見切り発車
今日も俺とアルは一緒だった。
俺はモニターを見ながら、劇場の様子を眺めている。
画面の中では、今日も多くの客を迎えていた。
その一方で、アルはソファーに座り、顎に手を当てながら何やら悩んでいる。
「どうした、アル?」
「あのね……」
アルは少し困ったような顔をした。
「今、劇場が賑わってきたでしょ? 収益も増えてるんだけど……市場も作って、働く精霊が増えたでしょ?」
「うん」
「その分、給料も増えて……けっこうカツカツなんだ」
「えっ?」
俺は思わずアルを見る。
劇場が繁盛している。
だから当然、金も増えているものだと思っていた。
まさか裏では、精霊たちの給料で苦しくなっているとは。
劇場の運営にほとんどノータッチな俺は、そんなことになっていたとは露知らず、驚いてしまった。
「なんか金策しないとな……」
そう言うしかない。
俺には特別な経営能力があるわけでもない。
困った顔でアルを見つめていると、アルはそのまま二十分ほど考え込んでいた。
そして突然――。
「そうだ!」
顔を上げた。
「仮面舞踏会をしよう!」
あまりにも楽しそうな声だった。
「はあ? 仮面舞踏会?」
「うん!」
アルは、さっきまで悩んでいたのが嘘みたいに明るい顔をしている。
「劇場とは別に、特別な夜を作るの。普段の公演を見に来るお客さんとは違う人たちを呼ぶんだよ」
「特別な夜……?」
「そう。豪華な料理に音楽、ダンス。それから綺麗な仮面」
「……それ、結構大掛かりにならないか?」
「なるよ」
「即答かよ……」
アルは笑った。
「だって、お金を稼ぐなら、それくらいやらないと。それにね、ここには普通の世界じゃ絶対にできないことができるんだから」
確かにそうだ。
ここには精霊がいる。
魔法がある。
地上では考えられないような施設だってある。
だったら――。
「……やってみるか」
「決まり!」
アルの顔がぱっと輝いた。
「参加費は一人一万ピエロくらい取ろうかな」
「一万?」
「うん。それでランチョンマットから軽食やお酒を出して、貸衣装屋も用意する。衣装は五千ピエロくらいで貸し出そう」
「けっこう高いんじゃないか?」
「そう?」
アルは首を傾げた。
「まあ、やってみなくちゃ分からないよ」
そう言うと、アルは勢いよく立ち上がった。
「よし! さっそく会場を作らなきゃ!」
「ちょっ、待てよ!」
走り出そうとするアルを、俺は慌てて呼び止めた。
「俺も手伝うよ」
一応、俺もこの劇場のオーナーだ。
それなのに、俺は劇場のことを思った以上に何も知らない。
劇場が賑わっていることも、精霊たちが増えて給料のやりくりに苦労していることも、今日アルから聞いて初めて知った。
運営に関して、俺がやっていることなんてほとんどない。
もちろん、精霊たちが優秀だからというのもある。
それでも――。
何もしていないことに、少しだけ後ろめたさがあった。
「うーん……」
アルは少し考えるように俺を見る。
「精霊魔法で作るから、あんまり手伝ってもらうことないんだけど……」
「それでもいいよ。やりたいんだ」
俺がそう言うと、アルは小さく笑った。
「そっか」
そして俺の手を取る。
「じゃあ、一緒に作ろう」
「おう」
俺たちはフロントへ向かった。
アルが手をかざすと、目の前の空間がぐにゃりと歪み、人が通れるほどの異空間への入口が現れた。
「行こう」
俺たちはその中へ入った。
そこは、床も壁も天井もない、真っ黒な世界だった。
「……なんだこれ」
「ここで空間や内装を決めると、そのまま地下に部屋ができるんだよ」
アルはそう説明すると、手をかざした。
「fb:2,58,/finsc……」
意味の分からない呪文を唱える。
すると黒い空間に色が混ざり始め、床、壁、柱、天井が次々と形作られていった。
