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王様の奴隷  作者: ぷー介さん
30/42

王様の奴隷

お待たせいたしました。

コンラッドは、エレノアのベッドに質素な服を投げた。

「これに着替えろ。」


エレノアは起き上がると、自分が破られた襤褸を着たままだった事に気付き、顔が蒼ざめ、思わず布団を手繰り寄せた。

破れた服を見て、あの男達の顔が一瞬にして思い出されたからだ。


しかし、カタカタと小さく震えるエレノアの視界は甘い匂いのするカップでいっぱいになった。

顔を上げると、コンラッドが湯気が上がるカップを差し出していた。エレノアがカップを受け取るかどうか思案していると、なかなかカップを受け取らないエレノアにコンラッドは差し出していたカップの中身を一口飲んで見せた。


「毒は入っていない。飲めば落ち着く。」



もう一度差し出されたカップをエレノアは、おずおずと受けとり、一気に中身を飲み干した。中身は蜂蜜入りのホットミルクだった。

ミルクを飲み干し、顔を綻ばせたエレノアを見て、コンラッドとアーシェは漸く安堵した。


「話がある。着替えたら隣の部屋に来い。」

コンラッドがエレノアに言うと、エレノアはコクンと頷いた。


エレノアはアーシェとコンラッドが部屋から出ていくのを見届けると、のろのろとベッドから這い上がり着替え始めた。


渡された服は質素なシャツとズボンだった。エレノアはそれらを着用し、最後に長い髪をシャツから出すように首の後ろに両手を廻して、漸く感じていた違和感に気づいた。


「髪が…短くなってる。」



エレノアの豊かな髪は意識を失う前までは確かに腰まであったはず。

だが、今は肩に付かないくらいまでバッサリ切られていた。

どこで切られたかは記憶にない。しかしエレノアは支度が楽になったと深くは考えなかった。




エレノアは身支度を整えると、ドアを開けた。


「エレノア様!!」

「…ミラ!?」


ドアの前で待ち構えていたのはミラだった。

「お怪我はありませんか!?あぁ!!こんなに髪を切られてお痛わしい!!」

ミラはエレノアに抱きつくように、身体の隅々まで無事を確認している。

「ミラ!!心配してたのよ!!アナタ、私を庇ったせいで罪に問われてないか不安だったのよ!!」



エレノアは身体を確認しているミラの顔を両手で包み嬉しそうに話すと、ミラは感極まり泣いていた。



「感動の再会のところ悪いが、少し良いか?」


呼び掛けられ、エレノアは声の主をしっかりと見据えた。


エレノア達がいるのは、地元の猟師が使うような小さな山小屋らしい。簡素なダイニングキッチンのような部屋には使い古したテーブルと椅子が一脚ずつあるだけだ。そしてコンラッドはその椅子に腰掛け、アーシェは硬い面持ちでコンラッドの隣に立っている。



「この度は、助けていただき誠に有難うございます。」

エレノアはコンラッドの前に立つと、腰を折り深々とお辞儀をした。その動作にミラは慌てた。元王女が、簒奪の首謀者に礼の姿勢を取ったからだ。


「エレノア様!!そんな姫様が頭を下げるなど!!」

「ミラ、私は助けてもらう価値なんてない人間なの。それなのに、私はここで無事でいる。きちんと礼をすべきよ。」

止めるミラに構わずエレノアは深々と頭を下げる。コンラッドはそんなエレノアの姿をただ見つめていた。


そして、エレノアは顔を上げると、コンラッドの次の言葉を待った。


コンラッドはエレノアの視線に応えるように、おもむろに口を開いた。


「エレノア王女には、今ここで死んでもらおうと思っている。」


コンラッドの言葉にミラが反応し、エレノアをコンラッドから庇うように立ったが、エレノアはミラの肩に手をかけ『大丈夫よ』といって、ミラを下がらせた。



エレノアはコンラッドを見据え、よく通る声で尋ねた。

「私を殺すのであれば、眠っている間にも出来たはずです。御言葉の真意をお伺いしても宜しいでしょうか?」


エレノアの探るような目線にコンラッドは片眉を上げた。


「エレノア王女に刑の選択肢を与える。このまま、ドルッシオ監獄へ送られ、幽閉されたまま安穏と一生を過ごすか、それとも…」


そしてコンラッドはエレノアを挑戦的な目線で見つめた。

「今ここでエレノア王女の名を捨て、俺の奴隷として一生扱き使われるか、それはすなわちエレノア王女の死を意味する。どちらか選べ。」


エレノアは目を見開いた。

監獄に入れられたなら、自らの過ちを悔いる事しか出来ない。しかし、コンラッドの奴隷としてならば、この先どんな過酷だろうとも、いつかは己の罪に罰を与える事が出来るかもしれない。

