Episode 26|視線
◆
哨戒。城壁の外。草地が林に切り替わる手前で、フウが足を止めた。
「……いる」
短く、それだけ。
ジンが、刀の柄に手をかけた。イブが、姿勢を低くした。ケイは、身構えた。
エラント。一匹、二匹、三匹。
草の影から、もう二匹。
全部で、五匹。
近距離で、五匹は、多い。
ジンから届いた。
——左、自分が抑える。
ケイは、右側の魔法陣を展開した。鍵生成系。一匹の外骨格に「閉じる」鍵をかけ、内側から圧で潰した。
蟻が、崩れた。
二匹目。三匹目。
手を動かし続けた。
林の奥で、空気が変わった。
フウから届いた。
——上。
羽蟻型。一匹。続けてもう一匹。
翼が、薄く震えている。
ジンが、一匹を地面に縫いつけた。刀で。動きを止めて、外骨格の継ぎ目を割った。
ケイは、羽蟻型の構造を読んだ。翼の付け根。神経の集まる位置。鍵を一つ、そこに通した。
落ちた。
二匹目は、ジンとケイが同時に処理した。
イブは、射程の外にいた。
索敵範囲を維持する位置で、動かなかった。
動かない、というのは、いつもそうだった。
ただ、視線が、何度かこちらに戻った。
戦闘の音が、遠ざかった。
ふと、視線を感じた。
イブだった。
こちらを見ている。
——いつから。
ケイが視線を返した瞬間、イブの視線が一拍、留まった。
それから、にっこり笑った。
「無事でよかったです」
イブが、言った。
何でもないように。
◆
戦闘の後始末は、いつも単純な作業だ。
ジンは、死体の数を数えていた。記録係に出すための数。
フウは、林の外周を歩いていた。残党の確認。
ケイは、自分が展開した魔法陣の跡を見ていた。光が消えても、地面に焼けたような跡が残る。鍵の通った場所。
イブは、どこに——
少し離れた場所にいた。
しゃがんでいる。
ケイが先ほど展開した魔法陣の跡を、間近で覗き込んでいた。
——何を見ている。
イブの指先が、地面の焦げ跡をなぞっていた。
なぞる、というより、輪郭を確かめるような動き。
線の入り方を、指で読んでいる。
あるいは、写し取ろうとしている。
ケイが近づくと、イブが顔を上げた。
「あ、ケイさん」
「何だ」
イブが、立ち上がった。手についた灰を払いながら。
「すごい威力でしたね、これ。初めて見ました、こういう焦げ方」
「そうか」
「ですよね」
イブが、歩き出した。並んで、戻る方向へ。
ケイは、半歩遅れて振り返った。
——足跡が、消えていた。
イブの足跡。
さっきしゃがんでいた場所の。
風が、払ったのかもしれない。
地面が、乾いていたのかもしれない。
あるいは、最初から残らなかったのかもしれない。
ケイは、すぐに振り返るのをやめた。
イブの背中が、前方にあった。
歩き方は、いつも通りだった。
◆
夕暮れ。帰路の馬上で、ケイはイブの横顔を見た。
正面を向いている。馬の手綱を握っている。普段通り。
ただ、目の細め方が——
——なんとなく、ずっと前から、そうだった気もする。
確証はなかった。
夜。床についてから、天井を見上げていた。
ランプは、消した。窓の外で、虫の声がしていた。
——なぜ、見ている。
問いだけが浮かんだ。答えは何も用意できなかった。
それぞれは、説明がつく。
戦闘中、視線が戻る。射程外で動かない索敵役なら、味方の位置を確認するのは当然だ。
魔法陣の跡を覗き込む。新人なら、技術への興味は当たり前だ。
足跡が消える。地面と気候の問題だ。
目の細め方。気のせいだ。
ただ——
全部が、一日に、揃った。
——観察、されている。
その言葉が、頭に残った。
目を閉じた。
眠れる気が、しなかった。




