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王様の奴隷  作者: ぷー介さん
32/42

信用

馬の世話を終えると、エルはハンクの書斎に来ていた。

「思ったよりも早かったですね。」

「すみません」

「まぁ、サボったわけではないなら特に謝る必要などありません。」


なによ、こいつ…いちいちイライラする言い方を…


ハンクからの不必要な威圧感。エルはこの威圧感には慣れる事が無さそうだと思った。


「そしたら次は武器の手入れをお願いしましょう。」

ハンクはエルを連れ、王族専用の武器庫へと案内した。そこには高価な武器や宝飾品が数多く保管されている場所であり、エルが王女だった頃何度も足を踏み入れていた場所だった。

「ここの武器や宝飾品は…まぁほとんど使い道のない物達ですが、多少なりとも人前で帯刀するときに見映えが悪いと困ります。ですので毎日磨いて下さい。それが終われば、当分は自由時間となります。」


「わかりました。」

了解の返答をしたが、エルは目の前の光景に目を奪われていた。

様々な武器。

かつて、王女でありながら兄から色々な使い方を教わり何度も手合わせして貰った。そんな記憶が一瞬にして戻ってきた。

しかし、ハンクは思い出に浸るエルを見て、宝飾品に目が眩んだと勘違いし、宝飾品を盗むのではないかと疑いが深まった。

「ここにあるものは全て高価なものです。万が一、ここの物が一つでも行方不明になる事があったら、貴方は即刻斬首刑に処されるので、その心積もりでお願いします。ここの部屋の責任者は今から貴方になるのですから。」

その言葉を聞いてエルは一気に現実に戻された。

「は…はい。」

ハンクからのプレッシャーに、エルは返事を一つするのが精一杯だった。


「では、私は仕事に戻りますので。くれぐれも無くさないように、宜しくお願い致します。」


ハンクは踵を返し去っていくとエルは腕捲りをして、気合いをいれるように両手で自分の頬を叩いた。





─────

解せません。


ハンクは今日の朝からイライラが静まらなかった。


それもこれもあのチンチクリンな奴隷のせいです。

確かに以前から助手が欲しいとは思っていましたが…あの奴隷は何か違和感があります。私の胸騒ぎを押さえきれないなにかがきっとあります。


今まで、コンラッド様は時々いなくなることはありましたが、娼婦館に行っているのだろうと、特に気にとめていませんでした。それは、帰ってくると、何か憑き物が落ちたようにテキパキと仕事をこなしていらっしゃったからです。男なのだからそんな秘密など、指摘するような野暮な真似は致しません。いつか、お気に入りの娼婦でも連れてきた時にコンラッド様の立場を諭して差し上げれば良いと、そう思っておりました。

しかし、今回初めて拾い物をしてきたかと思うと、それは平均よりも小さく、髪もボサボサで、顔に大きな火傷跡があるという少年でした。まさかとは思いますが、万が一コンラッド様が娼婦ではなくあの少年に熱を上げていたのだとしたら、それは大事であります。

あんなチンチクリンの毒牙にかかる前にコンラッド様には早急にそれなりの方を奥様に迎えて頂きましょう。

その為にも、エル、貴方には悪いですが早々に消えて頂きます。



ハンクはクククッと気味の悪い笑みを浮かべ自室へと戻っていった。



ゾクッ

エルは突然の寒気に後ろを振り返ったが、もちろん誰かいるわけもなく、エルは首を傾げた。


いきなり高価な宝飾品が沢山ある王族専用の武器庫の仕事を任されるとは、信用されてるのか、あるいは罪を誘い私を処分したいのか。

恐らく後者の可能性の方が高いだろうな。



エルは歓迎されていない事を確信し、溜め息を吐いた。



だからといって、私だってそう簡単にやられるわけにはいかない。

生半可な覚悟でここに来たわけではない。まずは、目の前の事をきっちりこなしてやろうじゃないか。


エルはワックスと布を手に取ると、手近なサーベルから磨き始めた。




エルは考え込んでいた。


王女だった時から思っていたが、ここの武器庫は警備が甘い。そもそも王族が住まう部屋に近いことから、周辺の警備は万全だ。しかし、その為、敢えてこの武器庫の警備は置いていなかった。簡単な施錠のみだ。


今や、万が一宝飾品が一つでも無いと言い掛かりを付けられたらすぐに私の首が飛ぶ。


エルは自分の首を押さえてゾッとした。


『生きたい』と願ったあの時から、そんな些末な事で易々と処刑されたら、たまったものじゃない。

何か対策しなければ。


エルは腕を組み、胡座をかきながら首を捻った。それは、王女だった頃は、はしたないと言われ直させられていたが、今やエルの格好を注意する者などここにはいない。


暫く考えると、エルは何か閃いたのか、武器庫の鍵を閉め、王宮の図書室へ向かった。

そして、図書館から足早にエルは武器庫に戻ると、宝飾品を整理し始めた。今までは雑然と並んでいた物について、分厚い書物を開き、内容と見比べ、持参したノートに何かを書き綴っていく。



