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王様の奴隷  作者: ぷー介さん
37/42

不穏

お待たせしました。

コンラッドは朝から執務室に籠り、積み上がった書類を読んでいた。

国の整備。

玉座に着いたばかりで、やることはまだまだ山積みだ。


終わりの見えない課題にコンラッドは大きく溜め息を吐いた。



今頃、エルは訓練でしごかれている頃だろうか。

コンラッドは、ふと窓の外を眺め彼女を想った。




コンラッドが物思いに耽っていると、ハンクが執務室に入ってきた。


「失礼致します。ニコラス様がいらっしゃったようですがいかが致しますか?」


「あぁ、通してくれ。」

「では、客間の方にお通ししますね。」


ハンクは一礼し退室すると、コンラッドは書類を片付け背伸びをした。朝からずっと同じ体勢だったのが祟ったのか、首を曲げると楽器のようにポキポキと大きな音が鳴る。






━━━━━

「叔父さん、お待たせしました。」

「急に悪かったな。忙しいところ邪魔した。」

「いいえ、ずっと座りっぱなしの仕事だったのでむしろちょうど良かったです。」


コンラッドが客間に入るとニコラスはソファーから立ち上がり、コンラッドを迎え入れ、二人は向かい合って座った。


ニコラスはコンラッドの発言から、良い提案があると言って膝を叩いた。


「座りっぱなしが嫌なら喜べ。当分は立ち仕事になりそうだぞ。」

「というと…?」


コンラッドはニコラスの言葉に興味を持ったのか、ソファーに浅く座り直し、身を乗り出す。

その反応から、コンラッドが興味を示した事がわかりニコラスは満足気に口角を上げ、コンラッドに耳打ちした。

「近々ちょっとした狩りをすることになりそうだ。」

「狩り?…といいますと…叔父さんの事だから、いつもの鷹狩なんて野暮な事は言いませんよね?」


コンラッドは興味が薄れたのか、背もたれに寄りかかり、紅茶が入ったカップを手にした。


「北部だ。」

ニコラスの言葉にコンラッドは紅茶をのむことを止め、無言でニコラスを見る。すると、ニコラスはコンラッドの反応を予測していたのか、コンラッドと目が合うニッコリ微笑んだ。そして、おもむろに続きを話し始めた。


「どうも、北部国境沿いがキナ臭い。」

「北部?あの周辺はいつも冬になると、国境沿いにいるヴァナクルが食糧を求め降りてきますが…それの事ですか?」

「あぁ。その事だが今年は状況が少し違うようだ。あそこは毎年のように食糧の強奪が起こっていたが、今年はむしろ少ないらしい。どういう事かわかるか?」

「さぁ?」


ニコラスの謂わんとしている事は曖昧で想像がつかず、コンラッドは紅茶を飲みながら肩を竦めた。


以前より、冬が近づくとルドラ王国の北部国境沿いには『ヴァナクル』と呼ばれる狩猟民俗が住み着く。彼らはどの国にも属さずに常に世界を移動している。故に、彼らは土地を持たない。彼らは主に狩猟で生計を立てているが、獲物の少ない冬は、ヴァナクルの一部の部族がルドラ王国の北部に住み着き、そこで採れる木材を使い細々と工芸品を作り売っている。しかしルドラの民がもともと住んでいる場所に、毎年とはいえ一時的に外部の人間が住み着くのだから、衝突は避けられない。彼らを追い払ってしまえば良いのかもしれないが、彼らは常に世界を巡っており、それらは世界各地に血管のようにルートを広げ各地に散らばっている。故にヴァナクルからルドラ王国にとって有益な世界の情報をもたらす場合がある。その逆もまた然り、一概に悪と決めつけ追い払う事は出来ない。

それに何より、ヴァナクルの全ての人間が悪というわけではない。強奪を行うのはヴァナクルの一部だ。大半は、外部の人間であると自覚し目立たずひっそりと暮らしている。


コンラッドはまだ中央を安定させるだけで精一杯で、国全体の課題まで未だ手が回らない。その為、ニコラスが郊外の状況を確認しているのが現状だ。

そして今回、ニコラスは看過出来ない事象が起こっていると感じていた。


「強奪が少ないという事は、する必要が無いからだ。だからと言ってヴァナクルが畑を耕す筈がないだろう。つまり、庇護者がいるという事だ。」


ニコラスの言葉にコンラッドはピクリと眉を動かす。

庇護者、つまりパトロンがヴァナクルを囲っている。しかも、政権が変わったばかりのこの時期に。

安定していない政権時期に、秘密裏に人を集める理由とは…。


コンラッドは思案したが、どうにも悪い想像しか出来ず、頭を振った。



「北部での物流に少々違和感を覚えたから、諜報に探らせた。そしたら、出てきたよ。とある商会が小麦の大量購入をしている。それが、あのオリバー商会だ。」

「オリバー商会とは確か、モーガン伯爵の血縁者が創業した商会ですよね…?…モーガン伯爵は、トワイニング派にもハーシェル派にも属さない中立の立場だと認識していましたが…まさかそんな物騒なことを企てますか?」


