最終話 宵の星の下で
それから幾日かが過ぎた。帝都では平和を願う祝賀会が開かれ多くの民が集まっていた。
夕暮れの空の下、カイルとリリアは並んで立つ。カイルは空を見上げ静かに笑った。
「初めてあなたに会った日も、この空でした」
リリアも同じ空を見上げる。茜色に染まる空。やがて輝き始める宵の星。
「そうですね」
どこか懐かしい景色だと思った。けれどその理由は分からない。
カイルは一歩前へ進みゆっくりとリリアへ向き直る。
そして多くの人々が見守る中、片膝をついた。周囲が静まり返る。
カイルはまっすぐリリアを見つめた。
「リリア、私の妃になってください」
「――っ!」
その瞳には偽りのない想いだけが宿っていた。リリアは思わず目を潤ませながら、ゆっくりと右手を差し出した。
「……はい」
カイルはその手を優しく包み込み、静かに立ち上がる。二人の姿を見守る人々から大きな拍手が湧き上がった。夕暮れの空には一番星が静かに輝いていた。
――その光は、新しい時代の始まりを優しく照らしているようだった。
◇◇◇
数か月後――。コロバイン王国にも一つの知らせが届いた。
「ウェスティン帝国、皇太子カイル・ウェスティン殿下と、リリア・ヴァリー侯爵令嬢がご婚約されたそうです」
城内は静まり返る。誰も言葉を発することができなかった。
やがてその知らせは王都中へ広がっていく。
「リリア・ヴァリー侯爵令嬢が、ウェスティン帝国の皇后になられるらしい」
「本当なのか」
「ウェスティン帝国は敵国ではなかったのか?そこに追放された方が……?」
人々は驚き、そしてようやく気づき始める。あの日失ったものの大きさを。
◇◇◇
執務室で一人の青年が窓の外を見つめていた。――エドガー・コロバイン。この国の王太子だ。
かつてリリアの婚約者だった王太子。夕暮れの空を見上げ小さく息をつく。
「……私は、君を信じるべきだった」
誰に届くこともない独り言。
「王太子である前に……婚約者として」
あの日。味方になれたはずだった。誰よりも近くにいた自分だけは彼女を信じることができたはずだった。それなのに……
父の言葉にうなずき、何も言えなかった。静かに目を閉じる。
「私が守るべきだったのは……王家の体面ではなかった……君だった……」
その後悔だけは、一生消えることはない。
◇◇◇
ギルバードもまた夕暮れの空を見上げていた。かつて王座の間でリリアへ国外追放を命じたあの日と同じ空だった。
「王は、民を守るものだ」
その信念は今も変わらない。あの日も王として最善だと信じて決断した。
だが――。
「私は、噂を信じた。……リリア・ヴァリー。お前自身を見ようとはしなかった……」
リリアは王太子妃として誰よりも相応しい女性だった。剣術に秀で、学問に励み、誰よりも民を思いやる心を持っていた。それなのに――。
王である自分が、誰よりも先に彼女を疑ってしまった。
「……優れた王太子妃を失った」
王としての後悔だった。
長い沈黙のあとギルバードは静かに目を閉じる。
「そして、一人の娘を傷つけた」
その言葉は王ではなく、一人の人間としての懺悔だった。
◇◇◇
一方その頃。
ウェスティン帝国では一人の女性が城のバルコニーから宵の空を見上げていた。
若草色の髪が風に揺れる。その隣には一人の青年。黒髪をなびかせながら同じ空を見つめている。
カイルはそっとリリアの手を握った。リリアも微笑みその手を握り返す。
宵の星が二人を優しく照らしている。もう、帰る場所を失うことはない。もう、一人で涙を流すこともない。幸せは、遠くにあるものではなかった。信じ合える人の隣に静かに寄り添っていた。
――宵の星は今日も変わらず、二人の未来を優しく照らし続ける。
次、本当のラストです。




