Episode 5|型と原理
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サトルが羊皮紙を広げたまま独り言を言っている。
「ここの収束点、ケイ君から見てどういう働きをしていますか。私にはまだ、なんとなくしか読めなくて」
「魔力がここで絞られて、射程と威力が決まります」
「絞られる……」サトルが羊皮紙に顔を近づけた。「なるほど。じゃあここを変えると射程が変わるというのは——」
「変わります。絞り方を変えるので」
「ああ」サトルが小さく声を上げた。「そうか、そういう構造か」
口の中で続きを言っている。視点が宙を向いた。チップに書き留め始めたのだろう。
「……あの陣、別の構造と突き合わせないといけなくて」独り言のようだった。
しばらくして、サトルが立ち上がった。
「すみません、別の資料が必要です。すぐ戻ります」
足早に出ていった。扉が閉まる。
工房が静かになった。
棚の羊皮紙が並んでいる。古いものと新しいもの。紙の色の違いで時間がわかる。ケイは手元の式に視線を戻した。
ドアが、開いた。
◆
アリスが一人で入ってきた。侍女はいない。
「お時間、よろしいですか」
ケイは手元の式から目を上げた。「どうぞ」
アリスは部屋の中央で止まった。羊皮紙で埋め尽くされた棚を見ている。聖詔者の礼服のままだ。ただ、廊下で騎士が頭を下げていたときとは、どこか違う。
「魔法陣を改変するとき」静かな声だ。「どこから手をつけますか」
「構造を読んでから」
「構造とは」
「線の繋がり方。どこで分岐して、どこで収束するか。それが見えると、どこを変えれば何が変わるかわかる」
アリスが羊皮紙のひとつに目を止めた。少し前に出た。聖詔者の顔ではなく、ただ興味を持った人間の顔だ。
「型として覚えようとは、思わないんですか」
「思わない。型は手段なので」
「手段」
「なぜこの構造になっているかがわかれば、型を覚える必要がない。目的に合わせて作ればいいだけなので」
アリスが黙った。
「……私も」少し間があった。「祈りの手順を教わったとき、同じことを思いました」
「同じこと?」
「なぜこの順序で、なぜこの言葉なのか。手順を覚えることより、そっちが先に気になった」ケイを見た。「おかしいと言われます。信仰は型に宿るものだと」
「理由のない型は脆い」
アリスの目が、わずかに動いた。
「……そう思います」声が少し変わった。「ずっとそう思っていましたが、そういう話をする人がいなかった」
ケイには特に言うことがない。そうだろう、と思っただけだ。
アリスが棚の羊皮紙に視線を戻した。それから、口を開いた。
「物事を考えるとき、いつもそういう順序ですか。なぜそうなるのか、を先に」
「そうじゃない考え方があるのかと思っていましたが」
アリスが小さく笑った。一瞬だった。気づいて、表情を戻した。
「……失礼しました」
「笑っていいですよ」
「聖詔者が人前で笑うのは」
「二人しかいませんが」
アリスが少し止まった。
「……そうですね」
◆
また沈黙。今度は重くない。
「一つ、見せてもらえますか」アリスが棚に近づいた。「この陣を」
一枚の羊皮紙を指した。比較的単純な構造の陣だ。
「どうぞ」
アリスが羊皮紙を手に取った。しばらく、黙って見ていた。
「……ここが分岐点ですか」
「そうです」
「こちらに流れると、射程が変わる」
「変わります」
アリスが羊皮紙から目を上げた。
「なぜわかるんですか。見ただけで」
「構造として読んでいるので」
「構造として」アリスが繰り返した。「私には線と記号にしか見えないのに、あなたには何が見えているんですか」
ケイは少し考えた。
「設計図のようなものが見える感じです。どこが何のためにあるか」
「設計図」アリスの目が陣に戻った。しばらく、黙っていた。「……わからない、と思ったんですが」
ケイは何も言わない。
「ここだけ」アリスが陣の一点に指を近づけた。止めた。「ここに、何かが集まっている感じがする」
ケイは少し止まった。
「どこですか」
アリスが指した。収束点だった。
「……そういう見方は、誰かに教わりましたか」
「いえ」アリスが首を振った。「なんとなく、そう見えただけです」
沈黙。
ケイは黙っていた。正確には、言えなかった。
アリスが羊皮紙を棚に戻した。
「もう少し聞いてもいいですか。魔法陣の——」
◆
頭の中に何かが落ちてきた。
いつもの通知とは違う。意味だけじゃない——焦りと痛みが一緒に来た。
アキラからだった。
「城下。早く来い。動けない」
アリスの表情が変わった。同じものを受け取ったのだろう。
「クロージャです」
走っていた。