「そうだ。その『まさか』だ。今年は天候にも恵まれ、北部の作物の収穫量は例年通りの筈。それなのに大量に小麦を購入している。であれば、目的はなんだと思う?」


ニコラスの質問にコンラッドはしばし考え、慎重に答えを出した。

「小麦は…換金しやすい…からでしょうか?」


ルドラ王国内では、小麦は多くの地域で主食として流通しており、また保存がきく食糧として、現金が無い場合は小麦を通貨代わりにする場合がある。

その為、貴族が何かやましいものを購入する場合、支出先を小麦購入とし、買った小麦はすぐに売り払われ現金を得るのが常套手段だ。そして、いくら小麦が少なくても、領民へは『増税』と偽り、過剰に納めさせれば、国からの調査が入っても不正は見つからない。そして、小麦を売って得た現金で購入するのだ。例えば、反乱を起こすための武器を。

コンラッドは答えながらも心がざわついた。

戦が終わったばかりだというのに、また何か起こるのではないかと。

予想は外れて欲しい。

しかし、非情にも、ニコラスはコンラッドの言葉を肯定した。


「当たりだ。そして、換金して得た金で武器を買ってる可能性がある。それ以外の目的ならば、わざわざ小麦を大量購入する必要ないからな。それに、ちょうど面白い噂を聞いた。北部で申請すれば土地と市民権を貰えるらしいとな。」

「そんなっ!!市民権の承認は王のみが出来るもの!!そんな話など聞いたことありません!!」


「だろうな。誰かが王の真似事をしている。ちょうど、政権がまだ安定しておらず、新王も頼りない。さて、ここまで言ったらどういう事かわかるな。」


コンラッドは悔しそうに唇を噛んだ。己の所為で国に、民に要らぬ戦を与えてしまう。


「そうですね、俺が不甲斐ないばかりに叔父さんには苦労をかけます。」



「わかってるなら、お前自身で尻を拭って貰おう。」

「はい。」


ニコラスは、言いたいことを言うと、満足そうに紅茶を口に含んだ。



国盗り合戦が行われる。


コンラッドは気が重くなった。

オリバー商会、いや、そのバックに付いているモーガン伯爵は何を考えているのか。今まで長年、中立の姿勢を取っていたのに、今更ハーシェル家に牙を剥き、トワイニング家を担ぎ上げるのか。それとも、新たにモーガン家が玉座を奪いにくるのか。切り札であるエレノアはこちらの陣営にいる。恐らく後者だろうが、どちらにしろ、コンラッドはこのまま見過ごす訳にはいかない。

「今週中にでも兵を挙げましょう」

「そうだな、早いに越した事はないだろう。」


まだまだ穏やかな日は遠い。

ニコラスは紅茶をゆっくり口に運んだ。




「そういえば…法の良心についても、そろそろ考えなければな。」

「ゲホッ!!ゴホッ!!」


いきなりのニコラスの話題転換、そしてよりにもよって、『法の良心』つまり『妃』について、コンラッドは盛大に飲んでいた紅茶を吹き出した。

「ゲホッ!俺にはまだ法の良心は早いです。ゴホゴホッ!」


コンラッドは噎せながらも、必死に嫁取りを否定した。しかしニコラスは不満そうに腕を組む。


「お前も良い歳だろ。貴族の令嬢何人かと会って…。他国から姫を娶る事だって選択肢としてどうだ?なんならお前は国王だから、本妻の他に妾の一人や二人、今すぐにでも…」



━━━ダンッ!!!!!━━━


コンラッドはニコラスの言葉を遮るように突然テーブルを勢いよく叩いた。

『法の良心』については、いずれ考えなくてはいけないことだと分かっている。しかし、コンラッドはニコラスの『妾』という言葉だけは聞き流す事は出来なかった。


「叔父さん、心配してくれてありがとうございます。ですが、情勢が不安定な今、下手に貴族衆を刺激したくありません。それに、俺は生涯で妻は一人だけを愛するつもりです。そこは先の王、リチャード様と同意見です。」


