俺の
今日はアルと一緒に、劇場のフロントで案内をしている。
世界中の、どうしてこんな場所にと思ってしまうような辺鄙な場所に、劇場へと繋がる入口がある。そんな立地にもかかわらず、口コミが広がっているのか、劇場は日に日に繁盛してきていた。
俺もすっかり、この劇場の光景には慣れてしまった。最初は何もかもが異様だったはずなのに、今では案内をすることさえ日常になっている。
「なあ、アル……劇場以外にも、何かないのか?」
「えー、急に何? あるにはあるけど……」
「なになに! 見たい!」
正直、今日はかなり案内をした。もう仕事は十分だ。少しくらい息抜きをしたい。
そんな俺の気持ちを察したのか、アルがふふっと笑った。
「じゃあ! もう切り上げて、いろんな場所を見てみようか?」
「じゃあ、ワープしようか」
アルが手をかざす。
しゅんっ。
転移した先は、さっきまでいた派手なフロントとはまるで違っていた。
そこにあったのは、デスクが整然と並んだシンプルな事務所。
カタカタカタカタ――。
無数のキーボードを叩く音が響いている。
ここの精霊たちは、みんなパソコンに向き合って黙々と仕事をしていた。
子供がこんな事務所でパソコンに向かって仕事をしている光景は、さながら違法労働の現場のようにも見える。
……まあ、子供ではないのだけれど。
「アル、ここは?」
「ここは運営部だよ! 経理とか、施設全般の運用をしてる。劇場のブレインみたいなところ!」
「王、いらっしゃいませ」
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
丁寧な声とともに、一人の精霊がこちらへ歩いてきた。
見るからに真面目そうな雰囲気だ。
「今日はオーナーが裏方の見学をご所望だから、いろいろ見て回ってるの」
「そうでしたか。オーナー、お初にお目にかかります。私は運営部長のメレブと申します」
普段なら、精霊たちは俺にもっと砕けた口調で話しかけてくる。
けれど、このメレブという精霊は終始丁寧な敬語だ。
俺は思わず少し身構えてしまった。
「リク、大丈夫だよ。緊張しないで」
アルが俺の様子を見て笑う。
「運営部は真面目なメンバーを集めたんだけど、メレブは特に真面目なだけだから」
「よろしく……」
「王、報告したいことがございまして」
「うん?」
メレブは手元の資料に目を落とした。
「今月の売上は、全体で二十五パーセントほど伸びています。
それを踏まえて、世界各地にあるワープゲートの増設を検討しております。
十五か所ほど追加すれば、アクセス数の増加によって、さらに十五パーセント程度の売上向上が見込めます。ROIも悪くないかと」
メレブは淡々と報告を続けている。
売上、アクセス数、ROI。
聞いたことのある言葉もある。
けれど、それがどう繋がって、どうして十五か所の増設に結びつくのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「なるほど……」
とりあえず頷いてみる。
本当は、何がなるほどなのか自分でも分かっていない。
「ゲート一基あたりの維持コストについては?」
アルが口を開いた。
「現状ですと――」
メレブが数字を答える。
アルも迷うことなく質問を返していく。
さっきまで俺の隣で笑っていたのと同じ人物とは思えない。
二人の会話は、俺の頭上を通り過ぎていく。
俺はただ、分かったような顔をして聞いているしかなかった。
……なんだよ。
アルって、こんなことも分かるのか。
当たり前なのかもしれない。
こいつは精霊魔術の権威だ。
劇場を作って、世界中にワープゲートを設置して、こうして裏側の運営まで把握している。
一方で俺はどうだ。
劇場の案内をして、言われたことをやっているだけ。
オーナーなんて呼ばれているけれど、実際には何も知らない。
この場所で一番何も分かっていないのは、たぶん俺だ。
胸の奥が、じわっと重くなった。
「では、増設案については以上で。詳細な試算をまとめておきます」
「うん。じゃあ、その方向でお願いね」
アルがそう答える。
いつもの軽い口調だった。
それが余計に悔しかった。
こいつは、ふざけているように見えて、必要なときにはちゃんと分かっている。
俺には、それがない。
「リク、お待たせ!」
アルが振り返る。
「……リク?」
「ん?」
「どうしたの?」
一瞬、答えに詰まった。
けれど、俺は笑った。
「こんなとこあったんだなあ! 知らなかったよ」
なるべく明るく。
何も気にしていないように。
アルは俺の顔をじっと見つめた。
「リク……僕は、そのままのリクが好きだよ」
「……はあ」
やっぱり、分かっている。
こいつは聡い。
だからこそ、今の俺がどんな顔をしているのかも、きっと全部見透かされている。
「うん……ありがとうな」
「じゃあリク、次はどこに行く?」
「こういう現場もいいけどさ……なんか、秘密基地みたいな場所ない?」
「秘密基地?」
「うん。俺、昔から秘密基地に憧れがあるんだよね」
アルは少し考えるように首を傾げた。
「うーん……秘密基地といえば、あの場所かなあ」
「どこ?」
「行ってみよう!」
しゅんっ。
再び転移した瞬間、俺の目に飛び込んできたのは――青い光を放つ巨大な透明のタンクだった。
薄暗い室内には、いくつものタンクが立ち並び、その淡いブルーの光が空間全体を照らしている。
壁はつぎはぎの金属。
天井や床には、どこへ繋がっているのか分からない無数のパイプ。
用途の分からない計量器や機械まで並んでいる。
「アル! これだよ! これこれ!」
俺は思わず声を上げた。
「このメカニックな感じ、めちゃくちゃカッコいいじゃん!」
「楽しそうだねー、リク」
アルが笑う。
「ここは湖の地下水を浄化する施設なんだ。劇場のトイレに送られる水も、ログハウスでリクがいつも飲んでる水も、ここから送られてるんだよ」
「こんな場所、あったんだな……」
俺は薄暗い施設を見渡した。
「気に入ったよ」
「喜んでくれてよかった!」
俺はしばらく浄化施設の中を歩き回り、その独特な雰囲気を存分に味わった。
そして翌日。
ログハウスにアルがやってきた。
「リクー! 見せたいものがあるんだ!」
「見せたいもの?」
アルに連れられてやってきたのは――昨日の浄化施設だった。
「アル、今日もここか?」
俺は苦笑した。
「いや、俺もまた来たかったけど……」
「ふふふ」
アルが意味ありげに笑う。
「なんだよ、これ……」
施設の一角を見渡して、俺は言葉を失った。
七畳ほどのスペース。
そこには大きなデスクと、複数のモニター。
中央にはガラス製のローテーブル。
そして、そのテーブルを挟むように、黒い革張りのソファが二つ向かい合っていた。
薄暗い浄化施設の一角に、まるで別世界のような空間が出来上がっている。
アルが嬉しそうに笑った。
「ふふ、驚いた?」
「ここはね――リクの秘密基地兼オフィスだよ」
「アル!!」
俺は思わず声を上げた。
「ありがとう! 俺、ずっと秘密基地が欲しかったんだよなあ!」
嬉しくて、ソファに腰を下ろす。
冷たい革の感触。
目の前にはモニター。
周囲には巨大なタンクと無数のパイプ。
……最高だ。
こうして俺は、劇場に自分だけの城を手に入れたのだった。




