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幸せは、宵の星とともに  作者: かず


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エピローグ 『幸せは、宵の星とともに』

夕暮れがゆっくりと夜へと溶けていく。西の空には今日も一番星が静かに輝いていた。


穏やかな風が庭園を吹き抜け花々がやさしく揺れる。城の庭園を歩いていたカイルはふと足を止めた。


「……今年も咲いたな」


その視線の先には小さな白い花が風に揺れていた。可憐な鈴のような花。スズランだった。


後ろから軽やかな足音が近づきカイルに声をかける。


「カイル様。何をご覧になっているのですか?」


聞き慣れた優しい声に、カイルは穏やかに振り返る。


そこには柔らかな笑みを浮かべたリリアが立っていた。


「見てください。これを」


カイルがそっとスズランへ視線を向ける。その視線を追うようにリリアも花壇へ目を向けた。


白い花が風に揺れている。


「まあ……」


リリアは花壇をのぞき込み小さく目を輝かせた。


「ふふ。かわいい花ですね」


風が吹き、白い花がそっと揺れる。カイルはリリアに視線を向けると小さく微笑んだ。


「リリア。……あなたによく似合うと思います」


リリアは少し驚いたように顔を上げる。


「私に……ですか?」


カイルは静かに頷く。


「あなたの優しさを表すような花だと、私は思うのです」


リリアは少し照れたように笑い、それからどこか寂しそうに目を伏せた。


「私は優しいわけではありません。母から教わったことを、そのまま守っているだけです」


その声はとても穏やかだった。


カイルは花へ視線を戻して小さくつぶやく。


「それでも……私はあなたに救われました……」


その言葉は風に溶けるほど小さく、リリアの耳には届かなかった。


「ん?何かおっしゃいましたか?」


首をかしげるリリアに、カイルは少しだけ照れくさそうに笑う。


「いえ。……実は……あなたに、まだ話していないことがあるんです」


「話していないこと、ですか?」


「ええ」


「……聞いてもらえますか」


「カイル様の、……秘密ですか?」


リリアがいたずらっぽく笑う。その笑みにカイルは小さく首を横に振った。


「秘密にしていたわけじゃないんです。……ただ、話す機会がなかっただけで」


そう言ってゆるやかに宵の空を見上げる。一番星は十年前と変わらず静かに輝いていた。その光を見つめながら、カイルは懐かしむように目を細める。


「あなたがこの国に来て、あなたと会ったのは、実は二度目ではないんですよ。……あなたは昔から、お人好しでしたね」


カイルは宵の空からそっと視線を外し、隣に立つリリアを見つめる。その表情はどこか懐かしむように、そして愛おしむように優しかった。


「え……?」


リリアは記憶をたどるように首をかしげる。思い当たることはない。


(……何の話?)


そんな彼女の小さな困惑を見て、戸惑いがどこか可愛らしくて、カイルは優しく微笑んだ。


リリアは少し頬を膨らませる。


「もう!教えてください。気になります」


「ふふっ」


カイルは珍しく声を出して笑った。その笑い声は夕風に溶けるように柔らかかった。


(まさか、あの時の少女とこうして再び空を見上げる日が来るなんて……)


「昔、あなたが助けた少年のことを覚えていますか」


リリアは少し首をかしげる。


「ええ。もちろんです。えっと、いつの……?」


カイルは小さく笑った。


「では、一つだけ答え合わせをしましょう。驚かないでくださいね」


少しだけ悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべると、懐から丁寧にしまわれた白いハンカチを取り出した。


それをリリアの手のひらへそっと乗せる。


リリアは目を瞬かせた。


カイルは優しく微笑む。


「十年前――あなたが助けたあの少年は」


少しだけ照れくさそうに笑って、


「私だったんです」


「……え?」


驚きと戸惑いが入り混じった表情。その反応がどこか嬉しくてカイルはまた声をだして笑った。


「返そうと思っていたんです。でも、返す相手に会えなくて。ふふふっ。だから驚かないで。って言ったのに」


「そんなの、驚くにきまってます!あの、……十年前って……?」


「ふふ。……その話は、――また今度」


困惑しつつも、カイルの笑顔にリリアもつられて笑う。


「わかりました。――では、その“また今度”を楽しみにしています」


その笑みは、十年前の少女のものではなく、今を生きる彼女自身のものだった。


「ええ。きっと。――いつかお話しします」


二人は並んで空を見上げた。夕暮れから夜へと変わる空。その高みに輝く宵の星は十年前、幼い二人を見守っていたあの日と何ひとつ変わらない。


けれど、――その下に立つ二人はもう違う。


宵の風がそっと吹き抜け二人の肩に触れた。


静かで優しい夜の始まりだった。


――幸せは、遠くにあるものではなかった。大切な人と見上げる、この宵の空のように。静かに、優しく、すぐそばにあるもの。


―― 幸せは、宵の星とともに【完】 ――

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