寂しさ
劇場が開店して、一週間が経った。
「オーナー」という立派な肩書きはついているものの、実際のところ、俺がやることはほとんどない。
受付も、案内も、レストランも、バーも、劇場の管理も――そのほとんどを精霊たちが勝手に、いや、楽しそうにやってくれている。
俺が何か指示を出す必要すらない。
「オーナー、暇なら休んでて!」
なんて言われる始末だ。
そんなわけで、俺は今日も地上のログハウスでのんびりしていた。
窓の外には静かな湖が広がり、風が木々の葉を揺らしている。
精霊たちは時々、魚やフルーツを持ってきてくれる。
それはそれでありがたいのだが――
「やっぱり栄養が足りないよ!」
アルが、少し申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめんね。君に原始的な生活を押しつけてた」
「原始的って……」
俺は苦笑した。
とはいえ、アルがそう言ってくれたおかげで、俺は以前もらった魔法のランチョンマットを遠慮なく使わせてもらっている。
食べたいものを思い浮かべれば、ちゃんと料理が出てくる便利な代物だ。
今も目の前には湯気の立つ紅茶と、ちょっとしたお菓子。
俺は椅子に深く腰掛け、ゆっくりと紅茶をすすった。
「……優雅だあ」
こんな生活、少し前の俺なら想像もできなかっただろう。
そして、アルといえば――
今日も俺のそばにいる。
劇場で起きた出来事を、まるで日記でも読み上げるように楽しそうに話していた。
「でね! みんな精霊世界では精霊魔術の研究ばっかりしてて、働いたことなんてほとんどないからさ!」
「へえ」
「それでみんな働きたいって言ってるんだよ! まだ三割くらいの精霊しか働いてなくてさあ!」
「……うん」
「それでね、それで――リク、聴いてる?」
「……ああ」
「リクってば!」
「ん?」
俺は少しぼんやりしていた。
「ああ、ごめん。ぼーっとしてた」
アルは頬を膨らませる。
「もう……」
悪いとは思うのだが、アルは話し始めると長いのだ。
しかも、本人はものすごく楽しそうに話すので、途中で止めるのもなんとなく悪い。
「みんな働きたいけど、どうしようかなって」
「うーん……」
俺は少し考えた。
「店でもしたらいいんじゃないか?」
「店?」
「そう。お土産でも売ったらいいんじゃないか? お前ら精霊魔術でいろんな物を作れるんだろ?」
「うん!」
「だったら商品を作って売ったりさ。ほら、異世界の四つ目の魚とか……そういう珍しいものを売ったら、意外と売れるんじゃねえか?」
「……」
アルが黙った。
「……なんだよ」
「ふーん……店ねえ」
アルは何かを考え込むように顎に手を当てる。
そして――
ガタンッ。
突然、アルが立ち上がった。
「ごめん! 僕、用事!」
「は?」
ガタガタッ。
アルはそのまま小走りで部屋を出ていった。
「おい、アル!?」
返事はない。
「……もう」
アルはしたいことを思いつくと、すぐに行動に移してしまう。
俺は呆れながらも、椅子の背もたれに体を預けた。
そして、再び紅茶を一口。
「……優雅だあ」
そんな日が続いた。
――ところが。
次の日。
アルが来ない。
いつもなら朝からログハウスにやって来る。
「リクー!」
と元気な声を響かせながら、勝手に椅子に座り、劇場であったことを延々と話していくのが日課になっていた。
それなのに、今日は来ない。
朝が過ぎても。
昼になっても。
夕方になっても。
「……何してんだ?」
さすがに気になった俺は、スーツに着替えて劇場へ向かった。
劇場の入り口を抜け、まずはフロントを見る。
「アルー?」
返事はない。
「いるかー?」
周囲を見回す。
いない。
「レストラン……ここかー?」
レストランを覗いてみる。
精霊たちが忙しそうに働いている。
「アル、来てない?」
「今日はお見かけしておりません!」
「そっか」
次にバーへ向かう。
「ここにもいないか……」
結局、アルの姿はどこにもなかった。
俺はフロントへ戻ると、受付にいた精霊に声をかけた。
「なあ、今日はアルいないのか?」
「ああ! 王ならいま――」
「しっ!」
隣に座っていた精霊が、慌ててその精霊の肩をつついた。
そして小声で何かを耳打ちする。
「あー……そうだった」
受付の精霊は、何事もなかったかのように笑った。
「すみません。王なら、今日はお見かけしておりません」
「……そうか」
さっき、絶対に知ってたよな。
なんだか妙な感じだった。
もしかして、アルにも俺の知らないプライベートがあるのだろうか。
そう考えると、ほんの少しだけ胸がしゅんとした。
今までずっと一緒にいたから、アルのことは何でも知っているような気になっていた。
でも、そうじゃない。
当然といえば当然だ。
アルにもアルの時間がある。
俺の知らない場所で、俺の知らないことをしている。
そう思うと、少しだけ遠くに行ってしまったような気がした。
それから一週間。
俺は時々劇場へ足を運んだ。
客を案内したり、精霊たちの仕事を眺めたりしながら――その合間にアルがいないか探した。
フロント。
レストラン。
バー。
劇場。
どこへ行っても、アルはいない。
もしかしたら連絡が来ているかもしれないと思い、アルからもらったスマホを見る。
しかし、画面には何も表示されない。
通知もない。
メッセージもない。
「……ウンともスンとも言わねえな」
一体、何をしているんだ。
そんなことを考えている自分に気づいて、俺は少し苦笑した。
俺、こんなにアルのことを気にしてたのか。
いつの間にか、すっかり気に入ってしまっていたらしい。
そんなことを考えていると――
トン、トン。
「ん?」
ノックの音がした。
俺が顔を上げる。
コンコン。
もう一度、軽いノック。
そして扉がゆっくりと開いた。
「リク!」
そこから顔を出したのは――
アルだった。
しかも、ものすごくご機嫌そうな顔をしている。
「おいー! 今までどこにいたんだよ!」
思わず声が大きくなる。
「連絡もないし、探したんだからな!」
アルはニコニコしながら俺を見る。
「ごめんね」
「……」
「さみしかった?」
「べ、別に寂しくなんかねーけどっ!」
図星を突かれた気がして、俺は慌てて顔をそらした。
アルはそんな俺を見て、楽しそうに笑う。
「ふふっ」
「笑うなよ」
「ごめんごめん。でもね、今日はリクにサプライズがあるんだ!」
「サプライズ?」
嫌な予感しかしない。
アルからプレゼントやらサプライズやらと言われると、いつも普通に驚かされる。
「また何か作ったのか?」
「それは見てからのお楽しみ!」
「はいはい……」
アルに手を引かれ、俺は劇場へ向かった。
そして連れてこられたのは――いつものフロントだった。
「ここ?」
「そう!」
一見すると、昨日までと何も変わらない。
広々としたフロント。
受付。
忙しそうに動き回る精霊たち。
けれど――
「……あれ?」
俺は立ち止まった。
昨日まで、ここにはなかったものがある。
フロントの奥。
そこには、大きな扉のようなものが設置されていた。
「なんだ、これ?」
「ふふっ」
アルが得意げに笑う。
「行こう、リク」
俺たちは扉の前まで歩いていく。
すると、俺たちが近づいた瞬間――
ウィィィン……。
まるで自動ドアのような音を立てて、扉が左右に分かれていく。
その向こうから、今まで見たことのない光景がゆっくりと姿を現した。
俺は思わず息を呑んだ。
「……なんだ、これ……」
そこにあったのは――