そして何よりも一つの気持ちが芽生えていた。


—生きたい―


エレノアの答えなどとうに出ていた。


エレノアは片膝を付き頭を下げた。

「一生をコンラッド陛下の奴隷でいることをお許し下さい。」


エレノアの答えにコンラッドは満足そうに嗤うと、カタンと白いものをエレノアの足元に投げた。エレノアは投げられたものを拾うと、それは顔の上部を覆う仮面だった。


「奴隷として、仕える事を許す。しかし、お前は今からエレノア王女ではなく、エルという奴隷族の少年として生きろ。万が一エレノア王女と知られないように、その仮面で常に素顔を隠せ。」


エレノアは仮面をつけるとコンラッドを見上げ、コンラッドもエレノアを見つめていた。

「承知いたしました。ところで…最後に一つだけ質問をよろしいでしょうか?」


「許す。言ってみろ」

「私を運んでいた兵士達はどうなったのでしょうか?」

エレノアを強姦しようとした兵士達。彼らには顔を見られている。また襲われるかもしれない。

エレノアはあの時を思い出し身体が強張った。


「あいつらはエレノア王女と共に死んだ。」

「どういう事でしょうか…?」

「エレノア王女の顔を見てしまったからな。」

「そんな…」



コンラッドの言葉にエレノアは戦慄した。死んだというのであれば、その通りなのだろう。例外はきっとエレノア王女だけだ。確かに、彼らは護送の職に就きながらエレノアに無体を働こうとした。しかし、いくらなんでも殺されるなんて…。


言葉を失ったエレノアにコンラッドは言葉をつづけた。

「だが、今回はエレノア王女に囮になってもらった事は謝罪しよう」

「どういう事でしょうか?」


エレノアは仮面の内側で方眉を上げた。

「今回護送に選んだ兵士は、戦の報酬として農民から食料や金品を奪い強姦を繰り返していた。確かに戦利品として相手から奪う事は稀にある事だ。しかし、彼らは度を越していた。俺はそれを放置できなかった。だが、ここで彼らを大々的に処断すると、他の兵士達の士気も落ちる。だから…エレノア王女と共に闇に葬る事を決めた。まぁさすがに、王女にあのような振舞をするとは予想外だったが。俺は卑怯だ。」


自嘲し項垂れるコンラッドの姿を見て、エレノアは何も言う事が出来なった。

上に立つ者として、時に冷酷な判断を迫られる事はエレノアもよく知っている。そして、今回のコンラッドもきっと苦渋の選択だったのだろう。傭兵の中には、雇われた報酬の他に倒した相手の金品を奪い生計を立てている者もおり、一概に禁止することは出来ない。それは戦の暗黙のルールでもあった。しかし、そのことをこの新しい王は嘆いている。そして失った命に対しても罪悪感を抱いている。それだけで、これからこの国は平和になる軌道に乗ろうとしているのだとわかる。エレノアはこの男がこれから創るこの王国を旧王族としてではなく、一人の国民として支えたいと思った。


「王は元来卑怯なものであると存じます。」

突然のエレノアの言葉に、コンラッドは顔を上げエレノアを見つめた。


「王は一番奥で守られ、安全な場所から指示を出す。汚れ役は周りが負うもの。犠牲は仕方のないものです」

「お前はっ!!」


そういう考えがお前の父親を暴君にしたのだ!!!


エレノアの抑揚のない言葉にコンラッドは立ち上がり怒鳴ろうとしたが、すぐに隣に立っていたアーシェが立ち上がろうとしたコンラッドの肩に手を置き首を振った。『エレノアの言葉を最後まで聞くように』アーシェは無言でコンラッドに頷いた。


その様子を見て、一度切った言葉をエレノアは続けた。

「王は卑怯でなければなりません。卑怯とは人間の本質です。卑怯でない王など人間ではありません。」


この娘は何を言っているのか。

コンラッドはエレノアの言葉の続きを待った。


「だから、国民の希望は人間である王なのです。聖人君子では国を豊かに出来ません。国民を守る事も出来ません。ただ一つ、国の、国民の幸せを願うために王は卑怯であり続けなければなりません。国を守るためならどんな悪事でも手を染め、罪悪感を背負いながら国政を行う。もし王が懺悔などしてしまったら、その報いは全て国民へと向くでしょう。だから王は国の罪を全て背負う為の奴隷であり続けなければならないと私は考えます。出過ぎた言葉を失礼いたしました。」


エレノアは片膝をつきながら深々と首を垂れた。


コンラッドは己の膝の上に雫が落ちるのを感じた。その瞬間、エレノアの言葉に聞き入っていた事に気づき、雫は己の瞳から頬を伝い流れているものだとすぐに理解し驚きを隠せなかった。エレノアの言葉はコンラッド硬く凝り固まった不安をなんの躊躇もなく溶かしていた。