コンラッドの言葉を聞いて、ニコラスは渋い顔をした。コンラッドは知っているのだ。『リチャード王』と叔父のニコラスには何か確執があった。だから、『リチャード王』の名前を出すといつもニコラスは黙るのだ。


コンラッドはニコリと笑う。

結婚相手は自分で決める、と。



「そこまでいうなら、自分できちんと考えなさい。」


コンラッドの意志が硬いと思ったのか、ニコラスはシガーに火を付けると、息を吐き、煙で大きな円を描いた。

ニコラスは、自ら煙で構成した円がゆっくり消えていく様を眺めながら話を続けた。


「確かに、今の貴族連中は何を考えているのかわからんな。それにルドラ王国から嫁ぎ損ねた王女がいる時点で、他国からわざわざ情勢が不安定な国に嫁ぎたい等と考える国は、確かにろくな国では無いな。コンラッドの縁談はまだ先になりそうだ。」


「せめてクーデターはエレノア王女が嫁ぐまで待ってた方が良かったでしょうか…彼女はリチャード王のやり方を何度も諌めようとしたと聞いております。彼女だけでも救えなかったのでしょうかね」

コンラッドが自嘲気味に言うと、ニコラスは否定するように首を横に振った。


「いや、今回はトワイニング家の血を絶やす事も目的の一つだった。万が一嫁いだエレノア王女が他国で男児を産んでいたら厄介な事になっていた。今度は他国が王位継承に干渉してくる可能性だってあった。やはり、彼女には悪いがここで死んでもらった方がこの国の為には良かったと思っている。」

コンラッドは唇を噛み締めながらニコラスの話を黙って聞いている。

「それに…彼女はお前(コンラッド)と同様に王の器を持っていると思う。あのトワイニング家の中で一番な。同じ時代に王になるべく人間は二人もいらない」


ニコラスの最後の言葉にコンラッドは目を見開いた。いきなりこの人は何を言い出すのか。

「どういう事ですか?」

「そのままの意味だよ。お前も覚えているだろう。彼女を捕らえた時の事を。彼女は周りの人間の為に己の首を差し出す事になんの躊躇もなかった。なかなか一介の人間がそんな事を瞬時に言えるわけがない。しかも成人前の小娘だぞ。それにお前はいなかったが、彼女がリチャードに法の改正を求める為、議会に乱入してきた時、私もその議会に出席していたのだが、訴えている時の彼女の瞳を見たとき、正直私は鳥肌が立った。堂々と、あの場で、国民を守るため決心したあの瞳が怖かった。あの女はいずれ我々の一番の障壁となりうる。早々に対処しなければとな。だから、嫁いで手が出せなくなる前に、決着を付けるしかなかった。だから護送中に襲撃されて死んだと聞いて安心した。幽閉されただけでは、いずれもう一度王位を巡った争いが起きかねん。」


ニコラスは話を終えると、眉間を押さえた。

王の威光というものがあるならば、彼女の纏うものは、間違いなくそれだった。圧倒的な威圧感。コンラッドとはまた違う王たる存在感。彼女が納める国を一目見てみたいが、ハーシェル家が納める国に彼女はいらない。これは仕方のない結果なのだと。

コンラッドはただ黙ってニコラスの話を聞いていた。


「さて、お忙しい陛下の時間を使いすぎたな。私は帰るとするよ。」

ニコラスは立ち上がり、コンラッドもそれに倣った。


ニコラスを伴いコンラッドは扉を開け、ハンクに外まで見送るように伝えたその時だった。

コンラッドは廊下の先に何かを見つけ、ぎょっとした。

ニコラスに一番会わせたくない人物、エルがこちらをめがけて走ってきたからだ。


今、ちょうどお前の命の処遇について話していた。なんて絶対言えない。こちらに来るなとコンラッドは祈ったが、残念ながらエルは脇目もふらずまっすぐコンラッド達のもとへ走ってきた。


