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解錠師と呼ばれる転移者——魔法の構造が丸見えなので、型など必要ない  作者: 紬 律
第1部

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Episode 5|型と原理


 サトルが羊皮紙を広げたまま独り言を言っている。


「ここの収束点、ケイ君から見てどういう働きをしていますか。私にはまだ、なんとなくしか読めなくて」


「魔力がここで絞られて、射程と威力が決まります」


「絞られる……」サトルが羊皮紙に顔を近づけた。「なるほど。じゃあここを変えると射程が変わるというのは——」


「変わります。絞り方を変えるので」


「ああ」サトルが小さく声を上げた。「そうか、そういう構造か」


 口の中で続きを言っている。視点が宙を向いた。チップに書き留め始めたのだろう。


「……あの陣、別の構造と突き合わせないといけなくて」独り言のようだった。


 しばらくして、サトルが立ち上がった。


「すみません、別の資料が必要です。すぐ戻ります」


 足早に出ていった。扉が閉まる。


 工房が静かになった。


 棚の羊皮紙が並んでいる。古いものと新しいもの。紙の色の違いで時間がわかる。ケイは手元の式に視線を戻した。


 ドアが、開いた。




 アリスが一人で入ってきた。侍女はいない。


「お時間、よろしいですか」


 ケイは手元の式から目を上げた。「どうぞ」


 アリスは部屋の中央で止まった。羊皮紙で埋め尽くされた棚を見ている。聖詔者の礼服のままだ。ただ、廊下で騎士が頭を下げていたときとは、どこか違う。


「魔法陣を改変するとき」静かな声だ。「どこから手をつけますか」


「構造を読んでから」


「構造とは」


「線の繋がり方。どこで分岐して、どこで収束するか。それが見えると、どこを変えれば何が変わるかわかる」


 アリスが羊皮紙のひとつに目を止めた。少し前に出た。聖詔者の顔ではなく、ただ興味を持った人間の顔だ。


「型として覚えようとは、思わないんですか」


「思わない。型は手段なので」


「手段」


「なぜこの構造になっているかがわかれば、型を覚える必要がない。目的に合わせて作ればいいだけなので」


 アリスが黙った。


「……私も」少し間があった。「祈りの手順を教わったとき、同じことを思いました」


「同じこと?」


「なぜこの順序で、なぜこの言葉なのか。手順を覚えることより、そっちが先に気になった」ケイを見た。「おかしいと言われます。信仰は型に宿るものだと」


「理由のない型は脆い」


 アリスの目が、わずかに動いた。


「……そう思います」声が少し変わった。「ずっとそう思っていましたが、そういう話をする人がいなかった」


 ケイには特に言うことがない。そうだろう、と思っただけだ。


 アリスが棚の羊皮紙に視線を戻した。それから、口を開いた。


「物事を考えるとき、いつもそういう順序ですか。なぜそうなるのか、を先に」


「そうじゃない考え方があるのかと思っていましたが」


 アリスが小さく笑った。一瞬だった。気づいて、表情を戻した。


「……失礼しました」


「笑っていいですよ」


「聖詔者が人前で笑うのは」


「二人しかいませんが」


 アリスが少し止まった。


「……そうですね」




 また沈黙。今度は重くない。


「一つ、見せてもらえますか」アリスが棚に近づいた。「この陣を」


 一枚の羊皮紙を指した。比較的単純な構造の陣だ。


「どうぞ」


 アリスが羊皮紙を手に取った。しばらく、黙って見ていた。


「……ここが分岐点ですか」


「そうです」


「こちらに流れると、射程が変わる」


「変わります」


 アリスが羊皮紙から目を上げた。


「なぜわかるんですか。見ただけで」


「構造として読んでいるので」


「構造として」アリスが繰り返した。「私には線と記号にしか見えないのに、あなたには何が見えているんですか」


 ケイは少し考えた。


「設計図のようなものが見える感じです。どこが何のためにあるか」


「設計図」アリスの目が陣に戻った。しばらく、黙っていた。「……わからない、と思ったんですが」


 ケイは何も言わない。


「ここだけ」アリスが陣の一点に指を近づけた。止めた。「ここに、何かが集まっている感じがする」


 ケイは少し止まった。


「どこですか」


 アリスが指した。収束点だった。


「……そういう見方は、誰かに教わりましたか」


「いえ」アリスが首を振った。「なんとなく、そう見えただけです」


 沈黙。


 ケイは黙っていた。正確には、言えなかった。


 アリスが羊皮紙を棚に戻した。


「もう少し聞いてもいいですか。魔法陣の——」




 頭の中に何かが落ちてきた。


 いつもの通知とは違う。意味だけじゃない——焦りと痛みが一緒に来た。


 アキラからだった。


「城下。早く来い。動けない」


 アリスの表情が変わった。同じものを受け取ったのだろう。


「クロージャです」


 走っていた。


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