齟齬
お待たせしました。
「コンラッド様、さすがの私も今日こそ命運尽きると思いました。」
いつもの定期報告会もとい事情聴取。エルはハーブティーをコンラッドに差し出しながら自分もハーブティーを一口含んだ。
「俺も今回ばかりは終わったと思った。いくらなんでもこんなに怪しげな仮面をすんなり信じるとは思わなかった。エルの風貌は見るからに怪しいからな。」
「それ、仮面を着けさせた張本人が言いますかぁ?」
エルはフンっと鼻を鳴らすとコンラッドと向き合うように自分のベッドに腰かけた。
日常が居心地良くてつい忘れてしまう、己の立ち位置。
エルは本来ここにいてはいけない人間であり、罰せられるべき人間だと自覚しなければならないのに…ついコンラッドの厚意に甘え、現状を享受している。自分は身分を偽り王の下に侍り、新たな生活を送ることが出来ている。
もし、目の前にいるこの王が私の命を差し出せといえば、今の私に躊躇する理由など無いだろう。
彼へのありったけの忠誠心。
━━━私は彼の奴隷━━━
忠誠心は鎖に姿を変えエルの心を甘く絡めとり、じわじわと身動きを封じる。
甘い束縛にエルは無意識のまま溺れていく。
「エル、渡したいものがある。手を出してくれ。」
「?何か良いものですか?」
コンラッドの言葉にエルがニヤニヤしながら手を差し出すと、コンラッドは鼻で笑い小さな布袋を手渡した。
「何ですか?」
「開けてみろ。」
コンラッドから渡された小袋をエルは訝しみながらも、中身を掌に出すと、それは程よい質量を持ち、エルの掌を転がった。
「!?コンラッド様!!これはっ!!」
「ジョーイから貰ったという赤珊瑚のピアスはこれで間違いないか?」
エルの掌には、エレノアがまだ8歳の頃、亡き兄ジョーイから土産にと貰った赤珊瑚のピアスがあった。
二度と戻って来ないと思っていたのに。
エルはピアスを両手で包みこむと、コンラッドに深々と頭を下げた。
「あ…あぁ…ありがとうございます。」
コンラッドはエルの反応を見て、満足そうに、しかし少し申し訳無さそうにエルの頭を撫でた。
「本当はもっと沢山持ってきたかったが、さすがに嵩張るような高価な金品をここに置くわけにはいかないと思って…。これが精一杯だった。まぁ、エレノア王女の自室は王女不在の間なら、開かずの部屋にするように命じてある。大事な物は部屋の中で保管されているだろう。」
エルはクーデターの前から収監されていた状態だったが、そのまま処刑を言い渡された為、着の身着のまま、何も持っていない状態だった。そして、奴隷になった今でもそれは変わらない。
エルはずっと王宮に住んでいるから、建物内を漁れば家族の形見が見つかるかもしれないが、今は奴隷であり、それを自由に探すことなど許されない立場に堕ちた。だから、エルは家族の形見になるような物は一切持っていなかった。
「こちらで十分です。漸く…家族との再会が出来た気がします。」
あの幸せだった頃の家族に。
エルは自然と笑みが溢れ、それを見つめるコンラッドも嬉しくなった。
「着けてみてくれ。」
コンラッドの言葉にエルは頷くと、二つの小さく輝く赤珊瑚をそれぞれの耳に着けた。
それは小さなピアスだった。派手なものではなく、8歳の子供がするのに丁度良さそうな小さな球体で、男装しているエルがしていても違和感のないものだった。
コンラッドはエルがピアスを調節している仕草を見つめていた。そして、それに気づいたエルは恥ずかしくなり、恥ずかしさを紛らわす為にコンラッドにおどけて聞いてみた。
「どうでしょう?似合いますか?」
「あぁ…綺麗だ。」
「…!?」
せっかく恥ずかしさを紛らわせる為に聞いたのに、コンラッドからより一層恥ずかしい言葉を吐かれ、エルは頭が沸騰しそうなくらい顔が熱くなった。
落ち着け私!平常心だ!深呼吸をしよう!
エルは目を閉じて深呼吸をした。
煩悩よ、消え去れぇ!
