Episode 3|時代の話・配属・チート発覚
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頭の奥で、何かが鳴った。
音ではない。意味が、直接流れ込んでくる感じだ。
アキラからの連絡先だ。文字として読んだわけではないのに、最初からわかっている。
「何やってんだ。送ったから受け取れ」
受け取ろうとした。どうやるのか、わからない。考えた瞬間に、もう受け取っていた。
送り返そうとした。同じだ。考えた瞬間に、送れていた。
——チップ、持ったことないんだが。
誰にも言わなかった。
そのまま、またメッセージが来た。
「明日配属出るから寝とけ」
意味だけが脳に落ちてくる。返事をした。考えた瞬間に、届いていた。
窓の外が暗い。
——なぜ、こんなにスムーズにできる。
答えは出なかった。
◆
翌朝、廊下の端で辞令が出た。
「魔術師部門への配属です」
担当の男が羊皮紙を差し出す。王宮の紋章。横書きの文字。昨日まで読めなかった文字が、今朝から自然に読める。これも、チップのせいだろうか。
「先輩転移者は何人いますか」
「魔術師系はサトル様お一人です。専属の王宮魔術師が七名おります」
「サトルさんより、俺の適性値の方が高いんですか」
男はすこし間を置いた。
「……比べ物になりません」
続きは言わなかった。
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魔術師部門の工房は東棟の奥にある。
石造りの部屋。天井が高い。棚が三方を埋め、魔法陣の描かれた羊皮紙が貼り付けられていた。新旧まばら。紙の色の違いで古さがわかる。
「来た来た、ケイ君」サトルが振り向いた。手に羊皮紙を持っている。「昨日の診断結果、先に取り寄せて確認させてもらいました。無断で申し訳ない。でも止まれなかった」
「……止まれなかった」
「転移直後に、型も知らずに魔法を使ったよね?ケイ君。部門に届いた瞬間から、診断結果が気になってしょうがなかった。見た瞬間にわかりました。予想していた通り、普通の結果じゃなかった」
羊皮紙を押し付けられた。
「型を知らずに使える人間が、診断でどんな反応を示すのか。転移者は陣の型を覚えて使うのが一般的です。でもケイ君の診断は、陣の構造そのものを読んでいる反応が出ていた」
「それが普通じゃない?」
「普通じゃないです。型を使うのと、型の原理を読めるのはまったく別の話。料理で言えば、レシピ通りに作れるのが一般転移者。ケイ君は……なぜこの手順なのか、がわかる」
羊皮紙を返す。
「最近は魔術師の需要が増えていて、ケイ君が来てくれてちょうどよかった。クロージャの件で手が足りていないんです」
「クロージャ」
「封鍵の呪いを操る魔物です。詳しい話はまたおいおい」
窓の外、中庭を騎士が横切る。
「体内チップって、いつ頃から普及したんですか」
サトルが少し目を細めた。
「十数年前です。私が転移する少し前から急速に広まった。ケイ君のいた地域では普及していなかった?」
「俺が知っている世界には、なかった」
沈黙。
「……いつ転移したんですか、ケイ君」
「俺にもよくわかっていない部分があって」
はぐらかした。サトルはそれ以上聞かなかった。が、羊皮紙を手元に引き戻してまた眺め始めた。完全に別のことを考えている顔だ。
後から、さりげなく探った。
廊下でジンとすれ違った。足を止めて「チップはいつ頃から持っていますか」と聞くと、一瞬間があった。
「転移前から使っていた。当然のことだ」
それだけ言って、ジンは歩いていった。
アキラは質問に答えなかった。フウは意味がわかっていないように首を傾けた。
十数年前に普及した。全員が当然のように持っている。自分だけが知らない。
——それが意味することは、一つだ。
その確信を、ケイは誰にも言わなかった。
◆
午後、庭の片隅で訓練が始まった。
木の板を的にして、サトルが羊皮紙を差し出す。
「まず覚えて、発動してみてください。初歩の型です」
受け取る。
ケイは陣を見た。
線と記号と数式。繋がりのパターンが目に入ってくる。どこで分岐して、どこで収束するか。
——修正点が三つある。射程が伸びる。発動が速くなる。
「改変してもいいですか」
「……え」
「陣の一部を変えたい」
サトルが黙った。返事を待たずに、空中に指を走らせた。陣が変わる。発動。
風が直線を引いた。
板が割れた。削り取られた。断面が鋭く、滑らかだ。
庭の端で、王宮魔術師の一人が足を止めた。こちらを見ている。
「……型を改変した転移者を、私は見たことがありません」
「やってはいけなかったですか」
「そういう話じゃなくて」サトルが板の断面を見ている。「試みる発想自体が、出ない。みんな、魔法陣は使うものだと思っていて、書き換えるものとは考えない」
ケイには何も言うことがなかった。
サトルが振り向いた。眼鏡の奥の目が、さっきまでとは違う光り方をしている。
「今日の訓練はここまでにしていいですか。書き留めたいことがある」
返事を聞く前に、視点が宙を向いた。どこも見ていない。チップに書き留めているのだろう。口が小さく動いている。独り言か、記録か。
サトルはまだ宙を向いたままだった。ケイは一人、庭を出た。




