お前って俺の
音の骨董屋を出ると、いつの間にか太陽が大きく傾いていた。
「へえ……ちゃんと夜になっていくんだな」
空を見上げる。さっきまで明るかった市場も、少しずつ夕暮れの色に染まり始めていた。
「そうだよ! 夜になったらランプで照らされて、きっとこの市場、すごく綺麗になるよ」
アルが楽しそうに笑う。
「ねっ、今度はどこ行こう?」
少し考えたあと、アルが俺の全身を眺めた。
「あ……そうだ。リクって、こっちに来たときの服しか持ってないよね?」
「まあ……そうだけど」
「じゃあ服屋に行かない?」
「服屋?」
言われてみれば、俺はこの世界に来たときの服をずっと着ている。確かに、そろそろ別の服があってもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、アルはさっそく店先に並んでいる服をしゃがみ込んで眺め始めた。
「……リク、ちゃんと洗濯してる?」
「は?」
「いや、毎日同じ服だから……」
「うるさっ。ちゃんと夜に洗濯して干してるよ。脱いでるから、その間は寒いけど」
「ふふ、冗談だよ!」
アルは楽しそうに笑った。
そんなやり取りをしながら、アルに連れられて入ったのは、いかにも若者が好みそうなおしゃれな服屋だった。
店内にはシャツやジャケット、ニット、パンツなどが綺麗に並べられている。
俺はファッションに詳しいわけでもない。
とりあえず服を眺めながら、当てもなく店の中を歩いていた。
一方のアルはというと、
「これはどうかなあ?」
なんて言いながら、次々と服を手に取っている。
「……あいつ、ファッション好きなのか?」
俺がぼんやり眺めていると、
「リクー!」
アルが少し離れたところから手招きしてきた。
「こっち来て!」
「ん?」
近づいていくと、アルは何着かの服を抱えて満面の笑みを浮かべていた。
「はい! これ、着てみて?」
「……アル、俺の選んでたの?」
「そうだよ!」
当たり前みたいに答える。
「だって、リクの服を買いに来たんでしょ?」
そう言って渡された服を受け取る。
「これ、着てみて」
アルが選んだのは、アイボリーのシャツに、柔らかなベージュのカーディガン。下には淡いブラウンのワイドパンツ。そして足元には、白とベージュを組み合わせたスニーカー。
「……俺がこんなの着るの?」
「いいから。絶対似合うから!」
半信半疑のまま着替えて、店内の大きな鏡の前に立つ。
普段の俺なら絶対に自分では選ばない色の組み合わせだった。
けれど、鏡に映った姿を見ると、不思議なくらい全体がまとまっている。
「ほら。やっぱり似合う」
隣に立ったアルが、満足そうに笑った。
「……そうか?」
「うん! すごくいいよ!」
それからの俺は、完全にアルの着せ替え人形だった。
「次これ!」
「いや、まだ着るの?」
「これも絶対似合う!」
「……はいはい」
シャツ、ジャケット、ニット、パンツ。
アルは楽しそうに次々と服を選んでいく。
気がつけば、俺の横にはかなりの量の服が積み上がっていた。
「はあ……たくさん選んだねー!」
アルは満足そうだ。
俺はというと、服の量を見ながら財布の心配をしていた。
「なあ、アル……」
「ん?」
「これ、俺の持ってるピエロで足りるかな……」
この市場の物価がどれくらいなのか、俺にはまだよく分からない。
「大丈夫!」
アルは即答した。
「リク、心配しないで。リクはオーナーなんだから、市場の物はなんでも持ってていいんだよ」
「でも……」
「大丈夫だって!」
アルは笑いながら続ける。
「リクがピエロを払ったって、オーナーのリクの売り上げになるんだよ? 結局、リクのお金が循環してるだけじゃん」
「……それもそうか」
妙に納得してしまった。
そう考えると、遠慮する必要なんてない。
「じゃあ、これからは市場でどんどん買い物しようかな」
「うん! そうしよう!」
俺は最初にアルが選んでくれたコーデに着替えた。
