弔い
王妃の崩御という一報は王宮中をすぐに駆け巡った。
原因は心臓発作だ。王妃は幼い頃から身体が弱かったが、それは心臓疾患に起因するものだった。
すぐさまエレノアは、ジョーイ、パトリックと共に父親の執務室に集められた。
執務室では、父親である王がいつものように机で書類に目を通していた。その姿は不自然なくらい落ち着いており、いつも通りそのものだった。王は執務室に入ってきたエレノアたちの方を振り向くことなく、机上の書類を眺めながら話し始めた。
「エリザベートは…。お前達の母親は死んだ。元々心臓が弱かったのだ。仕方がない。これからは、お前達が王妃の代理として公務を行う事もあるだろう。心しておくように。話はそれだけだ。三人とも、もう下がって良い。」
エレノア達三人は一礼すると、執務室を出た。
王の声は恐ろしい程に事務的で感情を読み取る事など出来なかった。
しかし、エレノアは気づいていた。
王の羽ペンを握る手が小さく震えていた事に。それだけでエレノアは充分だ。
王妃の葬列は厳かに執り行われた。
王妃の主治医の話では、王妃は常に胸に痛みを抱えていたらしい。そして亡くなる半年前はとくに酷かったと聞いた。薬の量を増やしたことで常に多くの副作用に悩まされていたいたらしい。それでも、王妃と会うと、彼女はいつも笑顔だった。エレノアは彼女の笑顔以外を思い出すことは出来ない。
彼女の最後の姿は美しく、穏やかに眠っているようだった。
「では、皆様。エリザベート王妃様が来世でも健やかなる魂となるために祈りましょう」
王族の地。
ルドラ王国の王族が眠る地の事だ。
それは広大な王宮の敷地の西側にある。
ここはトワイニング家もハーシェル家も関係なく王族が代々眠っている。
司教の言葉とともに、黒の喪服を着用した参列者は両手を組み祈りを捧げた。
その間に、王妃が眠る棺は墓穴へと降ろされる。
エレノアは祈りを終え両腕を解くと、棺を見つめた。棺は上から土を掛けられ見えなくなっていく。まるで母親との思い出を一緒に封印するかのように。その光景はエレノアの胸をいっぱいにした。
エレノアは込み上げる想いを抑えるため、棺から目を逸らす。何気なく王を見つめると、彼は苦悶の表情を浮かべていたように見えた。しかし、王はエレノアが見つめていた事に気が付くと、すぐに無表情へと戻っていた。
「お母様…うぅ…ふぅっ…」
棺を見送るパトリックが堪え切れず涙を湛え、ジョーイが優しく抱きしめる。
茫然と立つエレノアの隣にアーシェが立った。
「大丈夫ですか。エレノア様。」
あくまで言葉は丁寧だが、口調には兄の様に心配するアーシェの声だった。
エレノアはただ一言、無機質に応えた。
「えぇ。大丈夫です。」
エレノアは棺が埋まっている土の山をただ見つめながら、何も見つめてはいなかった。
エレノアの言葉とは裏腹に、エレノアの瞳からは止まることなく静かに涙が流れる。
王妃の葬儀が終わった次の日から、喪に付す間もなく次の、『法の良心』の選任が始まった。
ルドラ王国では慣例として王が『法の番人』となり、王妃が『法の良心』となる。
法を定める王に対し、厳罰過ぎない為の制御役として王妃が法を見極める。二人の承認が下りて初めて法の執行となる。その為、王に対し意見が出来る人物が適任とされた。
王妃がいなくなった今、早急に次の『法の良心』を決める必要がある。そうしないと国の法整備は停止状態になってしまうのだ。
今までの場合だと、すぐに王は新しい妃を迎え『法の良心』に据える事が多かった。しかし、今回の王はそれを良しとしなかった。新しく妃を迎える事で、均衡を保っていた貴族同士の派閥が崩れかねない。
王の一存で『法の良心』は第一王子ジョーイが指名されることとなった。
ジョーイは成人したばかりで、まだ若いという批判もあったが、王は決定を覆す事はせず、ジョーイも勅命を受け入れた。
─────
エレノアはサルマンの丘に登っていた。『エル』として。
コリンと会えなくなってからも、一人で何度も訪れていた。
エレノアはいつもの切り株に腰掛けると呆然とでサルマンの街を眺めた。街は活気があり市民や奴隷が生き生きと働いている。