スーッハーッ…スーッヒィッ!!
何かがエルの頬に触れ、驚いたエルが目を開くと、いつの間にかコンラッドがベッドに腰掛けるエルの前に跪き、エルの頬に手を掛けていたのだった。
お互い無言のまま、二人の距離だけが近づく。エルは思わず目をぎゅっと閉じた。
こ…このままだと、キッ…キッ…キッ…///
ダメよ!私!キッ…キス///なんて…!そ…そんな…恥ずかしい…///
いくら前世があるとはいえ、今世ではキスもまだ未経験のエル。『キス』という言葉を思い浮かべるだけでも赤面モノだ。
「コココココンラッド様!!そんなダメです!このままではキッ…キッ…キッ…キッ…」
エルは必死に近づくコンラッドの肩を押した。
コンラッド様だって緊張してる!だって心なしか肩も震えてるんだもの!ん?肩が震えてる?
エルが恐る恐る目を開くとコンラッドが顔を伏せ肩を震わせていた。かと思うといきなり笑い出した。
「プッ…ククク…あっはっはっはっはっはっ!!」
コンラッドが急に笑いだした事にエルは呆気にとられたが、笑っている姿を見て徐々に冷静を取り戻し、恥ずかしいは恥ずかしいでも、勘違いしていた自分が恥ずかしくなり、最終的にエルは顔を真っ赤にして憤慨した。
「ヒドイですコンラッド様!からかったんですね!!」
しかし、コンラッドは笑いが収まらず、片手で顔を覆いながら小刻みに震え、息をととのえるのも困難そうだった。
「悪い、悪い。面白い顔をしていたからつい。」
「なっ!失礼にも程があります!!」
ムキィー!と両手を上げ、エルは最大限の威嚇のポーズをとると、コンラッドはごめんごめん、と言って頭を撫でてくれた。それはエルがまだ幼い頃、ジョーイがよくエルにしてくれる仕草と重なった。
わかれば良いんです、と口を尖らせながら言うエルを見て、コンラッドは満足そうに向かいに座り直した。そしてエルは気持ちを切り替えるようにコンラッドを視界から外すとハーブティーを飲み干した。
「そういえば今日、ニコラス様が何か言ったんですか?あ、といっても、もし機密事項だったら答えなくていいです。機密を守るというのは荷が重すぎるので」
エルはコンラッドに聞きながらハーブティーのお茶請けに持ってきていたクッキーを頬張った。
国王の目の前だと言うのに無礼極まりない態度であり、ハンクが見たら卒倒しそうだが、この時間の二人には最早関係ない事だった。
「確かにニコラス叔父とは色々話したが、何故機密事項だと思う?いつもの見合いの話の可能性だってあるだろう?」
「そんなの簡単ですよ。コンラッド様の様子が変でしたもの。見合いの話の後はいつも機嫌が悪くなるのに、今日はピリついている割には冷静でしたよ。むしろ、テキパキと執務をこなしているので、何か性急に片付けないとならない案件が出てきたとか…?」
私の予想は以上です、と締めくくると、エルはもう一枚クッキーを頬張った。そんなエルの推測にコンラッドは驚きを隠せなかった。
態度には出していないつもりだったが、何年来の付き合いのあるこの人間には隠し通せなかったか。
コンラッドは思案した。
エルには先回りして機密事項は言ってくれるなと言われているが、まぁ、明日にはハンクにも準備を整えるように言うつもりだったからな。先に伝えても良いだろう。
どうせ兵を出すことは決定事項だからな。
三枚目のクッキーを食べるか止めるか迷っていたが、結局三枚目を口に運ぼうとしているエルに、コンラッドは愛しさを覚えながら、伝えることにした。
「エル、今週末に兵を動かそうと思う。」
「は?」
あまりにも不敬な態度だが、クッキーを食べようとして口を開けたまま、思わず反応してしまったエルは悪くない。エルは目を見開き、口元まで来ていたクッキーはそのまま口に放り込まれる事は無かった。
「挙兵とは急な話ですね。一体何があったのかお聞きしても?」