この娘はやはりあの『エル』だ。欲しい。


コンラッドは改めて確信し、無意識に口角を上げていた。


「ところで、ミラと言ったな。お前はどうする?」


突然、話を振られたミラは動揺を隠せず頭を下げる事しか出来なかった。

「王宮にいた者達は全て暇を出した。エレノア王女の顔を知る者はもういない。ミラ、お前ならどうする?このまま暇を出しても良いぞ。」

コンラッドの言葉には、エレノアの身代わりをした罪を不問にするという意味が込められていた。

しかし、ミラは険しい表情を崩さなかった。

「僭越ながら、私はエレノア様の侍女が出来ないのであれば生きている意味などありません。もし、暇を出されるのであれば、今ここで首を掻き切る所存であります。」

「ミラ!!!」

顔を上げず答えたミラにエレノアは慌てて駆け寄った。

ミラノ言葉に満足したのか、コンラッドは頷き立ち上がった。


「すぐに身支度を整えろ。王宮へ戻るぞ。」


その姿はまたに新王にふさわしい凛々しさを感じた。





―――――


「ほら、乗れ」

「えっ…いや、私は走ります!」

馬上から手を伸ばされ、動揺したエレノアは思わずコンラッドの手を拒否していた。

その行動にショックを受けたのか、コンラッドは一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに苛立った顔になりミラを呼んだ。

「ミラ!お前が乗れ。」

「え!?いや、でもエレノア様が乗らないのに…」

「良いから乗れ!拒否は認めない!」

「ヒィイ!!」


ミラはコンラッドに無理矢理馬上に引っ張り上げられるような形でコンラッドの前に騎乗した。


「先に行く」

不機嫌そうな顔のコンラッドは死にそうな顔のミラを乗せ走っていってしまった。

エレノアの想い人であったコンラッド。いきなり手を差し出され、そのつもりがないのは分かっていても、羞恥心でエレノアはコンラッドの手を取る事は出来なかった。

そんなコンラッドの姿が小さくなっていくのを茫然をエレノアが見送っていると、突然首根っこを掴まれ、馬上に乗せられた。

「わわっ!何する…?!」

「ばぁか。ここから人の足で帰れるわけないだろう。」


エレノアはいつの間にかアーシェの前に座らされていた。

確かに、馬車で一日かかっている。しかも今はまだ夜が明けていない。一人で帰るなど無理である。


「うぅ…お願いします。」

エレノアは降参といった様子で大人しくアーシェに抱かれながら王宮へ向かった。

エレノアは幼い頃何度かアーシェと一緒に騎乗したことがあった。その頃はまだ兄や父親は生きており、全てが幸せだった。その頃を思い出したエレノアは涙を一滴溢した。雫は走る馬の速さでエレノアから離れていった。それは、エレノアの思い出と決別するように。エレノアは力強く涙を拭うと前を見据えた。

これから帰る王宮は、きっとエレノアにとって大変な道かもしれない。しかし、コンラッドから与えてもらったチャンスを逃さまいとエレノアは覚悟した。



「綺麗な髪だったんだけどな。切る瞬間は緊張したよ」

馬で走って何時間が経過しただろうか。片手で器用に手綱を捌きながらアーシェはエレノアの頭を撫でた。

「髪を切ったのはアーシェ様なんですか?」

「あぁ。エレノア様が襲われたように見せる為、髪を切り、現場に捲く必要があった。だから悪いがバッサリ行かせてもらった。それから馬車に火をつけた。そうすれば、エレノア王女はリチャード元王への恨みで殺されたと思わせられる。」

「で、ですがそれでは死体の数で私がいない事がバレてしまいます!!」

エレノアは殺された兵士達と一緒にいなければ、死んだことにならない。きっと追っ手がまた来るだろう。顔を青くしエレノアはアーシェを振り向いた。しかし、そこには平気そうな顔をしたアーシェの表情が見え、眉をしかめた。

「大丈夫だよ、身代わり死体を置いてきた。」

「身代わり!?まさか誰かを殺して…?!」


エレノアは新たな犠牲者に心を痛め、息が出来なくなった。



「あぁ。明日の晩飯に出るはずだった豚置いてきた」


「…え?豚?」

「あぁ。豚。」

「豚ってあの?」

「俺とエレノア様の共通認識で合ってるなら、その豚だ。」

「え?ちょっと待って?私の身代わりが豚?」

「あぁ、そうだよ。馬車を焼いた時、さぞかし良い匂いがしたんだろうなぁ…さすがに俺たちもすぐに現場を立ち去ったからわからねぇけど。」


「はぁぁぁぁ・・・・」


エレノアは溜息を吐き片手で頭を抱えた。

懸念していた事は解決されたが、まさか自分の身代わりが豚だとは。


「ふ…ふふふ…私の身代わりが豚ぁ…」

なんだか気が抜けてエレノアは笑いが込み上げてきた。


「やっぱり、エレノア様はそうやって笑っている方が良い」

後ろから抱きしめるアーシェの腕が少し強くなったような気がしたが、エレノアは気づかないふりをした。

「きっとこれからエレノア様は辛い事があると思う。そしたら迷わず頼ってくれ。俺はいつ何時でも助けに行くから」


「ありがとうございます。」

アーシェの言葉にエレノアは一言そう伝えるだけで精いっぱいだった。

張っていた気がアーシェの言葉で一気に解かれ、それ以上は震えて声にならなかった。

なかなか暗い話が続きますが、ここでいったん暗い話は終わりの筈。

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