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解錠師と呼ばれる転移者——魔法の構造が丸見えなので、型など必要ない  作者: 紬 律
第1部

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Episode 7|式の癖


 帰り道だった。


 工房への角を曲がりかけた。


「聖詔者様」


 声がした。教団の紋章を持つ男だ。騎士が二人、後ろに立っている。恰幅のいい、顔に緊張を張り付けた男だ。


「今回の件につきまして、ノデッサ本部より至急ご報告をと。大神官より直々のご連絡です」


 男が続けた。声が少し低くなった。「護衛もなく前線に出られたとのこと——その点につきましても、ご説明いただく必要があります」


 アリスの表情が、戻った。聖詔者の顔に。


「……わかりました」


 一歩、踏み出した。足が少し遅かった。それだけだった。


 男たちが前に歩きかけた。その隙だった。


「ケイさん」


 小声だった。早口で。


「明日、工房に伺います」


 もう振り返っていた。そのまま廊下の先へ消えた。




 翌日。


 工房にはサトルがいた。机の上に羊皮紙が広がっている。昨日の戦闘ではなく——昨日サトルが持参した、以前の討伐で使われた鍵の型だ。新型には合わなかったあれを、清書している。


「昨日から気になっていて」サトルが羊皮紙を見たまま言った。「新型には合わなかった。ただ、この構造が面白い。既存の魔法陣とは根本的に書き方が違う。型として記録されているのに、まるで型から作られていない」


 受け取った。


 昨日も一度見ている。「新型です」と返したときに。


 数式を追う。線。分岐。収束——。


 視線が、ある展開式で止まった。


 昨日は気づかなかった。


 ここだけが、違う。変数の置き方。一般的な手法で処理すれば遠回りになる過程を、ある置き換えで圧縮している。どこかで読んだ手法ではない。


 ——書いた。


 俺が書いた。


 学部のとき。卒論に使った展開だ。遠回りを圧縮するためだけに作った。この変数の名付け方まで一致している。




 ドアが開いた。


 アリスが入ってきた。昨日の礼服ではなく、動きやすい服だ。侍女はいない。入る前に廊下を一度確認していた。


「昨日のお約束の続きを」


「どうぞ——アリス様、もしかしてお疲れですか」サトルが顔を上げた。


「……三時間ほど」


「三時間」


「聖詔者が護衛なしで前線に出るのはいかがなものか、と」アリスが言った。「三時間ぶん聞きました」


 サトルが口を押さえた。


「……お疲れさまでした」ケイが言った。


「ありがとうございます」アリスが少し間を置いた。「次からは必ず連れてまいります」


 言い方が、真剣だった。


「護衛の方は」ケイが言った。


「……今日は来ていません」


「そうですか」


 サトルが吹き出した。


「ちょうどいい。アリス様もご意見を。この展開式——ケイ君、見せてあげてください」


 羊皮紙を差し出した。


 アリスが受け取る。無言で見ている。


「……型ではないですね」


「そうなんです。だからこそ——」


「ここ」アリスが一点を指した。「この変数の置き方。他と違います」


 ケイは黙っていた。


「なぜこの形になるんですか」


 答えようとした。


 止まった。




「俺が書いた式です」


 アリスが顔を上げた。サトルが振り向いた。


「学部のとき、卒論に書きました。この変数の展開の仕方——俺にしか書けない癖があります」


 沈黙。


「この型の元になった鍵を作ったのが誰か、昨日聞かれましたね」ケイはサトルを見た。「答えられなかった」


 サトルが頷く。


「今も答えられません。ただ——」


 羊皮紙を見た。


「この式は、俺が書いたものです」


 サトルが何かを言いかけた。止まった。


 アリスは何も言わなかった。羊皮紙を見ていた。


 指先が、展開式の上で止まっていた。


 窓の外。石造りの壁が夕の光を受けている。橙色だ。


 工房が、静かだった。


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