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Episode 26|視線


 哨戒。城壁の外。草地が林に切り替わる手前で、フウが足を止めた。


「……いる」


 短く、それだけ。


 ジンが、刀の柄に手をかけた。イブが、姿勢を低くした。ケイは、身構えた。


 エラント。一匹、二匹、三匹。


 草の影から、もう二匹。


 全部で、五匹。


 近距離で、五匹は、多い。


 ジンから届いた。


 ——左、自分が抑える。


 ケイは、右側の魔法陣を展開した。鍵生成系。一匹の外骨格に「閉じる」鍵をかけ、内側から圧で潰した。


 蟻が、崩れた。


 二匹目。三匹目。


 手を動かし続けた。


 林の奥で、空気が変わった。


 フウから届いた。


 ——上。


 羽蟻型。一匹。続けてもう一匹。


 翼が、薄く震えている。


 ジンが、一匹を地面に縫いつけた。刀で。動きを止めて、外骨格の継ぎ目を割った。


 ケイは、羽蟻型の構造を読んだ。翼の付け根。神経の集まる位置。鍵を一つ、そこに通した。


 落ちた。


 二匹目は、ジンとケイが同時に処理した。


 イブは、射程の外にいた。


 索敵範囲を維持する位置で、動かなかった。


 動かない、というのは、いつもそうだった。


 ただ、視線が、何度かこちらに戻った。


 戦闘の音が、遠ざかった。


 ふと、視線を感じた。


 イブだった。


 こちらを見ている。


 ——いつから。


 ケイが視線を返した瞬間、イブの視線が一拍、留まった。


 それから、にっこり笑った。


「無事でよかったです」


 イブが、言った。


 何でもないように。




 戦闘の後始末は、いつも単純な作業だ。


 ジンは、死体の数を数えていた。記録係に出すための数。


 フウは、林の外周を歩いていた。残党の確認。


 ケイは、自分が展開した魔法陣の跡を見ていた。光が消えても、地面に焼けたような跡が残る。鍵の通った場所。


 イブは、どこに——


 少し離れた場所にいた。


 しゃがんでいる。


 ケイが先ほど展開した魔法陣の跡を、間近で覗き込んでいた。


 ——何を見ている。


 イブの指先が、地面の焦げ跡をなぞっていた。


 なぞる、というより、輪郭を確かめるような動き。


 線の入り方を、指で読んでいる。


 あるいは、写し取ろうとしている。


 ケイが近づくと、イブが顔を上げた。


「あ、ケイさん」


「何だ」


 イブが、立ち上がった。手についた灰を払いながら。


「すごい威力でしたね、これ。初めて見ました、こういう焦げ方」


「そうか」


「ですよね」


 イブが、歩き出した。並んで、戻る方向へ。


 ケイは、半歩遅れて振り返った。


 ——足跡が、消えていた。


 イブの足跡。


 さっきしゃがんでいた場所の。


 風が、払ったのかもしれない。


 地面が、乾いていたのかもしれない。


 あるいは、最初から残らなかったのかもしれない。


 ケイは、すぐに振り返るのをやめた。


 イブの背中が、前方にあった。


 歩き方は、いつも通りだった。




 夕暮れ。帰路の馬上で、ケイはイブの横顔を見た。


 正面を向いている。馬の手綱を握っている。普段通り。


 ただ、目の細め方が——


 ——なんとなく、ずっと前から、そうだった気もする。


 確証はなかった。


 夜。床についてから、天井を見上げていた。


 ランプは、消した。窓の外で、虫の声がしていた。


 ——なぜ、見ている。


 問いだけが浮かんだ。答えは何も用意できなかった。


 それぞれは、説明がつく。


 戦闘中、視線が戻る。射程外で動かない索敵役なら、味方の位置を確認するのは当然だ。


 魔法陣の跡を覗き込む。新人なら、技術への興味は当たり前だ。


 足跡が消える。地面と気候の問題だ。


 目の細め方。気のせいだ。


 ただ——


 全部が、一日に、揃った。


 ——観察、されている。


 その言葉が、頭に残った。


 目を閉じた。


 眠れる気が、しなかった。


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