どんどん片付けられていく宝飾品。

ふと、エルの手が止まった。


それは見覚えのある細長い木箱だった。

エルは震える手で箱の蓋を開けると、そこには母親から譲り受けた双剣が当時のまま収まっていた。

エルはそのうち一本を手に取り握りしめると、それはエルのために誂えたかのようにしっくりきていた。



『エレノア、これから貴女はきっと沢山の選択をしなければならない時がくると思うわ。だけど、決して焦らず、貴女が信じた道を進みなさい。』


エルの脳裏に母親に言われた言葉が浮かんだ。ふと、木箱の後ろに違和感を感じ、後ろを返すと何かが彫られていた。埃を払い目を凝らすとそこにはメッセージが書いてあった。




R(リチャード)よりE(エリザベート)へ愛を込めて』



エルは手の甲で静かに涙を拭うと剣を元の箱に戻し、静かに箱を閉じた。





━━━━━

「エル、貴方は昼食も食べなかったそうですが、夕食もすっぽかす気ですか?食べないなら食べないと言わないと厨房の者に…」


ハンクは使用人達にエルが食事に来ないと言われ、嫌々ながらも武器庫に様子を見に来たのだった。


だいたい、なぜ私があんなチンチクリンを呼びに行かなければならないのか。



ハンクはコンラッドからエルの面倒を見るように言われていたのでしぶしぶ使用人達の言うことを聞いたのだった。

しかし、ハンクが武器庫に入った瞬間、ハンクは言葉を飲み込んだ。


武器庫は今だかつてない程に整然と片付けられ、エルは床に書物とノートを敷き、宝飾品と書物を交互に見比べながら何かを書き綴っていた。

その集中力は凄まじく、ハンクが3回程呼んで漸くエルは気づいたのか顔を上げた。


「あ!ハンク様、お疲れ様です!どうしたのですか?」

「どうしたもこうしたもありません。昼食を抜くのなら、厨房の者に言わないと、食事を作ってしまいますよ。」

「昼食の準備出来たんですか!?すみません、わざわざ呼んで頂いてありがとうございます!今すぐ食べます!!」

「貴方は愚かなんですか?もう夕食も終わりの時間ですよ。」

「え!?もうそんなに時間経ってます?」


エルは慌てて身体の埃を払うと立ち上がった。そして、決心したように、ハンクの前に立った。


「ハンク様。ここの管理は私にやらせて貰えるんですよね?」

「えぇ、それは午前中に言ったことに変わりはありません。」

「では、武器庫の鍵管理は私がします。」

「は?貴方にそんな大役任せられるわけないでしょう!!ここにはどれだけ高価なものが置いてあるかわからないんですか?」

「だからこそです!」


眉間に皺を寄せるハンクにエルは書き綴っていた物を渡した。

「なんですか?これは。」

「ここにある宝飾品の目録です。探しましたが、どうも未作成のようだったので、一から作成致しました。また、鍵は今まで他の部屋の鍵と一緒に掛けられているだけだったので、鍵の使用者名簿を作ろうかと思います。あとは、毎晩私が目録と在庫の一致を確認致します。尚、月に一度はハンク様に確認していただけると幸いです!!」


「は!?私も確認するのですか!?そもそも貴方が作成した目録では、もし既に貴方が盗んでいたらわからないじゃないですか!!」


ハンクはエルを苦々しく睨み付けて反論した。それに対し先程まで挑戦的な視線でハンクを見つめていたエルは苦笑いをした。


「確かにそれを言ってしまうと元も子もありません。ハンク様にとって私はまだ信用に足る人物なのかどうか実績もありませんから。なので、信じてくださいとしか今は言えません。」


