3日
「リク、どうしよう? 田舎にもいられるけど……祭りの会場にワープする?」
アルがそう聞いてきた。
「そうだな。せっかく三日間、違うイベントがあるなら、祭りに行くか!」
「うん!」
俺たちは祭りの会場へワープした。
次の瞬間――。
「……すげえ」
目の前に広がっていたのは、どこまでも続く透明な青い海だった。
太陽の光を受けて、水面がきらきらと輝いている。
白い砂浜には淡い光の粒が混じり、波が打ち寄せるたび、足元まで青い光が走っていく。
「綺麗でしょ!」
アルが嬉しそうに笑った。
「海の構築は苦労したんだ」
「構築って……これ全部作ったのか?」
「うん。海も砂浜も、ちゃんと触れるよ」
俺は試しに海水へ手を伸ばした。
冷たい。
波が手のひらを撫でていく。
「……本物みたいだ」
「だから言ったでしょ?」
アルは得意げに笑った。
しばらく海を眺めていると、アルが町のほうを指差した。
「ねえ、リク! よかったら町のほうに行かない?」
「町?」
「うん。いろんなイベントやってるよ!」
「行くか」
砂浜から続く道を歩いていく。
町へ近づくにつれて、賑やかな音が聞こえてきた。
町には様々なイベントが溢れていた。
中央のステージではカラオケ大会が開かれている。
その隣では、様々な世界の衣装を身につけた人々が、異なる文化のダンスを披露していた。
大通りではパレードも始まっている。
中華風の音楽が流れ、それに合わせるように巨大なホログラムの竜が空中を舞っていた。
色鮮やかな竜が建物の間をすり抜け、観客の頭上を旋回する。
さらに少し先では大道芸まで始まっている。
どこを見ても、人、人、人。
祭りの熱気で町全体が包まれていた。
俺は思わず呟いた。
「もうこれ、異世界じゃん」
アルは楽しそうに笑った。
「祭りだからね。なんでもありだよ」
俺たちはそのまま町を歩いていった。
すると、ふと見慣れた看板が目に入った。
「……あれ?」
そこにあったのは、フロントで見たことのある看板だった。
「貸衣裳」
「アル、これって……」
アルは看板を見ると、いたずらっぽく笑った。
「フフ。フロントにある貸衣裳屋と繋がってるんだよ」
「ここからも入れるのか?」
「うん」
「入ろう。なにかに着替えよう」
俺たちは店の中へ入った。
しかし、店内には誰もいなかった。
「……誰もいないな」
「そりゃそうだよ」
アルが笑う。
今日は祭りの日。
精霊たちはみんな休みを取って、それぞれ祭りを楽しんでいる。
俺たちは店内に並ぶ衣装を物色し始めた。
洋服、民族衣装、舞台衣装、見たこともない異世界の服。
色とりどりの衣装が並んでいる。
「おっ、これ」
俺は一着の服を手に取った。
「祭りと言えば浴衣だろ」
黒を基調とした浴衣だった。
「俺はこれにする」
「じゃあ僕も黒の浴衣にしよ!」
アルも隣から黒い浴衣を取り出した。
「またお揃いかよ」
思わず苦笑する。
「いいじゃん、お揃い」
アルは嬉しそうに笑った。
俺たちは二人とも黒い浴衣に着替え、店を出た。
「さて……これからどう楽しもうか」
俺がそう言うと、アルは辺りを見回した。
町には様々な露店が立ち並んでいる。
焼き物の香ばしい匂い、甘い菓子の匂い、見たこともない異世界の料理の匂い。
たくさんの匂いが入り混じっていた。
俺たちが歩いていると――。
「ちょいちょい、そこのお二人さん!」
突然、横から声をかけられた。
振り向くと、アクセサリーを並べた露店の店主が手招きをしている。
「ちょっと見てかないかい?」
俺たちは店先に並ぶアクセサリーを眺めた。
ネックレス、ブレスレット、髪飾り。
どれも祭りの光を受けて、きらきらと輝いている。
すると店主が俺たちを交互に見ながらニヤリと笑った。
「お似合いのカップルだね」
「なっ……!」
思わず声が裏返った。
「俺達はカップルじゃ――」
「なに、違うの? 照れちゃって」
「いや、だから……!」
俺は慌てて説明した。
「俺達は兄弟なんです」
「そうなの?」
店主は少し驚いた顔をした。
そして俺たちをじっと見比べる。
「でも今は仲のいい兄弟でも、同じのをつけるからね」
「……」
アルはその言葉を聞くと、満更でもなさそうな表情でアクセサリーを眺め始めた。
露店に並ぶアクセサリーは、確かにとても綺麗だった。
異世界の鉱石なのか、見たことのない色に輝く石もある。
「このペアの指輪なんかいいよ」
店主が一組の指輪を取り出した。
二つとも同じデザインで、中央には淡い色の宝石が埋め込まれている。
「トパーズなんだ……」
アルが指輪を覗き込む。
俺もその石を見つめた。
「この石、アルの髪とそっくりだ」
アルの髪は、光を受けると白の中に淡い金色が混じって見える。
その色と、指輪のトパーズがよく似ていた。
「本当?」
アルは自分の髪を指でつまんでから、もう一度指輪を見る。
「……じゃあ、これがいい」
「さすがに同じ指輪は……」
俺が言うと、アルは笑った。
「大丈夫! これに精霊魔術をかけてあげる。お守りみたいなものだよ」
「でもサイズ合わないし」
「大丈夫。それも精霊魔術で直してあげる」
アルは店主へ向き直った。
「おじさん、この指輪ちょうだい」
「はいよ。八万ピエロね!」
「おい、アル。高いよ」
