ワープ
様々なイベントを発案してから、一週間が経った。
動き回る人々や、街、都市そのものを再現するには、かなり複雑な構築が必要らしい。イベントの規模が大きいこともあり、完成まではもうしばらく時間がかかるという。
そのためアルは、構築作業やイベント内容の擦り合わせに追われ、ほとんど運営部にこもりきりになっていた。
俺もしばらくアルと顔を合わせていない。
今日もフロントで案内をしようと思っていたのだが、
「リクはゆっくりしてて。ここは僕たちがやるから」
と、精霊たちに気を遣われてしまった。
「そう? じゃあ……」
そう言われると、無理に仕事をするわけにもいかない。
俺は広いフロントを見渡しながら、手持ち無沙汰に立っていた。
何か、俺でもできることはないだろうか。
そう考えていると、ふと目に入ったものがあった。
フロントの片隅に置かれた、劇場のチラシだ。
「あー、そうだ」
俺は思いついた。
「どこかのゲートから日本に出て、チラシ配りでもしようか!」
そう思えば、じっとしているよりずっといい。
俺は近くにいた精霊に声をかけた。
「なあ、チラシ貰える?」
「オーナー! どうぞ。そこのチラシを持っていって!」
精霊が一枚、チラシを手渡してくる。
「ううん、まとまった数が欲しいんだけど」
「いいけど……そんなに何に使うの?」
「いいから、くれよー!」
「分かったよ」
俺は半ば強引に頼み込み、封の開いていない、二百部入りのチラシを受け取った。
「これだけあれば十分だな」
俺はチラシの束を抱えた。
「どこにワープするかは、思い浮かべたら行けるんだよな?」
以前、精霊たちがそうしているのを見たことがある。
「よし……日本のどこかの入り口へワープ!」
そう念じた瞬間――
シュンッ。
景色が変わった。
「……あれ?」
そこは、見慣れたフロントだった。
「また戻ってきちゃった……」
俺は首を傾げた。
「どこかの入り口じゃダメなのかな?」
もう一度、試してみる。
「日本のどこかの入り口へ!」
シュンッ。
……またフロント。
「なんでだよ!」
仕方なく、さっきの精霊に尋ねることにした。
「なあ、日本の入り口に行きたいんだけど、ワープできないんだ。何でか分かる?」
精霊は少し考えるように首を傾げた。
「うーん……どこの入り口を思い浮かべてるの?」
「日本のどこかの入り口って思い浮かべてるよ」
「おかしいな。それでも、どこかの入り口には行けるはずなんだけど……」
「そうなのか?」
「僕はよく、日本の博多にある扉から博多の街に行くんだけど」
精霊はそう言って、ふっと笑った。
「一緒に試しに行ってみる? 僕、もう仕事上がりだし」
「おっ、行ってみよう!」
俺はチラシの束を抱え直した。
「チラシ配りもしたいしさ」
「じゃあ、行こう!」
人間の姿に変身した精霊と一緒に、俺はゲートへ向かった。
精霊が先にゲートをくぐる。
俺も後に続いた。
「目的地は……博多!」
シュンッ。
……。
気がつけば、またフロントに戻っていた。
「……やっぱり俺だけ戻ってきた」
一向に来ない俺を心配したのか、しばらくして精霊が戻ってきた。
「だめだったね……」
「うん」
「一度、王に相談してみたら?」
「そうするか」
俺はチラシの束を抱えたまま、運営部へ向かった。
***
運営部へ向かうと、アルは運営部長のメレブと話をしていた。
「アル」
俺が声をかけると、アルが振り返る。
「どうしたの?」
「俺、何かできることないかなと思ってさ」
俺は事情を説明した。
「日本の街でチラシ配りでもしようと思ったんだけど、なんかワープできなくて。何でかな?」
その瞬間だった。
アルの表情が、一瞬だけ強張った。
まるで何かに怯えたような表情。
けれど、それはほんの一瞬だった。
アルはすぐに笑顔を作った。
「リクが扉から出て、迷ったりしないように、ワープできないようにしてるんだよ」
「そうだったのか」
俺は驚いた。
「でも、一緒に博多に行ってくれる精霊がいてさ。街を案内してくれるんだって」
抱えていたチラシを見せる。
「俺もオーナーとして、チラシ配りくらいしたいしさ」
「リクは、そんなことしなくていいよ」
「え?」
「劇場にいて、案内したり、イベントの計画を立てたりしてくれてればいいからさ」
「でも……」
そのときだった。
黙って話を聞いていたメレブが口を挟んだ。
「王、私はオーナーがワープを制限されているとは伺っておりません」
アルがメレブを見る。
「精霊が案内してくれるのであれば、解除してもよろしいのでは?」
「お前が口を出すことではない。口を慎め」
アルの声が低くなる。
「おい、アル!」
俺は思わず声を上げた。
「メレブにそんな言い方しなくてもいいだろ!」
アルは黙った。
「とにかく……」
そして俺を見る。
「リクは、僕の言うことを聞いてればいいんだ」
「……」
その言葉に、胸の奥が引っかかった。
気づけば、俺もムキになっていた。
「……お前って、俺のなんなの?」
アルの顔が固まる。
「……」
「俺はオーナーだぞ。それなのに、なんで勝手に俺の行動を決めるんだよ」
「……う、るさい」
アルが小さく呟いた。
「え?」
「うるさい!」
突然、アルが叫んだ。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
苦しそうに顔を歪める。
その声に、部屋の空気が凍りついた。
俺も、それ以上何も言えなかった。
しばらく沈黙が続いた。
「……もういいよ」
俺はそう言って、運営部を飛び出した。




