Episode 23|共有
◆
沈黙が、続いていた。
廊下の光が、変わりはじめていた。屋根の境目は、もう半分を越えていた。朝から、時間が経っていた。
話は、まだ終わっていなかった。
ケイは、口を開いた。
「一つ、確認したい」
アリスが、顔を上げた。
「先日の、夜のことだ」
短く、切った。
アリスが、ファーマルクに行っている間、だった。
「廊下に、イブがいた」
もう一拍、置いた。
「眠れない、と言った」
アリスの目が、こちらを見ていた。
ケイは、続けた。
「話の途中で、チップの話を持ち出してきた」
「……自分から、ですか」
アリスが、聞いた。
声が、低かった。
「何でもない、会話のように、だ」
ケイは、答えた。
窓の外に、目を戻した。
夜の廊下で、外を見ながら、イブは思い出したように言ったのだ。
窓の外を見ながら、だった。
視線は、こちらに向いていなかった。
だから、独り言のように、聞こえた。
——急に、気になって。自分のが、どこにあるか、確かめようとしたら——どこで、確認すればいいか、わからなくて。
そういう言い方だった。
あの時は、何でもないと思った。
——今は、違う。
◆
ケイは、もう一度、口を開いた。
「イブが来たのは、アキラが消えた後だ」
一拍。
「ファーマルクには、来ていない」
もう一拍。
「アキラの傷の話は、その場にいた者しか知らない」
サトル。ジン。フウ。アリス。自分。
その場にいた、五人だった。
イブは、いなかった。
三つを、並べた。
並んで、しまった。
並べたかった、わけではない。
事実が、三つ、揃っただけだった。
アリスが、動かなくなった。
廊下が、静かだった。
窓の外の光が、また、ひとつ進んだ。
指先も、肩も、止まった。
呼吸だけが、続いていた。
「……自分から、ですか」
アリスが、もう一度言った。
さっきと、同じ言葉だった。
だが、声の重さが違った。
「ああ」
ケイは、短く答えた。
それで、足りた。
アリスが、視線を落とした。
窓の外、ではなかった。
どこかを、見ていた。
指先が、わずかに動いた。
止まった。
「——いつから」
小さな声だった。
独り言のように、出た。
イブが、来てから、か。
もっと、前、なのか。
答えは、なかった。
ケイは、何も言わなかった。
しばらく、沈黙があった。
「知るはずのない話を」
アリスが、続けた。
言葉が、途切れた。
「……知っていたとしたら」
ケイは、答えた。
「知っているかどうかは、わからない」
一拍、置いた。
「ただ、できすぎている」
アリスが、ゆっくり顔を上げた。
何かを、言いかけた。
やめた。
◆
昼になっても、引っかかりは消えなかった。
食堂の前まで、来ていた。
扉の手前で、足が止まった。
声が、漏れている。
昨日と、同じだった。
ケイは、扉を押した。
声が、流れ込んできた。
食堂で、イブが笑っていた。
フウの向かいに座って、両手を動かしながら、何かを説明していた。フウが、目を丸くする。イブが、前のめりになった。サトルが、静かにそれを聞いていた。ジンが、汁物を飲んでいた。
いつもの昼だった。
ケイは、盆を持ったまま、入り口で少し止まった。
目が、イブの背中で止まっていた。
肩の動き。手の動き。声の高さ。
どれも、いつも通りだった。
イブが、また笑った。
声が、食堂に広がった。
フウが、「ほんとに?」と身を乗り出した。
何でも、なかった。
ケイは、盆を持ち直した。
朝と、同じ廊下で、自分は三つの事実を並べた。
ここでは、誰も、それを知らない。
——なぜ、気になった。
声には、出さなかった。
イブが笑った、ことに、ではなかった。
笑っていなかった、何か、にだった。
答えは、まだなかった。