今のエレノアとは大違いだ。街を見下ろす視界がぼやける。
エレノアは「ふふっ」と自嘲した。
王族は国の奴隷である。喪に付している時間などありはしない。次から次へと時間は流れ、王妃がいた形跡はすぐに違うもので埋められていく。国政が滞れば大変な事になる。早急に整備されなければならない。
エレノアだって、理屈では理解している。だが、エレノアは時間の中に取り残されてしまった。
母親がいた形跡が無くなれば無くなるほど、母親がいなくなった現実を受け止められなくなった。
そして、エレノアは涙の止め方を忘れてしまったかのように涙が溢れ続けた。
「なかなか会えず悪かった。」
突然、背後から聞こえてきた声に、エレノアは涙を拭う事も忘れ振り向いた。
そこには、以前と変わらないコリンが立っていた。いや、数ヶ月ぶりに会って少し逞しくなったように感じる。
「コリン!!」
エレノアは思わず叫んだ。
エレノアの涙を見て、コリンは驚いたが、すぐに、エレノアを抱き締め、頭を撫でた。
その瞬間、エレノアの中で貯まっていたものが堰を切って溢れ出した。
母親が亡くなった事。婚約が決まった事。そして、コリンを好きだと自覚した事。そのコリンに会えず、ずっと不安だった事。
様々な事がエレノアの中で混ざり合った。
そして漸くエレノアは母親の死から初めて声を出して泣いた。コリンは何も聞かず、ただただ、エレノアを強く抱き締める。
エレノアはコリンにしがみつき、グズグズに泣いた。
「大丈夫か?」
エレノアが静になりシャクリ上げる声だけになった頃、コリンは尋ねた。
「うん…」
エレノアは小さな肩を震わせながらも頷いた。
コリンは胸にしがみついていたエレノアを剥がすと、エレノアの顔を覗き込んだ。エレノアは泣き顔を見られないように顔を伏せるが、コリンはエレノアの顎をクイッと片手で、コリンの目線に合わせた。
エレノアの顔は涙で濡れていた。
コリンはエレノアの眼鏡を外し、自分の袖で涙を拭った。
エレノアが擽ったそうに笑うと、コリンも安心したようだった。そして、コリンはエレノアの涙を拭い終え、彼女の素顔を改めて見つめドキリとした。
拭い切れなかった涙が、睫毛を濡らし、金色の瞳を潤わせる。
それはコリンが知る人物と雰囲気が似ていたが、すぐに思い違いだと首を横に振った。
「何があった?」
コリンはいつも通りぶっきらぼうな言葉だったが、それでも優しさが滲み出ていた。
エレノアは少しの沈黙の後、口を開いた。
「お母様が亡くなった。とても優しい人だったんだ。周りはすぐに気持ちを切り替えているのに、僕だけ取り残されてる…でも忘れたくない。うぅっ…」
エレノアの瞳に再び涙が溢れると、コリンはもう一度、エレノアを胸に抱き締めた。
「忘れるわけじゃない。」
コリンは丁寧に言葉を選んだ。
「気持ちの切り替えは必要だけど、すぐに切り替える必要はない。気が済むまで泣けば良い。それも故人を弔う事の一つだと思う。」
コリンはそう言って空を仰いだ。
空は吸い込まれそうなくらい蒼かった。
「それに…」
コリンはイタズラそうな顔をして言葉を続けた。
「案外、周りの大人達の方が切り替えられず、見栄を張っているだけの時がある。」
エレノアはコリンの顔を見上げると、彼の顔を通して一瞬誰かの面影が過った。
エレノアが一通り泣き終えたのは日が傾きかけた頃だった。
「そろそろ帰る」
エレノアは、袖で涙を拭い、伊達眼鏡を掛けなおす。
「少しは気が晴れたか?」
「うん。ねぇ、コリン。また会える?」
エレノアは上目遣いでコリンの予定を聞いた。
「あぁ、そうだな。成人したから仕事の関係で前よりは少ないけど、それでも出来るだけ会いに来る。」
コリンがエレノアの頭をハッチ帽の上からポンポンと叩いた。
エレノアはニコリと笑い
「じゃあまた今度ね!」
と走って帰っていった。
コリンとエレノアは別々の方向へ丘を降りていく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




