事務所へ向かった。
「な、なんだお前ら!」
「侵入者だ!」
人間たちが騒ぐ。
しかし、精鋭部隊の動きはあまりにも速かった。
次々と魔法によって拘束され、抵抗する間もなく制圧されていく。
数分後。
「制圧完了」
「全員確保しました」
事務所は完全に制圧された。
そして精鋭部隊は、組織のリーダーを連れてピエロランドへ戻ってきた。
向かった先は、浄化施設の事務所。
俺はそこで、いつものように仕事をしていた。
突然、ドアが開く。
「オーナー」
「……ん?」
振り返る。
すると――。
見えない力に身体を縛られた男が、ピエロの精霊たちに連れてこられていた。
男は必死に身体を動かしている。
「離せ! なんなんだ、この力は!」
俺は目の前の光景に戸惑った。
「……何これ?」
精霊が淡々と報告する。
「オーナー、ドアを破壊している組織のリーダーを連れてきました。事務所は制圧済みです」
「お、おう……」
俺は男を見る。
「あなたは……誰ですか?」
男は俺を睨みつける。
「お、おまえらが……!」
声を震わせながら叫んだ。
「俺達の広告を乗っ取るからだ!」
「……広告?」
俺はぽかんとする。
アルが隣で首を傾げた。
「広告って……ピエロランドの?」
「そうだ!」
男は怒鳴った。
「俺たちが出していた広告を、お前らが勝手に消して、自分たちの広告にすり替えただろ!」
アルは少し困った顔をした。
「まず、事務所を壊しちゃったことは謝るよ」
「……は?」
男が目を丸くする。
「お前ら……そこを気にするのか?」
「だって、結構壊しちゃったから」
アルは申し訳なさそうに笑った。
男はしばらく黙り込んだ。
俺は尋ねる。
「お前たちって、本当は何をしてるんだ?」
「……広告業だ」
「詐欺広告を出してたんだよね?」
「……ああ」
男は苦々しく答えた。
「最初は普通の広告だった。だが、金になるからって……いつの間にか、怪しい広告ばかり扱うようになった」
俺は少し考えた。
「じゃあさ。もう、それやめたら?」
「……は?」
「ピエロランドの広告を作ってくれよ」
男が目を丸くする。
「俺たちが……?」
「そう。今までの広告の知識を使ってさ。今度は人を騙すんじゃなくて、本当に面白いものを宣伝する」
アルも笑顔になった。
「僕たちはピエロランドのことを、もっと人間に知ってほしいんだ!」
男は吐き捨てるように言った。
「はっ! 誰がお前らの広告なんか!」
するとアルが、にこっと笑った。
「じゃあ、ちょっと考えてみようか」
「……?」
アルは指を一本立てる。
「組織をめちゃくちゃに破壊されるのと」
もう一本、指を立てた。
「僕たちの広告を作って、ちゃんとお金を儲けるの」
男が黙り込む。
「どっちがいい?」
「……」
アルはさらに続けた。
「それに僕たちは、このまま君たちの広告を乗っ取って、無料で広告を出し続けることもできるんだよ?」
男の顔が引きつった。
「お、お前……」
「だからさ」
アルは首を傾げる。
「敵になるより、仲間になったほうが得じゃない?」
俺は思わずため息をついた。
「アル……それ、説得っていうより脅しじゃないか?」
「え?」
アルはきょとんとする。
「ちゃんと選択肢を教えてあげてるだけだよ?」
「選択肢が怖すぎるんだよ……」
男はしばらく黙っていた。
やがて深いため息を吐く。
「……分かった」
「お?」
「分かったよ。広告を作る」
アルの顔がぱっと明るくなった。
「本当!?」
「ああ。ただし――」
男はアルを睨む。
「ちゃんと報酬は払えよ」
「もちろん!」
アルは嬉しそうに答えた。
「よろしくね!」
しかし、アルはそこで終わらなかった。
「あと、君たち」
「……まだ何かあるのか?」
「制圧もできるんでしょ?」
「……まあ」
男は警戒しながら答える。
「だったらさ」
アルはにっこり笑った。
「ピエロランドのドアの用心棒もやってくれる?」
「なっ……そんなことまで……」
男が目を見開く。
「僕たちだけじゃ手が足りないんだ」
アルは真面目な顔になる。
「それに、どうやら君たちはかなり大規模な組織みたいだし……」
男は黙り込んだ。
アルは続ける。
「僕らが本気を出せば、正直なんだってできるよ」
「……」
「でも、君たちだって今までやってきた仕事を全部失いたくないでしょ?」
男の表情が変わった。
「しのぎを失いたくないでしょ?」
「……くっ」
男は頭を抱えた。
広告を乗っ取られた。
事務所を制圧された。
仲間たちも、あっという間に拘束された。
そして今、目の前にいる少年は、それをまるで大したことではないように話している。
――こいつらは、一体何なんだ?
男はちらりと周囲を見る。
見えない力で人間を拘束する精霊。
一瞬で事務所を制圧したピエロたち。
そして、その精霊たちから「王」と呼ばれるアル。
普通じゃない。
絶対に普通じゃない。
「……分かったよ!!」
男はついに両手を上げた。
「守ってやる!」
アルの顔がぱっと明るくなる。
「本当!?」
「ああ! 広告も作る! 入口の用心棒もやる!」
男は半ばヤケになって叫んだ。
「だから、もう俺たちの組織をめちゃくちゃにするな!」
「約束するよ!」
アルは嬉しそうに笑った。
俺はその様子を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。
「……なんか、とんでもない契約が成立したな」
するとアルが振り返る。
「リク、これで日本の入口も安心だね!」
「まあ……そうだけど」
俺は壊された入口のことを思い出す。
「最初から仲良くできてれば、一番よかったんだけどな」
「それはそうだね!」
男が呆れたように二人を見る。
「……お前ら、本当に何なんだよ」
俺は答えに困った。
アルは楽しそうに笑っている。
そして――。
この日を境に、ピエロランドには新たな組織が加わった。
彼らは表向きには広告を担当し、裏では日本各地にあるピエロランドの入口を守る。
ピエロランドの存在を隠すためではない。
その入口を見つけた人間が、安心して入れるように守るために。
そして彼らの拠点には、新しい看板が掲げられた。
『ピエロランド・日本支部』
こうして――。
ピエロランドに、初めての人間による日本支部が誕生したのだった。




