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解錠師と呼ばれる転移者——魔法の構造が丸見えなので、型など必要ない  作者: 紬 律
第1部

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Episode 6|鍵と鍵穴


 城下は静かだった。


 静かすぎた。


 石畳の上を黒いものが這っている。蔓だった。地面から壁へ、壁から建物の軒先へ、軒先から空へ向かって伸びている。


 人が、立ったまま動かない。商人が。子供が。老人が。体に光る鎖が巻きついていた。通りだけで、十数人いた。


「これがクロージャです」


 アリスが言った。走っている。息は乱れていない。


 ケイは答えなかった。蔓の走り方を目で追っていた。地面の一点から広がっている。根がある。


「アキラはどこですか」


「広場のはずです」


 走った。




 広場の中央に、アキラがいた。


 黒髪が乱れ、細身の体に光る鎖が巻きついている。両腕が体側に固定されている。顔だけが動く。


「遅えぞ」


「動けますか」


「首だけな」アキラが目をよこした。「フウが先に来てた。騒ぎを聞いて近づいた。引っかかった」


 視線の先。広場の端の石柱に、小さな影が寄りかかっている。フウだった。鎖が体を覆っている。目が閉じている。


「意識は」


「さっきまであった」


 ジンが並んで立っていた。刀を抜いたまま蔓を見ている。


「物理攻撃が効かない」低い声だ。「切れる。だが即座に再生する。騎士が七人試した」


 広場の外、騎士の一人が炎の型を放った。蔓が焼けた。一瞬だった。元に戻る。封印はそのままだ。


 サトルがいた。眼鏡の奥の顔が青い。羊皮紙を手に持っている。


「来ていたんですか」


「資料室から連絡を受けて」サトルが羊皮紙を差し出した。「以前の討伐で使われた鍵の型です。試みましたが、封印が解けない」


 受け取った。


 線と記号と数式。繋がりのパターンが目に入ってくる。どこで分岐して、どこで収束するか——。


 手が、止まった。


 ——どこかで、見た。


 一瞬だった。


「……ケイ君?」


「見ていただけです」羊皮紙を返した。「新型です。この型では合わない」


 サトルが羊皮紙を見た。「新型……」声が小さくなった。「では——」


「別の方法があります」


 型ではなく、構造から。




 蔓の根元に近づこうとした。


 動いた。


 気づいていた、という感じではない。反応した——そういう感じだった。蔓の一本が床を這って伸びてくる。ジンが踏み込んだ。刀が蔓を断つ。落ちた。次の瞬間には繋がっている。