その姿で店内を歩いていると、アルが突然、店員の精霊に声をかけた。
その精霊は、ハーレクインを思わせる華やかな衣装を身につけた女性だった。
「ねえねえ、これと同じデザインで、小さなサイズってある?」
「ありますよ! 少々お待ちください。今お持ちしますね!」
「おい、アル……」
嫌な予感がする。
「それって……おそろいのコーデじゃん」
「そうだよ?」
「やだよ」
「えー?」
アルが俺の顔を覗き込む。
「お願い。リクと一緒の着たいよ」
そして、少し上目遣いになった。
「ね?」
「…………」
ずるい。
「はあ……仕方ないな」
「やった!」
アルは嬉しそうに笑った。
しばらくして小さなサイズの服が運ばれてくる。
それをアルが着替えると、俺とほとんど同じコーデになった。
並んで鏡の前に立つ。
「どう?」
「……まあ、いいんじゃないか」
「えへへ」
アルは嬉しそうだった。
店を出て、俺たちは再び市場の中を歩き始めた。
夕暮れはさらに深まり、通りのあちこちでランプが灯り始めている。
昼間とは違う、少し幻想的な雰囲気になっていた。
アルはずっと俺のすぐ隣を歩いている。
道が狭くなるたびに、
トン。
肩が触れる。
少し離れたと思ったら、
トン。
また腕が触れた。
「……ん?」
こいつ、妙に距離が近いな。
そう思いながら横を見る。
おそろいの服を着て、楽しそうに市場を眺めているアル。
……まあ、いいか。
「かわいいな、こいつ」
思わずそんな言葉が口から漏れた。
すると、
「リク!」
アルが突然走り出した。
「ソフトクリーム食べよ!」
「おい、急に走るなよ」
アルは見つけたソフトクリーム屋の前で立ち止まり、
「こっちこっち!」
と手招きしている。
「リクは何にする?」
「俺はチョコレートにしようかな」
「うーん……チョコレートもいいなあ」
アルは真剣に悩んでいる。
「……やっぱりバニラにしよう!」
「最初からバニラにすればいいのに」
「だってチョコも美味しそうだったんだもん」
俺たちはそれぞれソフトクリームを買い、近くのベンチに腰を下ろした。
夕暮れの市場を眺めながら、ゆっくりとアイスを食べる。
歩き疲れた体に、冷たくて甘いものがじんわり染み込んでいく。
「……うまい」
ふと隣を見る。
アルが俺のソフトクリームをじっと見つめていた。
「……何?」
「ねえ」
「ん?」
「ちょっとちょうだい?」
「えー? アルがバニラにするって言ったんじゃん」
「お願い! チョコも食べたいの!」
「もう……仕方ないなあ」
俺は自分のソフトクリームを少しだけアルの口元へ持っていった。
「ほら」
「ぱくっ」
アルが一口食べる。
「おいしい!」
口元に少しだけチョコをつけながら、嬉しそうに笑った。
「…………」
なんだ、この状況。
おそろいの服を着た二人でベンチに座って、俺がアルにアイスを食べさせている。
傍から見たら、妙な光景に違いない。
でも――
「……かわいいな、こいつ」
思わずまた口に出してしまった。
「ん?」
アルが首を傾げる。
「お前って……俺の弟なの?」
「え?」
アルがきょとんとする。
「いや、なんとなく」
「ふふっ」
するとアルは少し笑ってから、今度は俺に尋ねてきた。
「ねえ、リクって何歳なの?」
「え? 俺は二十歳だけど」
「二十歳なんだ!」
アルが少し驚いたように目を丸くする。
俺はそんなアルの顔を改めて眺めた。
「そういえば、お前こそ何歳なんだよ?」
「僕?」
「そう。……十五歳くらいに見えるけど」
俺がそう言うと、アルは一瞬きょとんとしたあと、ふふっと笑った。
「僕は悠久の時を生きる精霊だよ?」
「だから、何歳だよ」
思わず笑ってしまう。
するとアルは、どこか大人びた――それでいて少しニヒルな笑顔を浮かべた。
「ふふふ……秘密キミよりかは年上かな」
「なんだよ、それ」
アルは答えず、楽しそうにソフトクリームをもう一口食べた。