ハンクはエルの真意を見抜こうと、エルを見つめたが、エルが言った事以上の感情は見いだせなかった。


「わかりました。しかし、定期的に私が確認するのは勿論ですが、抜き打ちで確認も致します。エル、後でこの目録と同じものをあと一冊作って私のところへ持ってきなさい。」


ハンクは無表情でエルに命令した。

「ありがとうございます!信用して頂けるよう誠心誠意頑張ります!」

ハンクの言葉にエルは表情を明るくし、ハンクにお辞儀をした。

しかし、ハンクはエルには目もくれず、目録に目を通す。


━━━━━━

ゴブレット(4カラットサファイア) xx年xx月xx日 ○○国より寄贈

ネックレス(オパール) xx年xx月xx日 ○○伯爵より寄贈

━━━━━━


なるほど、書物を読みながら書き綴っていたのは、文献と照らし合わせて年代、名称、寄贈元を確認していたんですね。


ふと、ハンクは目録の一つに違和感を感じ目を止めた。


━━━━━━

双剣 年代不詳 リチャード王からエリザベート王妃へ寄贈

━━━━━━



こんなもの文献に掲載されていたのでしょうか。まぁ、どこかに書いてあったのでしょう。



それ以上の違和感を感じる訳でもなく、ハンクは目録の中身を確認すると、ノートをエルへ返した。


「本日はここまでやれば充分でしょう。厨房にはまだ貴方の食事だけ残っているでしょうから食べたら休みなさい。また明日からお願いします。」

「はい。本日はありがとうごさいました。おやすみなさい。」


エルは武器庫の鍵を掛け礼儀正しく挨拶を済ませると、食堂へと走っていった。その後ろ姿を目を細目ながらハンクは見送った。


彼は何者なのでしょうか。奴隷身分でありながらも、一つ一つの所作はきちんと教育されていますし、目録の纏め方も文献を元に丁寧に行われ知性を感じさせる出来映えです。

ですが、私は騙されませんよ。貴方が馬脚をあらわすその瞬間を見逃しませんから。


ハンクはエルの向かった方向とは逆方向に歩いていった。


━━━━━


エルは厨房で夕食を済ませると、大きめのタライを持ち自室へと戻った。

そこに湯を張り、エルは服を脱ぐと身を湯に沈めた。


「はぅっ…」


久しぶりの湯の気持ち良さに思わず感嘆の声が漏れる。

大きめとはいえ所詮はタライである。王女として今まで入っていた浴槽とは違い明らかに狭いが、それでもエルは満足だった。

この世界では使用人は湯に浸かる文化はない。せいぜいタオルで身体を清めるくらいだ。だが、エルは前世の記憶の名残もあり、湯に浸かることをやめることは出来なかった。だからといって、別にエルが贅沢をした訳でなく、湯とタライは厨房で持て余したものを譲って貰ったものだ。



今日はあまり他の使用人と関われなかったなぁ。

明日から同じ職場で働く者同士だから挨拶しないと。

でも、今だけはゆっくりさせてもらおう。



エルは湯から上がると、寝間着に着替えベッドメイキングを始めた。



コンコンコン━━━

こんな夜に誰だろう。


エルは仮面をつけ扉を開けると、そこには思いもしない人物が立っていた。


「えぇ!?コンラッド様!!何故!?」

「話がある。部屋に入れて貰えるか?」

「え…いや…はい…。」


まさか、次期国王が奴隷の部屋に入る瞬間を他の人に見られたら大変だと、エルは周囲を気にしたが、そこは屋根裏部屋であり、エル意外は住んでいない。エルは焦りながらもコンラッドを部屋に招いた。


「そちらに掛けてください。お水しか無いんですが、それで良いですか?」

「あぁ。」


エルはコンラッドに一脚しかない椅子を薦め、水をコップに注ぎコンラッドに渡すと自分はベッドに腰掛けた。


コンラッドはエルから受け取ったコップの水を飲み干すと、エルに向きあった。


「仮面を外してくれ。」

「えぇ?」

エルは動揺した。今朝は被れと言われたのに、今は外せと言われ、どうしたらよいか判断できず、エルは仮面に手を当てたまま動けないでいる。


「悪い、言葉が足りなかったな。これから毎日、貴女には1日どのように過ごしたか報告して貰う。正直に話して貰うのに、仮面は判断を鈍らせる。」


コンラッドの言葉にエルは思わず声を荒げた。

「なっ!!貴方が仮面を被れと言ったんじゃない!!それに毎晩尋問みたいな事だなんて!!何かあればハンク様に全部話すわよ!!」

「『尋問みたいな』ではなく、『尋問』をするんだ。貴女を生かした俺には責任がある。貴女を匿ってる以上、貴女が反逆を目論まないか監視する義務が俺にはあるのだ。」

コンラッドはエルの瞳をまっすぐ見つめた。



「あぁもう!!…わかりました。」


コンラッドの言葉にエルは再び反論しようとしたが、ここで反論したら逆に反逆を企てているのかと疑いを掛けられかねないと思い、エルは渋々了承した。

信用して貰える程、エルは実績を重ねていない。

エルは仮面を外した。


「それで、今日はどのような仕事を任されたんだ?」

「本日は…」



エルはコンラッドに今日の事を大まかに話した。

それは、エルにとってとても重苦しい時間だった。


「さて、そろそろ夜も遅くなってきたな。俺は戻る。」

「はい、本日はありがとうごさいました。」


立ち上がったコンラッドをエルは部屋の外まで見送る。

「また明日同じ時間に来る。」

「はい、宜しくお願い致します。」

エルはコンラッドが見えなくなるまで頭を下げていた。

コンラッドが見えなくなり漸くエルは息を吐いて、部屋に戻った。


これが恋人ならどれだけ嬉しい言葉だろうか。

しかし、エルはこれからを考え憂鬱になった。

淡い恋心を抱いた相手に、疑いの念を抱かれ毎晩尋問されることになる。それは、苦痛でしかない。だが、尋問を拒否する資格など、エルは持ち合わせていない。



エルは冷えてしまった手足を擦りながら冷たいベッドで眠った。

ハンクはもう少し優しい人にする予定でしたが、暴走癖がありそうな人に仕上がってしまいました。

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