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Episode 25|居心地


 ケイは、食堂の入口で足を止めた。


 昼過ぎだった。


 窓際の席に、フウとイブが並んで座っていた。


 二人とも、こちらに気づいていない。


 身体を、わずかに寄せ合っている。話が、続いている。


「なんか、外から、引っ張られてる感じが、するんだよね」


 フウが、言った。


「ざわざわ、っていうより、流れてくる、みたいな」


「……あー」


 イブが、少し間を置いた。


「わかる気が、する」


「え、イブも?」


 フウが、身を乗り出した。


「なんか、自分の中を、通ってく感じ、ない? 外から、押されてるっていうか」


「そう! それ! 向こうから、来てる感じ!」


 二人が、声を合わせるように頷いた。


 ケイは、盆を持ったまま、動かなかった。


 会話の中身は、聞こえている。


 だが、言葉が、頭の中でうまく結ばなかった。


 外から、引っ張られる。


 自分の中を、通っていく。


 向こうから、来ている。


 ——三つ、揃った。


 揃いすぎている。


 ケイは、息を整えた。


 ——何が、わかる。


 声には、出さなかった。


 問いは、出た。


 答えを、考えなかった。


 ケイは、盆を持ち直した。


 別の席に座った。




 イブは、工房の入り口で足を止めた。


 扉が、半分だけ開いていた。


 中で、サトルが机に向かっていた。


 羊皮紙の上に、点を打っている。


 点と点を、線でつないでいる。


 線が、増えるごとに、図形の骨格が、浮かんでくる。


 独り言のように、何かをつぶやきながら、ペンを走らせていた。


「……先生って、ほんとに、先生だ」


 イブは、言った。


 言ってから、口を軽く閉じた。


 サトルが、顔を上げた。


「聞いてたのか」


「入口の、とこで」


「盗み聞き、じゃないか」


「声に、出てたんで」


 イブは、肩をすくめた。


「考えながら、描いてる感じ、見ててわかりますよ」


 サトルが、苦笑した。


 ペンを、もう一度走らせた。


 線が、また、一本増えた。


 イブは、扉の縁にもたれた。


 紙の上の点を眺めた。


 ——居心地がいい。


 思ったまま、しばらく放置した。


 理由を、考えなかった。


 考えると、面倒な気がした。


 誰の場所だ、と考えるのも、面倒だった。


 しばらくして、イブは扉の縁から体を起こした。


「じゃあ、邪魔したんで」


「たいして、邪魔じゃなかった」


 サトルが、言った。


 振り向かずに。


 イブは、廊下に出た。


 扉を、閉めなかった。


 半分だけ開いたままにしておいた。




 ケイは、夕方、廊下を歩いていた。


 窓の外、城下の屋根が橙に染まりはじめていた。


 歩きながら、フウの笑い声を思い出した。


 食堂の、窓際。


 フウが、身を乗り出す、瞬間。


 「え、イブも?」と、はずんだ声。


 フウが、よく、笑うように、なった。


 イブが、来てから、だ。


 それは、確かだった。


 ただ——


 ひと月前と、声の出方が、変わった気がした。


 もっと、低かった、ような気がする。


 もっと、短かった、ような気もする。


 ケイは、廊下の角で足を止めた。


 窓の外を、見た。


 ——違う、かもしれない。


 声には、出さなかった。


 確認するほどのことではなかった。


 だが、もう一段、内側で声が出た。


 ——タイミングが、合いすぎている。


 フウの変化と、イブの加入。


 二つが、ぴたりと重なる。


 偶然なら、それでいい。


 偶然でないなら——


 それだけ、だった。


 それ以上ではなかった。


 だが、それだけが、消えなかった。


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