Episode 25|居心地
◆
ケイは、食堂の入口で足を止めた。
昼過ぎだった。
窓際の席に、フウとイブが並んで座っていた。
二人とも、こちらに気づいていない。
身体を、わずかに寄せ合っている。話が、続いている。
「なんか、外から、引っ張られてる感じが、するんだよね」
フウが、言った。
「ざわざわ、っていうより、流れてくる、みたいな」
「……あー」
イブが、少し間を置いた。
「わかる気が、する」
「え、イブも?」
フウが、身を乗り出した。
「なんか、自分の中を、通ってく感じ、ない? 外から、押されてるっていうか」
「そう! それ! 向こうから、来てる感じ!」
二人が、声を合わせるように頷いた。
ケイは、盆を持ったまま、動かなかった。
会話の中身は、聞こえている。
だが、言葉が、頭の中でうまく結ばなかった。
外から、引っ張られる。
自分の中を、通っていく。
向こうから、来ている。
——三つ、揃った。
揃いすぎている。
ケイは、息を整えた。
——何が、わかる。
声には、出さなかった。
問いは、出た。
答えを、考えなかった。
ケイは、盆を持ち直した。
別の席に座った。
◆
イブは、工房の入り口で足を止めた。
扉が、半分だけ開いていた。
中で、サトルが机に向かっていた。
羊皮紙の上に、点を打っている。
点と点を、線でつないでいる。
線が、増えるごとに、図形の骨格が、浮かんでくる。
独り言のように、何かをつぶやきながら、ペンを走らせていた。
「……先生って、ほんとに、先生だ」
イブは、言った。
言ってから、口を軽く閉じた。
サトルが、顔を上げた。
「聞いてたのか」
「入口の、とこで」
「盗み聞き、じゃないか」
「声に、出てたんで」
イブは、肩をすくめた。
「考えながら、描いてる感じ、見ててわかりますよ」
サトルが、苦笑した。
ペンを、もう一度走らせた。
線が、また、一本増えた。
イブは、扉の縁にもたれた。
紙の上の点を眺めた。
——居心地がいい。
思ったまま、しばらく放置した。
理由を、考えなかった。
考えると、面倒な気がした。
誰の場所だ、と考えるのも、面倒だった。
しばらくして、イブは扉の縁から体を起こした。
「じゃあ、邪魔したんで」
「たいして、邪魔じゃなかった」
サトルが、言った。
振り向かずに。
イブは、廊下に出た。
扉を、閉めなかった。
半分だけ開いたままにしておいた。
◆
ケイは、夕方、廊下を歩いていた。
窓の外、城下の屋根が橙に染まりはじめていた。
歩きながら、フウの笑い声を思い出した。
食堂の、窓際。
フウが、身を乗り出す、瞬間。
「え、イブも?」と、はずんだ声。
フウが、よく、笑うように、なった。
イブが、来てから、だ。
それは、確かだった。
ただ——
ひと月前と、声の出方が、変わった気がした。
もっと、低かった、ような気がする。
もっと、短かった、ような気もする。
ケイは、廊下の角で足を止めた。
窓の外を、見た。
——違う、かもしれない。
声には、出さなかった。
確認するほどのことではなかった。
だが、もう一段、内側で声が出た。
——タイミングが、合いすぎている。
フウの変化と、イブの加入。
二つが、ぴたりと重なる。
偶然なら、それでいい。
偶然でないなら——
それだけ、だった。
それ以上ではなかった。
だが、それだけが、消えなかった。




