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13/36

俺の

今日はアルと一緒に、劇場のフロントで案内をしている。


世界中の、どうしてこんな場所にと思ってしまうような辺鄙な場所に、劇場へと繋がる入口がある。そんな立地にもかかわらず、口コミが広がっているのか、劇場は日に日に繁盛してきていた。


俺もすっかり、この劇場の光景には慣れてしまった。最初は何もかもが異様だったはずなのに、今では案内をすることさえ日常になっている。


「なあ、アル……劇場以外にも、何かないのか?」


「えー、急に何? あるにはあるけど……」


「なになに! 見たい!」


正直、今日はかなり案内をした。もう仕事は十分だ。少しくらい息抜きをしたい。


そんな俺の気持ちを察したのか、アルがふふっと笑った。


「じゃあ! もう切り上げて、いろんな場所を見てみようか?」


「じゃあ、ワープしようか」


アルが手をかざす。


しゅんっ。


転移した先は、さっきまでいた派手なフロントとはまるで違っていた。


そこにあったのは、デスクが整然と並んだシンプルな事務所。


カタカタカタカタ――。


無数のキーボードを叩く音が響いている。


ここの精霊たちは、みんなパソコンに向き合って黙々と仕事をしていた。


子供がこんな事務所でパソコンに向かって仕事をしている光景は、さながら違法労働の現場のようにも見える。


……まあ、子供ではないのだけれど。


「アル、ここは?」


「ここは運営部だよ! 経理とか、施設全般の運用をしてる。劇場のブレインみたいなところ!」


「王、いらっしゃいませ」


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


丁寧な声とともに、一人の精霊がこちらへ歩いてきた。


見るからに真面目そうな雰囲気だ。


「今日はオーナーが裏方の見学をご所望だから、いろいろ見て回ってるの」


「そうでしたか。オーナー、お初にお目にかかります。私は運営部長のメレブと申します」


普段なら、精霊たちは俺にもっと砕けた口調で話しかけてくる。


けれど、このメレブという精霊は終始丁寧な敬語だ。


俺は思わず少し身構えてしまった。


「リク、大丈夫だよ。緊張しないで」


アルが俺の様子を見て笑う。


「運営部は真面目なメンバーを集めたんだけど、メレブは特に真面目なだけだから」


「よろしく……」


「王、報告したいことがございまして」


「うん?」


メレブは手元の資料に目を落とした。


「今月の売上は、全体で二十五パーセントほど伸びています。


それを踏まえて、世界各地にあるワープゲートの増設を検討しております。


十五か所ほど追加すれば、アクセス数の増加によって、さらに十五パーセント程度の売上向上が見込めます。ROIも悪くないかと」


メレブは淡々と報告を続けている。


売上、アクセス数、ROI。


聞いたことのある言葉もある。


けれど、それがどう繋がって、どうして十五か所の増設に結びつくのか、俺にはさっぱり分からなかった。


「なるほど……」


とりあえず頷いてみる。


本当は、何がなるほどなのか自分でも分かっていない。


「ゲート一基あたりの維持コストについては?」


アルが口を開いた。


「現状ですと――」


メレブが数字を答える。


アルも迷うことなく質問を返していく。


さっきまで俺の隣で笑っていたのと同じ人物とは思えない。


二人の会話は、俺の頭上を通り過ぎていく。


俺はただ、分かったような顔をして聞いているしかなかった。


……なんだよ。


アルって、こんなことも分かるのか。


当たり前なのかもしれない。


こいつは精霊魔術の権威だ。


劇場を作って、世界中にワープゲートを設置して、こうして裏側の運営まで把握している。


一方で俺はどうだ。


劇場の案内をして、言われたことをやっているだけ。


オーナーなんて呼ばれているけれど、実際には何も知らない。


この場所で一番何も分かっていないのは、たぶん俺だ。


胸の奥が、じわっと重くなった。


「では、増設案については以上で。詳細な試算をまとめておきます」


「うん。じゃあ、その方向でお願いね」


アルがそう答える。


いつもの軽い口調だった。


それが余計に悔しかった。


こいつは、ふざけているように見えて、必要なときにはちゃんと分かっている。


俺には、それがない。


「リク、お待たせ!」


アルが振り返る。


「……リク?」


「ん?」


「どうしたの?」


一瞬、答えに詰まった。


けれど、俺は笑った。


「こんなとこあったんだなあ! 知らなかったよ」


なるべく明るく。


何も気にしていないように。


アルは俺の顔をじっと見つめた。


「リク……僕は、そのままのリクが好きだよ」


「……はあ」


やっぱり、分かっている。


こいつは聡い。


だからこそ、今の俺がどんな顔をしているのかも、きっと全部見透かされている。


「うん……ありがとうな」


「じゃあリク、次はどこに行く?」


「こういう現場もいいけどさ……なんか、秘密基地みたいな場所ない?」


「秘密基地?」


「うん。俺、昔から秘密基地に憧れがあるんだよね」


アルは少し考えるように首を傾げた。


「うーん……秘密基地といえば、あの場所かなあ」


「どこ?」


「行ってみよう!」


しゅんっ。


再び転移した瞬間、俺の目に飛び込んできたのは――青い光を放つ巨大な透明のタンクだった。


薄暗い室内には、いくつものタンクが立ち並び、その淡いブルーの光が空間全体を照らしている。


壁はつぎはぎの金属。


天井や床には、どこへ繋がっているのか分からない無数のパイプ。


用途の分からない計量器や機械まで並んでいる。


「アル! これだよ! これこれ!」


俺は思わず声を上げた。


「このメカニックな感じ、めちゃくちゃカッコいいじゃん!」


「楽しそうだねー、リク」


アルが笑う。


「ここは湖の地下水を浄化する施設なんだ。劇場のトイレに送られる水も、ログハウスでリクがいつも飲んでる水も、ここから送られてるんだよ」


「こんな場所、あったんだな……」


俺は薄暗い施設を見渡した。


「気に入ったよ」


「喜んでくれてよかった!」


俺はしばらく浄化施設の中を歩き回り、その独特な雰囲気を存分に味わった。


そして翌日。


ログハウスにアルがやってきた。


「リクー! 見せたいものがあるんだ!」


「見せたいもの?」


アルに連れられてやってきたのは――昨日の浄化施設だった。


「アル、今日もここか?」


俺は苦笑した。


「いや、俺もまた来たかったけど……」


「ふふふ」


アルが意味ありげに笑う。


「なんだよ、これ……」


施設の一角を見渡して、俺は言葉を失った。


七畳ほどのスペース。


そこには大きなデスクと、複数のモニター。


中央にはガラス製のローテーブル。


そして、そのテーブルを挟むように、黒い革張りのソファが二つ向かい合っていた。


薄暗い浄化施設の一角に、まるで別世界のような空間が出来上がっている。


アルが嬉しそうに笑った。


「ふふ、驚いた?」


「ここはね――リクの秘密基地兼オフィスだよ」


「アル!!」


俺は思わず声を上げた。


「ありがとう! 俺、ずっと秘密基地が欲しかったんだよなあ!」


嬉しくて、ソファに腰を下ろす。


冷たい革の感触。


目の前にはモニター。


周囲には巨大なタンクと無数のパイプ。


……最高だ。


こうして俺は、劇場に自分だけの城を手に入れたのだった。

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