艶のある大理石の床。
白と金を基調とした壁。
高い天井。
大きなシャンデリア。
壁には細かな装飾が施され、奥には小さなステージまで現れる。
あっという間に、何もなかった空間が豪華な舞踏会場へと変わった。
「……すげえ」
俺が呟く。
「まだ家具がないけどね」
アルが再び魔法を使うと、会場の隅にテーブルや椅子、料理を置くための長いテーブルなどがまとめて現れた。
「リク、一緒に運ぼう!」
「魔法で出したのに、運ぶのは自力なのかよ」
文句を言いながらも、俺は家具を運び始めた。
ところが、思っていたより家具は重かった。
何度も往復し、汗だくになりながらテーブルや椅子を並べていく。
中央はダンスをするために広く空け、壁際には料理や飲み物を置くためのテーブルを並べた。
そして最後の椅子を置いた。
「……終わった」
俺は額の汗を拭い、アルと完成した会場を眺める。
豪華な舞踏会場。
まだ料理も衣装もない。
それでも、舞踏会の会場としては十分な姿になっていた。
「よし。次は貸衣装屋だね」
「そうだな」
俺たちは一度、異空間からフロントへ戻った。
フロントには、さっき作った異空間への入口が残っている。
アルはその前に立つと、再び手をかざした。
「fb:2,58,/finsc……」
呪文を唱える。
すると、黒い歪みがゆっくりと形を変え始めた。
空間そのものが波打ち、黒い入口が押し広げられるように変化していく。
やがて――。
そこに巨大で豪華な観音開きの扉が現れた。
白を基調とした扉には金色の装飾が施され、中央には仮面を模した紋章が刻まれている。
さっきまでただの異空間への入口だった場所が、まるで宮殿の入口のような姿に変わっていた。
さらにアルが手をかざす。
扉の横には受付カウンターが現れ、その隣にはもう一つの扉が現れた。
扉の上には、
『貸衣装』
と書かれている。
アルが扉を開けると、中には衣装を掛ける棚や、仮面を並べる台、大きな鏡のついたドレッサーまで用意されていた。
「ここで衣装と仮面を選んで、着替えてもらうんだ」
「なるほど」
俺は貸衣装屋の中を見渡した。
「……衣装はどうするんだ?」
「市場にたくさんあるからね!」
「ああ、そういうことか」
そう言えば、地下市場には世界中から集められた様々な品物が並んでいる。
服屋だって一軒じゃない。
「じゃあ、買いに行こう!」
「買うのか?」
「もちろん!」
俺たちはさっそく市場へ向かった。
市場へ入ると、アルは次々と服屋を覗いていく。
「これいい!」
「待て待て、そんなに持っていけないぞ」
「じゃあ、これも!」
「増えてる!」
気づけば俺の両腕には、スーツやタキシードが何着も積み重なっていた。
その隣ではアルがドレスを抱えている。
「こっちのドレスも綺麗!」
「アル、それ何着目だ?」
「分かんない!」
「分かんないのかよ……」
それでも店を一軒回るたび、新しい衣装が見つかった。
華やかなドレス。
正装用のスーツ。
燕尾服やタキシード。
さらに着物や民族衣装まである。
世界中の様々な場所から集められた服が、市場にはまるで巨大な衣装庫のように並んでいた。
「これなら、いろんな人が好きな服を選べるね」
アルは楽しそうに服を眺めている。
「仮面舞踏会なんだから、普段着られないような服もあった方がいいよね」
「確かにな」
俺たちは片っ端から気に入った衣装を集めていった。
気づけば、貸衣装屋へ運ぶ服はかなりの量になっていた。
「……これ、全部運ぶのか?」
俺は山のように積まれた衣装を見つめる。
「うん!」
アルは満面の笑みだった。
「一緒に運ぼう!」
「またかよ……」
俺はため息をつきながら、服の山を抱え上げた。
その日、俺たちは市場を何往復もして、衣装を片っ端からかき集めた。




