双剣
エレノアの婚約が決まった次の日。
エレノアとアーシェは王宮の中庭で剣術の休憩を取っていた。
「エレノア様、大丈夫ですか?」
「ん?何の事ですの?」
アーシェが心配そうにエレノアを覗きこむとエレノアは特に何も気にしていないといった風を装っていたが、不安に揺れる金色の瞳を見れば、エレノアの動揺は一目瞭然だった。
アーシェはエレノアの元気が無いことは、今日会ってすぐに気づいた。そして、元気がない原因が昨日の婚約についてだということもすぐに理解した。
アーシェは、エレノアがそんなに結婚が嫌ならばこのまま連れ攫ってしまおうかと一瞬考え、頭を振る。アーシェは15歳、エレノアは10歳。連れ攫ったところで、幸せになれる可能性の方が低い。むしろ、相手は同盟国の王太子だ。このまま結婚した方が幸せになれるだろう。
『エレノアは妹のような存在であり、それ以上でもそれ以下でもない。今さら余計な事は考えるな。』
アーシェは自己暗示するように強く念じる。そして、婚約の祝いの弁を述べた。
「そういえば、エレノア様。ご婚約おめでとうございます。」
「え、えぇ。ありがとうございます。」
エレノアはアーシェからの突然の祝辞に多少驚いたようだったが、お辞儀をして礼を言う。
なんとなく他人行儀なアーシェの挨拶に寂しさを感じずにはいられなかった。
その時、王宮から間延びしたした声が聞こえた。
「あらぁ、エレノアぁ。探したのよぉ。」
王妃がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
アーシェは跪き、エレノアは王妃の元へ駆け寄った。
「お母様、如何されたのですか?」
「ちょっと、エレノアに渡したいものがあるの。時間あるかしら?」
エレノアは、その問いに対し、アーシェの方を振り向くと、アーシェは頭を垂れたまま
「エレノア様も先程までだいぶ身体を動かしていらっしゃいました。本日は締めにしても宜しいかと存じます。」
と答えた。
「そう、アーシェさん悪いですわね。今日はこのままエレノアを借りますわ。」
王妃は、目を細めてアーシェに向かって告げると、エレノアに着替えてから王妃の部屋へ来るように伝えた。
王妃は、エレノアが立ち去るのを見届けると、跪いているアーシェに近づき屈んだ。
「アーシェさん、面をあげてください。」
「王妃様、お立ちになってください!王妃様が屈まれる等恐れ多いです!!」
アーシェの目線まで屈み、直接目を見て話す事にアーシェは慌てたが、王妃はアーシェの言葉を手で制した。
「良いの。アーシェさん、このまま聞いて欲しいのです。」
王妃が神妙な面持ちで話を始めたので、アーシェは頷くと王妃の言葉を待った。
「昨夜の事は既に聞いていると思いますが、この度エレノアは婚約が決まりました。母親としてあの娘の幸せを願っていますが、その為には、もっと強くならなければなりません。アーシェさん、娘をもっと強く鍛えて下さい。精神的にも身体的にも。エレノアがこれからどんな選択をしていくか分かりませんが、自分で過ちを正せる人間になって欲しいのです。どうか、エレノアを宜しくお願い致します。」
「王妃様、頭を上げてください!!」
頭を下げる王妃に対し、アーシェは動揺した。一国の王妃としてではなく、母親としてアーシェに頭を下げた彼女に対しアーシェは、もちろんこれからも続けられる間はエレノアと手合わせをするつもりだと告げた。
それを聞き、王妃もニコリとして立ち上がり、アーシェにも立つように促した。が、すぐに表情が曇った。
「ただ、一つ心配な事がありますの…」
「どうしました?」
王妃に続き、アーシェは立ち上がりながら首をかしげる。
「エレノアは、幼い頃から何かを思い出したように女の顔をするとは思っていましたが、ここ最近は急に色気が出てきたんですのよね。多分、恋しているんだと思いますが、それがエレノアの首を締めなければ良いのだけど…。」
「…こ…恋!?」
王妃のまさかの発言にアーシェは緊張を解くことが出来ない。
「まぁ、きっとあの娘なら上手くやるでしょう。では、アーシェさん、お時間を取りましたわね。ご機嫌よう。」
王妃は伝えたい事を全て吐き出すと満足したように去っていった。
そしてアーシェは王妃を呆然と見送った。
「エレノアが恋…!?」
アーシェの頭の中で、その言葉は何度もこだましていた。
─────
「失礼します」
エレノアが着替え、王妃の部屋に行くと、既に王妃が部屋のソファーで待っていた。
王妃は向かいのソファーにエレノアを促す。
エレノアが腰掛けるとメイドが紅茶とお茶菓子を用意し部屋から出ていった。
部屋にいるのは二人だけである。
「どうぞぉ、召し上がって。」
王妃はエレノアに紅茶とお茶菓子を勧めると、紅茶を飲んだ。
「頂きます。」
エレノアも勧められるまま、お茶菓子のクッキーを口へ運ぶ。
いつもの王妃と口調は同じだが、雰囲気が少し違う。エレノアはそう感じた。どこか、神妙な面持ちだった。
お茶で一息吐くと、王妃は口を開いた。
「エレノア、婚約おめでとう。」
「ありがとうございます。」
エレノアは身体を堅くしてお礼を言う。それに対し王妃は目を細めて小さく頷く。
「早速なんだけど、貴女を呼んだ理由はね、これを渡したかったからなの。」
王妃はソファーの後ろから50㎝くらいの細長い木箱をエレノアに渡した。そして、木箱を開けるよう促した。
「開けて頂戴。ワタクシからのプレゼントよ。」
「ありがとうございます。失礼します。」
エレノアは箱の中を見て目を見開く。
箱の中には、シンプルだが、剣の中央にサファイアがあしらわれた双剣が1セット納められていたのだ。
「お母様、こちらは…!?」
「えぇ、婚約のお祝いに、本当はアクセサリーとかを渡すのが良いんでしょうけど。でも、個人的にはエレノアにこちらを受け取って欲しくて。これは、ワタクシが昔、愛用していたものよ。貴女のお父様からの贈り物なの。」
「そんな大事なもの!!受け取れませんわ!!」
「いいえ、エレノア。貴女だから受け取って欲しいの。」
箱を返そうとするエレノアの手を、王妃はやんわりと押し返した。
エレノアは、王妃の眼を見つめ、深く頷くと箱を受け取り双剣を手に納めた。
それは不思議な程、彼女の手に馴染んだ。
エレノアが窓に剣を翳すと、太陽の光をキラキラと反射させた。束の部分には、トワイニング家の紋章が入っている。
「お母様、ありがとうございます。大切に致します。」
エレノアは双剣を箱に仕舞うと謝辞を述べた。その姿を見て王妃は微笑む。
「エレノア、これから貴女はきっと沢山の選択をしなければならない時がくると思うわ。だけど、決して焦らず、貴女が信じた道を進みなさい。」
王妃はごく当たり前の事をエレノアに伝えただけだった。
だが、エレノアはなぜかその言葉が胸の奥深くまで吸い込まれていった。渇きを補うかのように。
そして、数日後。
王妃は亡くなった。
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