噂
あれから二週間が経った。
俺とアルが大阪の街でチラシをばら撒いてから、劇場の様子は明らかに変わっていた。
以前は静かだった劇場も、今では人の姿が絶えない。
劇場だけじゃない。
併設されたレストランも、地下市場も、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。
「……すごいな」
俺はフロントから劇場の様子を眺めながら呟いた。
いつの間にか、ピエロランドは俺たちが思っていた以上の広がりを見せていた。
そして――。
ある日、ピエロランドがテレビのニュースで取り上げられた。
『どこかに存在する謎の劇場――』
そんな特集だった。
普通の建物にしか見えない入り口。
そこに描かれた、奇妙なピエロのマーク。
その扉の先には、巨大な劇場や市場が広がっているという。
テレビで紹介されたことをきっかけに、ピエロランドの存在は一気に世界中へ広がった。
さらにSNSを通じて海外にも情報が広がり、世界中の人々が謎の扉を探し始める。
「本当に存在するのか?」
「場所を見つけたけど、入れなかった」
「俺は入れたぞ」
そんな投稿が次々と増えていった。
そして、いつしか事実とはかけ離れた噂まで広がり始めた。
『あの扉は神隠しにつながっている』
『入った人間は戻ってこないらしい』
『ピエロ人形にされるって噂もあるぞ』
誰かの憶測に別の誰かが尾ひれをつけ、SNSは次第に収拾のつかない状態になっていった。
俺とアルは、浄化施設のオフィスでそんな投稿を眺めていた。
「アル! こんなに投稿されてる!」
「ほんとだ……。すごいことになってるね」
アルが俺のスマホを覗き込む。
画面には、ピエロランドについての投稿が次々と流れていた。
「これぐらいミステリアスな方がいいんじゃない? 笑」
俺がそう言うと、アルは少し困ったように笑った。
「でも、誤解されすぎじゃない?」
「じゃあ、こっちから動画を出してみるか」
「動画?」
「うん。各SNSに投稿して、ちょっとだけ情報を出してやろう」
俺たちはさっそく公式動画を作ることにした。
最初に映し出されたのは、地下市場だった。
薄暗く、それでいてどこか温かみのある地下街。
古びた洋風の店が隙間なく並び、その店先ではピエロの姿をした精霊たちが楽しそうに働いている。
世界中から集められた服や雑貨、骨董品。
見たこともない不思議な道具。
市場を歩く人々の姿。
店員のピエロたちと楽しそうに会話する客。
映像は市場の中をゆっくりと進んでいく。
そして――。
場面が切り替わった。
次に映し出されたのは、巨大な劇場。
ステージでは、まるで本物としか思えないような幻想的な光景が繰り広げられている。
迫力のある演出。
観客たちの笑い声。
レストランで食事を楽しむ人々。
休憩スペースで談笑する人たち。
様々なイベントを楽しむ姿。
まるで、一つの街そのものだった。
そして映像は、さらに切り替わる。
『あなたの夢を、叶えます――』
画面いっぱいに広がったのは、遊園地。
巨大なジェットコースターに乗り、子供のようにはしゃぐ人々。
次に映ったのは、深い森。
木漏れ日の下で、理想の相手と寄り添いながら穏やかな時間を過ごす。
さらに場面が変わる。
中世の城。
石造りの街並み。
まるで本当にその時代へ迷い込んだかのような光景。
そして最後は、田舎の小さな家。
扉を開けると、優しそうなおばあちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
『本物と変わらぬ体験』
そして画面に文字が浮かび上がる。
『ピエロランド――近日オープン』
『イベントによって参加費が異なります』
――その瞬間だった。
画面が突然、真っ暗になった。
音も消える。
数秒間の沈黙。
そして――。
スポットライトが、一点だけを照らした。
そこに立っていたのは、一体のピエロだった。
真っ白な顔。
大きく裂けたような笑顔。
暗闇の中で、ピエロだけがじっとこちらを見つめている。
「……皆様」
低く、不気味な声が響いた。
「最近、ピエロランドについて……様々な噂が流れているようですね」
ピエロはゆっくりと首を傾けた。
「ご安心ください」
そう言いながらも、その声には妙な不気味さがあった。
「ピエロランドへ入った人間が、消えてしまうことなどありません」
「訪れた方は、いつでも元の世界へ帰ることができます」
ピエロは口元をわずかに吊り上げる。
「もちろん……人間をピエロ人形へ変え、売り飛ばすようなこともありません」
一拍置いて、ピエロは手のひらを開いた。
そこには、見慣れない硬貨が乗っていた。
「そして、ピエロランドで使用されている独自の通貨」
硬貨がスポットライトを反射して、きらりと光る。
「こちらも、正真正銘……ピエロランドで実際に使用されている通貨です」
そして、ピエロの表情が少しだけ変わった。
「ただし……」
声が低くなる。
「ひとつだけ、皆様にお伝えしておかなければならないことがあります」
画面がゆっくりとピエロの顔へ近づいていく。
「ピエロランドの扉には……訪れる者を選ぶ仕組みがあります」
「最低限のマナー」
「他者を傷つける可能性」
「そして……人としての在り方」
「それらを自動的に判断し、不適切と判断された者は……扉を通ることができません」
ピエロは静かに笑った。
「これは……皆様の安全を守るためです」
そして、ゆっくりと両手を広げる。
「ですから――」
暗闇の中で、白い顔だけが浮かび上がる。
「選ばれたものよ……」
「夢の世界へ……」
そこで映像は終了した。
――数時間後。
SNSは、とんでもないことになっていた。
『いや、怖すぎるだろ』
『「ご安心ください」が一番怖い』
『誘い込まれてるやん』
『逆に大丈夫って言われると怪しいんだが』
『市場と劇場は普通に楽しそうなのに、最後のピエロなんなんだよ』
『公式が一番ホラー』
『「選ばれたものよ」って何???』
動画は瞬く間に拡散された。
百万人。
二百万人。
三百万人。
再生数は、ものすごい勢いで伸びていく。
俺はスマホを見ながら呆然とした。
「……アル」
「なに?」
「俺たち、ちゃんと否定したよな?」
「うん」
「帰ってこられるって言ったし、人形にもされないって言ったよな?」
「言ったね」
「じゃあ……」
俺はSNSをもう一度眺めた。
そこには、さっきまで以上に増え続けるコメント。
「……なんで前より怪しまれてるんだ?」
アルは画面を見つめたまま、少し考えた。
そして――。
「……あのピエロの演出が怖すぎたんじゃない?」
「……だよな」
俺たちは顔を見合わせる。
そして、二人そろって吹き出した。
「はははは!」
「もうちょっと普通に説明すればよかったね!」
「でも、あれはあれで面白いだろ」
「面白いけど……」
アルは笑いながら肩をすくめた。
こうして。
俺たちが噂を打ち消そうとして公開した公式動画は――。
皮肉にも、ピエロランドという存在を、さらに謎めいたものへと変えてしまったのだった。




