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12/32

お前って俺の

音の骨董屋を出ると、いつの間にか太陽が大きく傾いていた。


「へえ……ちゃんと夜になっていくんだな」


空を見上げる。さっきまで明るかった市場も、少しずつ夕暮れの色に染まり始めていた。


「そうだよ! 夜になったらランプで照らされて、きっとこの市場、すごく綺麗になるよ」


アルが楽しそうに笑う。


「ねっ、今度はどこ行こう?」


少し考えたあと、アルが俺の全身を眺めた。


「あ……そうだ。リクって、こっちに来たときの服しか持ってないよね?」


「まあ……そうだけど」


「じゃあ服屋に行かない?」


「服屋?」


言われてみれば、俺はこの世界に来たときの服をずっと着ている。確かに、そろそろ別の服があってもいいかもしれない。


そんなことを考えていると、アルはさっそく店先に並んでいる服をしゃがみ込んで眺め始めた。


「……リク、ちゃんと洗濯してる?」


「は?」


「いや、毎日同じ服だから……」


「うるさっ。ちゃんと夜に洗濯して干してるよ。脱いでるから、その間は寒いけど」


「ふふ、冗談だよ!」


アルは楽しそうに笑った。


そんなやり取りをしながら、アルに連れられて入ったのは、いかにも若者が好みそうなおしゃれな服屋だった。


店内にはシャツやジャケット、ニット、パンツなどが綺麗に並べられている。


俺はファッションに詳しいわけでもない。


とりあえず服を眺めながら、当てもなく店の中を歩いていた。


一方のアルはというと、


「これはどうかなあ?」


なんて言いながら、次々と服を手に取っている。


「……あいつ、ファッション好きなのか?」


俺がぼんやり眺めていると、


「リクー!」


アルが少し離れたところから手招きしてきた。


「こっち来て!」


「ん?」


近づいていくと、アルは何着かの服を抱えて満面の笑みを浮かべていた。


「はい! これ、着てみて?」


「……アル、俺の選んでたの?」


「そうだよ!」


当たり前みたいに答える。


「だって、リクの服を買いに来たんでしょ?」


そう言って渡された服を受け取る。


「これ、着てみて」


アルが選んだのは、アイボリーのシャツに、柔らかなベージュのカーディガン。下には淡いブラウンのワイドパンツ。そして足元には、白とベージュを組み合わせたスニーカー。


「……俺がこんなの着るの?」


「いいから。絶対似合うから!」


半信半疑のまま着替えて、店内の大きな鏡の前に立つ。


普段の俺なら絶対に自分では選ばない色の組み合わせだった。


けれど、鏡に映った姿を見ると、不思議なくらい全体がまとまっている。


「ほら。やっぱり似合う」


隣に立ったアルが、満足そうに笑った。


「……そうか?」


「うん! すごくいいよ!」


それからの俺は、完全にアルの着せ替え人形だった。


「次これ!」


「いや、まだ着るの?」


「これも絶対似合う!」


「……はいはい」


シャツ、ジャケット、ニット、パンツ。


アルは楽しそうに次々と服を選んでいく。


気がつけば、俺の横にはかなりの量の服が積み上がっていた。


「はあ……たくさん選んだねー!」


アルは満足そうだ。


俺はというと、服の量を見ながら財布の心配をしていた。


「なあ、アル……」


「ん?」


「これ、俺の持ってるピエロで足りるかな……」


この市場の物価がどれくらいなのか、俺にはまだよく分からない。


「大丈夫!」


アルは即答した。


「リク、心配しないで。リクはオーナーなんだから、市場の物はなんでも持ってていいんだよ」


「でも……」


「大丈夫だって!」


アルは笑いながら続ける。


「リクがピエロを払ったって、オーナーのリクの売り上げになるんだよ? 結局、リクのお金が循環してるだけじゃん」


「……それもそうか」


妙に納得してしまった。


そう考えると、遠慮する必要なんてない。


「じゃあ、これからは市場でどんどん買い物しようかな」


「うん! そうしよう!」


俺は最初にアルが選んでくれたコーデに着替えた。


その姿で店内を歩いていると、アルが突然、店員の精霊に声をかけた。


