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Episode 23|共有


 沈黙が、続いていた。


 廊下の光が、変わりはじめていた。屋根の境目は、もう半分を越えていた。朝から、時間が経っていた。


 話は、まだ終わっていなかった。


 ケイは、口を開いた。


「一つ、確認したい」


 アリスが、顔を上げた。


「先日の、夜のことだ」


 短く、切った。


 アリスが、ファーマルクに行っている間、だった。


「廊下に、イブがいた」


 もう一拍、置いた。


「眠れない、と言った」


 アリスの目が、こちらを見ていた。


 ケイは、続けた。


「話の途中で、チップの話を持ち出してきた」


「……自分から、ですか」


 アリスが、聞いた。


 声が、低かった。


「何でもない、会話のように、だ」


 ケイは、答えた。


 窓の外に、目を戻した。


 夜の廊下で、外を見ながら、イブは思い出したように言ったのだ。


 窓の外を見ながら、だった。


 視線は、こちらに向いていなかった。


 だから、独り言のように、聞こえた。


 ——急に、気になって。自分のが、どこにあるか、確かめようとしたら——どこで、確認すればいいか、わからなくて。


 そういう言い方だった。


 あの時は、何でもないと思った。


 ——今は、違う。




 ケイは、もう一度、口を開いた。


「イブが来たのは、アキラが消えた後だ」


 一拍。


「ファーマルクには、来ていない」


 もう一拍。


「アキラの傷の話は、その場にいた者しか知らない」


 サトル。ジン。フウ。アリス。自分。


 その場にいた、五人だった。


 イブは、いなかった。


 三つを、並べた。


 並んで、しまった。


 並べたかった、わけではない。


 事実が、三つ、揃っただけだった。


 アリスが、動かなくなった。


 廊下が、静かだった。


 窓の外の光が、また、ひとつ進んだ。


 指先も、肩も、止まった。


 呼吸だけが、続いていた。


「……自分から、ですか」


 アリスが、もう一度言った。


 さっきと、同じ言葉だった。


 だが、声の重さが違った。


「ああ」


 ケイは、短く答えた。


 それで、足りた。


 アリスが、視線を落とした。


 窓の外、ではなかった。


 どこかを、見ていた。


 指先が、わずかに動いた。


 止まった。


「——いつから」


 小さな声だった。


 独り言のように、出た。


 イブが、来てから、か。


 もっと、前、なのか。


 答えは、なかった。


 ケイは、何も言わなかった。


 しばらく、沈黙があった。


「知るはずのない話を」


 アリスが、続けた。


 言葉が、途切れた。


「……知っていたとしたら」


 ケイは、答えた。


「知っているかどうかは、わからない」


 一拍、置いた。


「ただ、できすぎている」


 アリスが、ゆっくり顔を上げた。


 何かを、言いかけた。


 やめた。




 昼になっても、引っかかりは消えなかった。


 食堂の前まで、来ていた。


 扉の手前で、足が止まった。


 声が、漏れている。


 昨日と、同じだった。


 ケイは、扉を押した。


 声が、流れ込んできた。


 食堂で、イブが笑っていた。


 フウの向かいに座って、両手を動かしながら、何かを説明していた。フウが、目を丸くする。イブが、前のめりになった。サトルが、静かにそれを聞いていた。ジンが、汁物を飲んでいた。


 いつもの昼だった。


 ケイは、盆を持ったまま、入り口で少し止まった。


 目が、イブの背中で止まっていた。


 肩の動き。手の動き。声の高さ。


 どれも、いつも通りだった。


 イブが、また笑った。


 声が、食堂に広がった。


 フウが、「ほんとに?」と身を乗り出した。


 何でも、なかった。


 ケイは、盆を持ち直した。


 朝と、同じ廊下で、自分は三つの事実を並べた。


 ここでは、誰も、それを知らない。


 ——なぜ、気になった。


 声には、出さなかった。


 イブが笑った、ことに、ではなかった。


 笑っていなかった、何か、にだった。


 答えは、まだなかった。


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