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解錠師と呼ばれる転移者——魔法の構造が丸見えなので、型など必要ない  作者: 紬 律
第4部

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Episode 67|見つかる

【視点マークの読み方】

◆=ケイたちのいる世界

■=アリスの側

♠=施設を管理する側



務めが、片づいた。


溜まっていた祈りを納め、籠っていたと装っていたあいだに滞った役目を、ひとつずつ。もう、しばらくはミアに託せる。あとを、お願いします。そう告げて、アリスは祭壇に背を向けた。


祈りの間が、遠くなっていく。


立てる足を、置いていく。出る声を、動く指を。ここでできたことのすべてを、後ろへ残していく。


残るのは、一本の糸だった。声を運び、意味を運んできた細い繋がり。行きも帰りも、それが道になる。アリスは糸をたぐった。


暗がりを通る。光がほどけて——


冷たさが、戻ってきた。


灰色の天井。ファンの音。肌を這う冷気。重く、動かない体。こちらだ。戻ってきた。並ぶ寝台。管に繋がれた、自分の体。


戻れた。あとは、母へ——。


そこで、止まった。


顔が、あった。


すぐ上に。覗き込んでいる。灰色の光の中で、こちらを見下ろす目。


その顔を、知っていた。


母の隣で、笑っていた人。幼い頃から家に来ていた人。母が信じて、頼っていた人。そして、この寝台で、あの夜のすべては自分が決めたと語った人。


あの男だった。


声を上げようとした。喉が動かない。口の管が言葉を押し戻す。息だけが、細く漏れた。


腕を動かそうとした。鉛のように重い。戻ったばかりの体は、指の先までしびれていた。逃げる、という考えがまず崩れた。立てない。声も出ない。目を閉じることすら、もう遅い。


目が、合っていた。


男の指が、瞼のすぐ手前で止まっている。触れる寸前だった、と気づく。ほんの一拍、戻るのが遅ければ、閉じた瞼を確かめられていた。あと少し早ければ、目を開ける前に息を潜められたかもしれない。


どちらにも、間に合わなかった。


ケイへ、糸を握った。声にならない声で、ひとつだけ。


——見つかりました。



工房でケイは、糸の張りが戻るのを感じた。


アリスが務めを終え、向こうの体へ帰って行った。ほつれていた道の端が、また息を吹き返す。あの子は、間に合わせたのだ。


安堵は、一拍も続かなかった。


アリスから届いた。細い、細い声。「見つかりました」


指が、止まった。


先に、告げていた。あの男が消した手順を逆から掘り起こし、道の出所へ——アリスの体へ辿りつこうとしている、と。間に合え、とも。


アリスは、封を間に合わせた。けれど、戻った先が、いちばん悪いときだった。


そこに何がいるのか、ケイには見えない。読めるのは道の構造だけだ。どの鍵が通り、どこに触れているか。だが、寝台を覗き込む顔も、伸ばされた手も、経路の外にある。糸は、心と言葉は運んでも、体は運ばない。あの子が「見つかりました」と言う、その一言だけが、向こうで何が起きているかを知らせる、たったひとつの窓だった。


戻れ、と叫んでも、あの子はもうそこにいる。


読めるのに、止められない。少し前も、同じことを思った。あのときはまだ、間に合うかもしれない一縷があった。今は、それもない。起きてしまった後だった。


膝の上の指が、震えた。


祈る、という言葉が浮かんで、押しやった。祈っても、あの手は止まらない。


代わりに、探した。あの男が、これを外へ報せるなら——その報せは、必ず経路を通る。上へ上がる声は、こちらの道の上を走る。それが経路に乗った瞬間に掴む。握り潰すのではない。遅らせる。時間を稼ぐ。それだけが、今、外から打てる手だった。


一つだけの手を、指がなぞりはじめた。


まだ、終わってはいない。あの男が、外へ報せさえしなければ。



娘の目が、まっすぐ自分を映していた。


マコトの指は、瞼のすぐ手前で固まっていた。


眠っているのか。確かめようとした。ただ、それだけの動作だった。その指の先で、閉じているはずの瞼が開いた。灰色の光の中で、二つの目が焦点を結び、こちらを見ている。ゆるんだ、眠る者の目ではない。奥に、意識があった。


背筋を、冷たいものが上った。


眠らせた者が目を覚ます。そんなことは、この仕組みのどこにも起こらないはずだった。演算のために伏せさせた意識だ。役目を果たすあいだ、浮かんでくることなど、誰も想定していない。だから、目を覚ました者をどう扱うかという手順すら、ここにはなかった。


前例が、ない。


なのに、この子は目を開けている。


視線を、体へ滑らせた。差し直された口の管。貼り直された跡のある電極。乾いた染みを覆うシーツの裾。外から誰かが触れた、とさっき察した。キャロルか、と。


違った。


外から触れたのではない。この子が、自分で動いた。管を抜き、また戻し、目を開け、こちらを見ている。一年、眠っていたはずの、この子が。


腰の端末に、手が伸びた。


報せれば、運用室が動く。前例のない事態だ。上は総がかりでこの子を調べ、確保し、厳重な管理へ移すだろう。


指が、ボタンの手前で、止まった。


報せれば、この子は上のものになる。私の手を、離れる。ケイの鍵を証明できる、ただ一人が。


それに——。


覚めた経緯を、周が洗いはじめる。誰が、いつ、この体に触れたか。差し直された管の痕。私が昨日から独りで追ってきたものだ。周が同じ道を辿れば、行き着く先は、一つだ。


キャロル。


あの女が、ここへ降りてきたことに、辿りつく。この子を報せることは、キャロルを差し出すのと、同じだった。


それだけは、できない。


指が、ボタンから離れた。


「——起きて、いたのか」


声が、低く落ちた。誰にも届かない声だった。


「いい。誰にも言わない。私が、預かる」


覗き込む目が、ゆっくりと細まった。動かない娘の体を、見下ろしたまま。


「私が、決める。私だけで」


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