「ハンク様!騎士団の方が急ぎ報告したい事があると…」

エルはハンクに急いで駆け寄って状況を説明しようとしたが、ハンクのすぐ後ろにコンラッドと客人であるニコラスを認めるとすぐに跪いた。


「エル、悪いがニコラス様をお見送りしてから行くと伝えてくれ。」

ハンクがエルに急ぎ戻るように伝えていると、ニコラスはハンクの肩に手を置いて首を振った。

「気を遣うな。急ぎなのだろう私の事なんか大丈夫だよ。」

「ですが…」

「私はそちらの少年に見送って貰おう。名はなんという?」

「エルと申します。」

「叔父さん、そしたら私がっ!!」

ハンクがエルに見送りを頼もうとしているところを、コンラッドは慌てて割り込んだ。しかし、こういう時に限って逆効果になったりするのを、コンラッドは痛感した。


「もうお前は私より偉い立場なのだから、コンラッドも気を遣うな。ではエルとやら、見送り頼む。」


コンラッドの割り込み虚しく、はっはっはと笑いながらニコラスはエルの後ろについて歩いていってしまった。


どうか、エルがエレノアだとばれませんように。

コンラッドは小さくなるエルとニコラスの後ろ姿をただ見送るしかなかった。




━━━━━

「エル、君はあまり見ない顔だね。というか、顔が見えないね。」

ニコラスは、エルの後ろをついて歩きながらエルに話し掛けた。

「仮面を付けたままの無礼お許しください。私は先の戦で家族を失い、顔が焼けただれてしまったところを、コンラッド様に助けて頂きました。仮面はその時の傷を隠すものです。」


エルは聞かれそうな内容を出来るだけ簡潔に答えた。余計な事を答えないで良いように。そして、余計な事を聞かれないように。


エルはニコラスを覚えていた。

己を断罪するときに傍らにいた男。

数少ないエレノアの素顔を知る男。

決して元王女だと悟られるな。


出口までの道のりがこんなに遠いなんて…。

エルは出口に向かいながら生きた心地がしなかった。


しかし、そんなエルとは裏腹にニコラスはしきりに話し掛けてきた。

だから、エルは出来るだけ愛想よく曖昧な返事をする事だけに徹した。


「先の戦で家族を亡くしたとは、苦労したんだね。」

「そうですね(お願いだからこれ以上は聞かないで)」

「何歳になるんだい?」

「16歳になりました。(頼むから大人しく帰ってくれ)」

「じゃあ、成人しているのか。君は小柄なんだね」

「そうですね(そりゃ女ですから。第二次性徴も終盤ですよ)」

「コンラッドとはうまくやれてるか?」

「良くして頂いております(毎晩二人っきりで報告会するくらいにはね)」

「ふむ。エルはコンラッドの想い人を知ってるかね?」

「へぁ?!」


突然スルー出来ない質問をニコラスが投げ掛けたので、エルは思いっきり躓いた。

「そ…それはコンラッド様に直接お伺いしたらどうでしょうか?」

エルは何事も無かったかのように、体勢を建て直すが、なかなか動揺が隠せない。

しかし、ニコラスはそんなエルの異変に気づかないのか、話を続けた。

「いやぁ、何度も聞いているのだが、あいつはいつも答えをはぐらかす。私はてっきりあいつが以前足繁く街に出ていたから、誰か女性と会っていたのかと思ったのだが、法の良心の話をしても誰の名前も挙げないし、ここに連れて来難い女性なのかと思ってねぇ。」

「街に出たのは女性目的ではなく、今後の見聞を拡げていたのではないですか?(多分私と会ってた時の事よね?)」

先程から冷や汗が止まらないエルだが、今は滝のような汗が流れ、仮面の内側はビショジョだ。エルは出来るだけ、矛先がこちらに向かないように無難な受け答えをしているつもりなのだが、努力虚しくニコラスは話題を変えようとはしてくれない。

「いや、毎回帰ってきた時はヤツは機嫌が良かったし、あれは逢い引きだと思うのだが…ハンクの補佐をしている君なら知っていると思ったのだが…」

「わわわ私はコンラッド様に拾われただけなので、ななな何も存じ上げていないです!」


エルはニコラスの問いに、吃りながらもなんとか答えた。


街で会ってた後はコンラッド様の機嫌が良かったの!?ねぇ!?それ本当に?もっと詳しく聞きたいんだけど!!


ニコラスの言葉にエルは今すぐにでも追及したい欲求にかられたが、それ以上に正体がバレてしまったら、命が刈られてしまうので、そのまま無言でニコラスの前を歩いた。そしてニコラスからコンラッドの事を聞くことも出来ないまま、二人は漸く見送りの馬車までたどり着く。


「ニコラス様、またお越し下さいませ。」

エルは馬車の扉を開くと、ニコラスを見送るように深々とお辞儀をする。

ニコラスもそのまま馬車に乗り込み、エルは馬車の扉を閉めようとした。

すると、ニコラスはじっとエルを見つめ、おもむろに口を開いた。

「コンラッドには、まだ信用出来る味方が少ない。可能ならばあなたに彼の味方になってやって欲しい。」

「それは勿論でございます。」


エルはもう一度ニコラスに深々とお辞儀をして扉を閉めた。

そして、ニコラスを乗せた馬車は走り始めると、エルは馬車が見えなくなるまで礼の姿勢を崩す事はなかった。

まだまだ続きます

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