しかしアルは俺の声を聞かず、自動支払いで代金を払ってしまった。
「はい、どうぞ」
店主から二つの指輪を受け取る。
アルはこうと決めたら、突っ走ってしまうところがある。
「ありがとう! リク、浜辺に戻ってゆっくりしよう」
「お、おう……」
俺たちは再びビーチへ戻った。
浜辺に置かれた丸太に腰を下ろす。
波の音を聞きながら、しばらく休んでいると、
「リク、左手出して!」
「なんで?」
「サイズ見てあげる」
そして薬指に触れ、じっとサイズを確かめた。
「……おい、アル」
「なに?」
「アルにも知らないことあるんだなぁ」
「?」
「そこは人間が結婚する時につける指だぞ」
俺が笑いながら言うと、アルの表情が一瞬だけ変わった。
少し、いらっとしたような顔。
「……」
「あ……」
俺は言い過ぎたかもしれないと思った。
「指摘されて嫌だったかな。ごめん」
アルは少し黙ってから、首を横に振った。
「……ごめん、リク。知らなかった」
そして少し笑う。
「じゃあ、人差し指につけよう!」
アルは今度は俺の人差し指のサイズを確認した。
そして指輪を手に取る。
「ちょっと待ってね」
アルは指輪に精霊魔術をかけ始めた。
「……」
聞き取れないほど小さな呪文を唱える。
やがて指輪が淡く輝いた。
「はい、どうぞ。つけてみて。サイズもぴったりなはずだから」
俺は指輪を指にはめてみる。
「……ぴったりだ!」
「よかった」
アルは嬉しそうに笑った。
「僕の精霊魔術をかけた指輪、弾かないね」
「弾く?」
「うん。最初は僕の魔術を拒んでたのに、少し馴染んでる」
アルは俺の指輪を眺める。
「信用してくれてるのかな?」
「そうなのか?」
「うん。この調子でどんどん受け入れてくれれば、光の大元から寿命の譲渡が可能になる」
「そうなのか?」
「うん」
俺は指輪を眺めようと、指から外そうとした。
「あれ?」
抜けない。
「……抜けない」
何度か試してみる。
やっぱり抜けない。
「なんでだ?」
「精霊魔術か?」
アルは少し申し訳なさそうに笑った。
「その指輪には、僕の魔力が少しずつ身体に流れて馴染むように魔術をかけたんだ」
「え?」
「完全に馴染むまでは、外れないよ」
「な、なんだよそれ」
「リクに早く寿命の譲渡をしたいからさ」
「はあ……それなら先に言ってくれよ。別にいいけどさ」
アルも自分の指輪をはめる。
そして、指にはまったトパーズをじっと眺めた。
どこか恍惚とした表情だった。
そうしているうちに、いつの間にか空は夕暮れから夜へと変わっていた。
昼間はあれほど賑やかだった町も、少しずつ落ち着きを見せている。
海は月明かりを受けて青白く輝いていた。
俺たちは浜辺に並んで座っていた。
波が静かに打ち寄せる。
そのとき――。
「ドーン!」
突然、大きな音が響いた。
「うわっ!」
反射的に空を見上げる。
夜空いっぱいに、大きな花火が開いた。
「はじまった……!」
アルが嬉しそうに空を見上げる。
次々と花火が打ち上がっていく。
赤、青、金色。
色とりどりの光が夜空を埋め尽くし、少し遅れて大きな音が海面へ響いていく。
普通の花火だけじゃない。
大きな花が開いたかと思えば、次の瞬間には無数の星になって夜空を流れていく。
そして星が消えた場所から、今度は巨大な光の魚が現れた。
「……魚?」
光の魚は空を泳ぐように進み、そのまま海面へ飛び込む。
すると――。
海全体が青く輝いた。
「……すげえ」
水面に落ちた光が波に乗って広がり、浜辺まで淡い光が押し寄せてくる。
さらに花火が上がる。
今度は巨大な竜だった。
昼間、町で見たホログラムの竜とは違う。
花火でできた竜が夜空を駆け回り、長い尾を引きながら海の上を舞っている。
竜は空を何度も旋回すると、最後に大きく口を開いた。
「ドォン!」
巨大な光が弾け、夜空いっぱいに無数の小さな花火が広がった。
まるで星そのものが降ってきたみたいだった。
俺は隣を見る。
アルは目を輝かせながら、夢中になって空を見上げている。
その横顔を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。
「……綺麗だな」
「うん」
アルは空を見たまま答えた。
「来てよかったね」
「ああ」
また花火が上がる。
今度は白い光が夜空を埋め尽くし、それがゆっくりと金色の雨になって海へ降り注いでいく。
その光を受けて、俺の左手の指輪も淡く輝いた。
「……あ」
思わず指輪を見る。
トパーズが花火の光を受けて、何度も色を変えている。
アルも自分の指輪を眺める。
二つのトパーズが、同じ花火の光を受けて輝いていた。
そして――。
最後の花火が打ち上がった。
一発。
二発。
三発。
次々と巨大な光が夜空に咲き、最後には空一面を覆い尽くすほどの大輪の花火が開いた。
轟音が響き、海まで震える。
やがて光がゆっくりと消えていく。
静かになった夜空には、無数の小さな光だけが残った。
花火の残光なのか、星なのか、それともこの異空間そのものが生み出した光なのか。
俺には分からなかった。
ただ――。
「……また来たいな」
そう呟くと、
「うん。また来よう」
アルは迷いなく答えた。
俺たちはしばらく、静かな海を眺めていた。
こうして――
精霊の慰安パーティーは終わったのだった。