 また伸びてきた。一本が二本になった。


「下がってください」


 アリスが前に出た。両手を広げる。光が走る。半透明の壁が広場の床に線を引いた。蔓が触れた——弾かれた。


「続けてください」アリスが言った。「壁を維持します」


 壁の外で蔓が増えていく。二本が四本になった。四本が八本になった。壁の各所に当たっては弾かれる。


 その内側で、ケイは構造を読んだ。


 蔓の根元。黒く光っている。線。繋がり。どこで分岐して、どこで収束するか——。


 ——見える。


 封印の鎖に、形があった。錠前ではない。鍵穴だった。光の線が一点に向かって収束している。差し込むべき形が、そこにある。


「鍵穴が見えますか」


 アリスが、壁を維持したまま言った。


「見えます」


「……私も」静かな声だ。「見えます」


 ケイは少し止まった。「どこですか」


 アリスが、鎖の一点を指した。正確だった。


 壁の外で蔓が鳴った。ぶつかる音が続く。数が増えている。


「対になる形を作れば解除できます」ケイは言った。「ただ——」


 視線を上げた。アキラがいる。封印の鎖が巻きついたまま動けない。蔓の壁の向こうだ。近づけば、俺も封印される。


「封印の傍まで、俺が行くのは無理です」


「わかってます」アリスが言った。「私が届けます」


「受け取れますか。形が複雑になります」


「問題ありません」




 鍵穴の形を読んだ。


 対になる形を組み立てる。型からではない。構造から直接作る。


 空中に指を走らせた。光の線が走る。分岐して、収束して、形が出来上がっていく。


 壁が揺れた。


 蔓の数がまだ増えている。アリスが結界を押し返している。


 急ぐ。だが急ぐと形が崩れる。崩れれば合わない。合わなければ解けない。


 手を止めない。形を読みながら組み上げていく。


 壁が、また揺れた。


 アキラの鎖の鍵穴に、正確に合う形。


 出来た。


「受け取ってください」


 アリスが両手を広げた。ケイの描いた光が、アリスの手の中に落ちた。


 光の色が変わった。ケイが組んだ形に、アリスの魔力が重なる。ゆっくりと、安定していく。形が、鍵になった。


「行きます」


 光が直線を引いた。蔓の壁を抜けた。アキラの体へ。鎖の一点に触れた——噛み合う感触があった。音ではない。世界がわずかに揺れた感じだ。


 ひびが入った。


 広がった。


 鎖が、砕けた。


 光の粒が四散した。


 アキラがゆっくりと前のめりになった。膝をつく。「……っ」最初に動いた手で頭を押さえた。「重かった」


「フウも」


「ああ」


 同じことをした。鍵穴の形を読む。形を組む。アリスが受け取る。届ける。今度は、速かった。


 フウの鎖にひびが走った。広がった。砕けた。光の粒が散った。


 その場に崩れる。ジンが走り寄った。体が小さい。腕の中に収まった。


「……ケイ?」小さな声がした。フウが目を開けていた。「来てくれた」


「来た」


「よかった」


 それだけ言って、また目を閉じた。




 蔓の根元に戻った。


 黒く光る種がある。小さい。これが始まりだった。


 形を読んだ。


 鍵穴ではない——存在そのものの構造だ。この種が蔓を動かし、封印を広げ続けている。構造に直接手を入れれば、蔓ごと止まる。


 今度は鍵ではない。アリスは必要ない。


 空中に指を走らせた。種の構造そのものへ、直接。


 蔓が反応した。一斉に動く。アリスの壁に向かって。


 手を止めない。


 種が、光った。


 一瞬だけ、眩しかった。


 割れた。


 蔓が動きを止めた。静止する。薄くなっていく。消えた。


 封印も、解けた。


 広場のあちこちで人が崩れ落ちた。騎士たちが駆け寄る。


 静かになった。


 本当に、静かだった。




「鍵穴の形は」アキラが言った。回復しかけの顔で蔓の跡を見ている。「俺には見えなかった。何が違うんだ」


「構造として読んでいます」


「構造として」アキラが繰り返した。「……そういうのは、お前だけだろ」


 ケイは答えなかった。


 アリスがこちらに目を向けた。何かを言いかけた。言わなかった。


 ジンがフウを抱えたまま立っていた。「鍵を配送する魔法は、聖詔者様の術式ですか」


「そうです」


「転移者でなければ使えない術式でしたか」


「そうです」


 ジンが少し間を置いた。「……なるほど」


 蔓の跡をしばらく見ていた。それ以上は言わなかった。


 サトルが、手元の羊皮紙を見ていた。鍵の型が書かれたものだ。


「……新型というのは、この型の鍵穴と形が違う、ということですか」


「そうです」


「ではこの型の元になった鍵は——誰が作ったものなんでしょう」


 ケイは答えなかった。


 答えられなかった、と言った方が正確だ。


 わからない。


 ただ、あの式の組み方に。どこかで見た感触があった。




 帰り道、アリスが並んで歩いていた。


「鍵穴の形が、見えました」静かな声だ。「型として覚えたわけではないのに」


「そうですね」


「……なぜ見えたんでしょう」


 ケイは少し考えた。


「構造を読もうとしたからだと思います」


「型より先に原理を、ということですか」


「そうだと思います」


 アリスが少し間を置いた。


「続きを聞いてもいいですか。工房で」


「どうぞ」


 先に歩いていた。


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