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Episode 3|時代の話・配属・チート発覚


 頭の奥で、何かが鳴った。


 音ではない。意味が、直接流れ込んでくる感じだ。


 アキラからの連絡先だ。文字として読んだわけではないのに、最初からわかっている。


「何やってんだ。送ったから受け取れ」


 受け取ろうとした。どうやるのか、わからない。考えた瞬間に、もう受け取っていた。


 送り返そうとした。同じだ。考えた瞬間に、送れていた。


 ——チップ、持ったことないんだが。


 誰にも言わなかった。


 そのまま、またメッセージが来た。


「明日配属出るから寝とけ」


 意味だけが脳に落ちてくる。返事をした。考えた瞬間に、届いていた。


 窓の外が暗い。


 ——なぜ、こんなにスムーズにできる。


 答えは出なかった。




 翌朝、廊下の端で辞令が出た。


「魔術師部門への配属です」


 担当の男が羊皮紙を差し出す。王宮の紋章。横書きの文字。昨日まで読めなかった文字が、今朝から自然に読める。これも、チップのせいだろうか。


「先輩転移者は何人いますか」


「魔術師系はサトル様お一人です。専属の王宮魔術師が七名おります」


「サトルさんより、俺の適性値の方が高いんですか」


 男はすこし間を置いた。


「……比べ物になりません」


 続きは言わなかった。




 魔術師部門の工房は東棟の奥にある。


 石造りの部屋。天井が高い。棚が三方を埋め、魔法陣の描かれた羊皮紙が貼り付けられていた。新旧まばら。紙の色の違いで古さがわかる。


「来た来た、ケイ君」サトルが振り向いた。手に羊皮紙を持っている。「昨日の診断結果、先に取り寄せて確認させてもらいました。無断で申し訳ない。でも止まれなかった」


「……止まれなかった」


「転移直後に、型も知らずに魔法を使ったよね?ケイ君。部門に届いた瞬間から、診断結果が気になってしょうがなかった。見た瞬間にわかりました。予想していた通り、普通の結果じゃなかった」


 羊皮紙を押し付けられた。


「型を知らずに使える人間が、診断でどんな反応を示すのか。転移者は陣の型を覚えて使うのが一般的です。でもケイ君の診断は、陣の構造そのものを読んでいる反応が出ていた」


「それが普通じゃない?」


「普通じゃないです。型を使うのと、型の原理を読めるのはまったく別の話。料理で言えば、レシピ通りに作れるのが一般転移者。ケイ君は……なぜこの手順なのか、がわかる」


 羊皮紙を返す。


「最近は魔術師の需要が増えていて、ケイ君が来てくれてちょうどよかった。クロージャの件で手が足りていないんです」


「クロージャ」


「封鍵の呪いを操る魔物です。詳しい話はまたおいおい」


 窓の外、中庭を騎士が横切る。


「体内チップって、いつ頃から普及したんですか」


 サトルが少し目を細めた。


「十数年前です。私が転移する少し前から急速に広まった。ケイ君のいた地域では普及していなかった?」


「俺が知っている世界には、なかった」


 沈黙。


「……いつ転移したんですか、ケイ君」


「俺にもよくわかっていない部分があって」


 はぐらかした。サトルはそれ以上聞かなかった。が、羊皮紙を手元に引き戻してまた眺め始めた。完全に別のことを考えている顔だ。


 後から、さりげなく探った。


 廊下でジンとすれ違った。足を止めて「チップはいつ頃から持っていますか」と聞くと、一瞬間があった。


「転移前から使っていた。当然のことだ」


 それだけ言って、ジンは歩いていった。


 アキラは質問に答えなかった。フウは意味がわかっていないように首を傾けた。


 十数年前に普及した。全員が当然のように持っている。自分だけが知らない。


 ——それが意味することは、一つだ。


 その確信を、ケイは誰にも言わなかった。




 午後、庭の片隅で訓練が始まった。


 木の板を的にして、サトルが羊皮紙を差し出す。


「まず覚えて、発動してみてください。初歩の型です」


 受け取る。


 ケイは陣を見た。


 線と記号と数式。繋がりのパターンが目に入ってくる。どこで分岐して、どこで収束するか。


 ——修正点が三つある。射程が伸びる。発動が速くなる。


「改変してもいいですか」


「……え」


「陣の一部を変えたい」


 サトルが黙った。返事を待たずに、空中に指を走らせた。陣が変わる。発動。


 風が直線を引いた。


 板が割れた。削り取られた。断面が鋭く、滑らかだ。


 庭の端で、王宮魔術師の一人が足を止めた。こちらを見ている。


「……型を改変した転移者を、私は見たことがありません」


「やってはいけなかったですか」


「そういう話じゃなくて」サトルが板の断面を見ている。「試みる発想自体が、出ない。みんな、魔法陣は使うものだと思っていて、書き換えるものとは考えない」


 ケイには何も言うことがなかった。


 サトルが振り向いた。眼鏡の奥の目が、さっきまでとは違う光り方をしている。


「今日の訓練はここまでにしていいですか。書き留めたいことがある」


 返事を聞く前に、視点が宙を向いた。どこも見ていない。チップに書き留めているのだろう。口が小さく動いている。独り言か、記録か。


 サトルはまだ宙を向いたままだった。ケイは一人、庭を出た。


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