その精霊は、ハーレクインを思わせる華やかな衣装を身につけた女性だった。


「ねえねえ、これと同じデザインで、小さなサイズってある?」


「ありますよ! 少々お待ちください。今お持ちしますね!」


「おい、アル……」


嫌な予感がする。


「それって……おそろいのコーデじゃん」


「そうだよ?」


「やだよ」


「えー?」


アルが俺の顔を覗き込む。


「お願い。リクと一緒の着たいよ」


そして、少し上目遣いになった。


「ね?」


「…………」


ずるい。


「はあ……仕方ないな」


「やった!」


アルは嬉しそうに笑った。


しばらくして小さなサイズの服が運ばれてくる。


それをアルが着替えると、俺とほとんど同じコーデになった。


並んで鏡の前に立つ。


「どう?」


「……まあ、いいんじゃないか」


「えへへ」


アルは嬉しそうだった。


店を出て、俺たちは再び市場の中を歩き始めた。


夕暮れはさらに深まり、通りのあちこちでランプが灯り始めている。


昼間とは違う、少し幻想的な雰囲気になっていた。


アルはずっと俺のすぐ隣を歩いている。


道が狭くなるたびに、


トン。


肩が触れる。


少し離れたと思ったら、


トン。


また腕が触れた。


「……ん?」


こいつ、妙に距離が近いな。


そう思いながら横を見る。


おそろいの服を着て、楽しそうに市場を眺めているアル。


……まあ、いいか。


「かわいいな、こいつ」


思わずそんな言葉が口から漏れた。


すると、


「リク!」


アルが突然走り出した。


「ソフトクリーム食べよ!」


「おい、急に走るなよ」


アルは見つけたソフトクリーム屋の前で立ち止まり、


「こっちこっち!」


と手招きしている。


「リクは何にする?」


「俺はチョコレートにしようかな」


「うーん……チョコレートもいいなあ」


アルは真剣に悩んでいる。


「……やっぱりバニラにしよう!」


「最初からバニラにすればいいのに」


「だってチョコも美味しそうだったんだもん」


俺たちはそれぞれソフトクリームを買い、近くのベンチに腰を下ろした。


夕暮れの市場を眺めながら、ゆっくりとアイスを食べる。


歩き疲れた体に、冷たくて甘いものがじんわり染み込んでいく。


「……うまい」


ふと隣を見る。


アルが俺のソフトクリームをじっと見つめていた。


「……何?」


「ねえ」


「ん?」


「ちょっとちょうだい?」


「えー? アルがバニラにするって言ったんじゃん」


「お願い! チョコも食べたいの!」


「もう……仕方ないなあ」


俺は自分のソフトクリームを少しだけアルの口元へ持っていった。


「ほら」


「ぱくっ」


アルが一口食べる。


「おいしい!」


口元に少しだけチョコをつけながら、嬉しそうに笑った。


「…………」


なんだ、この状況。


おそろいの服を着た二人でベンチに座って、俺がアルにアイスを食べさせている。


傍から見たら、妙な光景に違いない。


でも――


「……かわいいな、こいつ」


思わずまた口に出してしまった。


「ん?」


アルが首を傾げる。


「お前って……俺の弟なの?」


「え?」


アルがきょとんとする。


「いや、なんとなく」


「ふふっ」


するとアルは少し笑ってから、今度は俺に尋ねてきた。


「ねえ、リクって何歳なの?」


「え? 俺は二十歳だけど」


「二十歳なんだ!」


アルが少し驚いたように目を丸くする。


俺はそんなアルの顔を改めて眺めた。


「そういえば、お前こそ何歳なんだよ?」


「僕?」


「そう。……十五歳くらいに見えるけど」


俺がそう言うと、アルは一瞬きょとんとしたあと、ふふっと笑った。


「僕は悠久の時を生きる精霊だよ?」


「だから、何歳だよ」


思わず笑ってしまう。


するとアルは、どこか大人びた――それでいて少しニヒルな笑顔を浮かべた。


「ふふふ……秘密キミよりかは年上かな」


「なんだよ、それ」


アルは答えず、楽しそうにソフトクリームをもう一口食べた。

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