エルは先程の緩やかな雰囲気とはうってかわり、鋭くコンラッドを見据えた。エルのあまりの変化にコンラッドは少々たじろぎつつも、ニコラスから上がってきた話をかい摘まんで話した。
「つまり、モーガン伯爵がヴァナクルを扇動し、反逆を目論んでいる可能性がある。」
コンラッドの説明にエルは両手を組み、考え込んだ。
確かに今の時期にヴァナクルを囲い込むのはキナ臭い。でも、実際にはまだ何も起こっていない。今すぐ動くのは時期尚早なのでは…。そもそも本当にヴァナクルを囲い込んでいるのだろうか。
「コンラッド様、可能性かあるということは、まだ何も証拠が見つかっていないという事ですか?それとも何か決定打があっての挙兵でしょうか?」
エルはコンラッドに鋭く視線を投げた。そして、エルの視線と質問はコンラッドにとっては眉間の皺を深くするものだった。
「証拠はない。だからこそ、視察と称して俺を含めた先見隊が調査する。他の兵士達はモーガンの屋敷の近くの森に潜ませ、証拠を見つけ次第、兵士を動かす手筈だ。」
早急に手を打たなければ。手遅れになる前に。
コンラッドはエルに視線を向けず目の前の燭蠟の炎を目を細め見つめた。
「そんなの性急過ぎます!お言葉ですが、必ず証拠を必ず見つけられるとは限りません。何代にも渡って中立の立場を示してきたモーガン伯爵ですよ!隠し事の一つや二つ、得意に決まってます。きちんと段取りを踏むべきです。まずはモーガン伯爵を呼び出して話を聞いてください!」
「呼ぶ必要などない。政権が代わりたての今、芽は早めに摘むのに越したことはない。」
「ですが…」
「王の俺に口答えする気か!」
コンラッドは立ち上がりエルの反論をピシャリと止めた。
コンラッドの強い語気にエルは思わず口を噤んだ。
エルとは今まで身分を気にせず様々な事を議論してきた。
しかし、これは王であるコンラッドが決め、そして王の権威として譲れない、奴隷身分のエルには口を出させないという拒否の姿勢だった。
コンラッドの言葉に重い沈黙が流れるが、沈黙を先に破ったのはエルだった。
「王であるコンラッド様だからこそ、民の気持ちを推し量って頂きたいのです。」
「どういう意味だ?」
コンラッドはエルを見下ろした状態だが、エルはコンラッドを真っ直ぐ見上げ言葉を続けた。
「通常であれば、コンラッド様の案は多少強引とはいえ正攻法でしょうが、今はまだ戦が終わって間もない。これ以上の挙兵は疲弊している国民に更に追い討ちを掛ける事になります。」
エルの言葉を聞き、コンラッドは目を細めた。
「俺が今の国の状態を理解していないと言いたいのか?」
「そういう事ではありません!証拠が無いのに挙兵するというのはイタズラに兵を疲弊させ財源を圧迫する事になります!」
「証拠は必ず見付ける」
「もし、証拠を見付けてもモーガン伯爵の申し開きも聞かずに一方的に断罪するのでは、前王、私の父と同じだと国民は思うでしょう。今の国民にはリチャード王の記憶は未だに生々しく残っているでしょうから…」
そこまで喋り、エルは苦しそうに口を閉じた。しかし、エルの必死の説得はコンラッドには届かなかった。
「なるほど。エルにとって俺はリチャード王と同じ愚策だと言いたいんだな。」
「ちがいます!待ってください!」
エルはコンラッドにすがり付こうとしたが、コンラッドはエルを忌々しそうに睨み付け、エルの手をはねのけた。
「それ以上は聞きたくない。今回の出兵に、エルは補佐として着いてくる事を禁ずる。王宮で頭を冷やせ。」
「そんなっ!コンラッド様!」
コンラッドはエルの呼び掛けを無視し乱暴に部屋の扉を開け、エルを一人残し去っていった。
あの時と同じ瞳だった…
それは、エレノアがコンラッドの前に引き摺り出され、幽閉を言い渡された時と同じ瞳だった。
ここから少しずつ状況がかわってくるかもです。
ちなみに明日の夜12時にも更新いれましたので、またよろしくお願い致します




