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第18話 青魔導士、置いていった女と向き合う

冷えた夜気が、すぐに肌を打った。


俺は宿の壁と厩の柵に挟まれた細い庭へ、ソリチェラを下ろした。


彼女は軽く、何事もなかったみたいに着地した。

そして珍しく、すぐには俺の間合いへ戻ってこなかった。


最初に消えたのは笑みだった。一度に全部ではない。ただ、笑みが薄くなる。肩がほんの少し下がる。


さっきまで酒場を投げナイフみたいに横切っていた女が、観客を楽しませる必要のない顔で俺を見た。


視線が、俺の脇腹へ落ちる。


「怪我してる」


「立ってる」


「あんた、いつもそれで意味があるみたいに言うよね」


俺は答えなかった。


ソリチェラが近づいてくる。

今度は慎重に。

気づかれたくないところまで、彼女は見抜いていた。

ソリチェラは、まず触ってから考える女だった。

ただし、慎重になるだけの理由がある時だけは別だった。


視線が俺の外套をなぞる。

肋骨の角度。

彼女を運び出した時、隠し損ねた身体の硬さ。


「何にやられたの」


「ゴーレム」


ソリチェラは片手で顔を覆い、そのまま下へ滑らせた。


「当然だね。普通の怪我じゃ、あんたには物足りないもの」


「向こうが先にやった」


「それ、一度だって本当だったことないよ」


一瞬、自分でも意外なほど、口元が緩んだ。


彼女はそれを見て、早すぎるくらい早く目をそらした。


「ひどい顔」


「もっとひどい時もあった」


「知ってる」


声が、尖らせ直すより先に柔らかくなった。


「そのいくつかは、僕も見てた」


彼女はさらに近づき、何でもないことみたいに肩を俺の腕へ軽く預けた。


何でもなくはなかった。

重すぎるほど意味があった。

だから、どちらも動かなかった。


「あんたは昔から、夜が退屈になった頃に現れるのが上手かった」


俺は彼女を見た。

ソリチェラはすぐに目をそらし、厩の柵へ視線を固定した。

木目が急に重大なものになったみたいに。


「ここ、ルペスティの外れにあった宿を思い出す」

「屋根から雨が漏れてた。寝台は一つ。毛布はなし。宿の親父が、どこかで賞を取ったって言い張ってた、あのひどく酸っぱい酒」


「お前が何度も買った」


「あんたが酔ったらどうなるか見たかったんだよ」


彼女がちらりと俺を見る。


「何時間も付き合わせた」


「酔ったのはお前だ」


「うん。あんたは酔わなかった。それが腹立たしかった」


「お前は一晩中吐いてた。それが腹立たしかった」


「僕が動くたびに文句を言ってた」


「また買うって脅すからだ」


「試験だよ」


「採点できる状態じゃなかっただろ」


一瞬だけ、何もかもが昔みたいに思えた。


そこが、苦いところだった。


昔の当たり前は、まだ俺たちのあいだに残っていた。


傷ついて、馴染みがあって、どちらかが馬鹿をして触れるのを待っているみたいに。


「ひどい宿だった」


「うん。だから、よかったの」


脇に下ろした指が、一度だけ動いた。


伸ばしかけて、引っ込めるのをためらったみたいに。


「私、ああいう夜がもっとあると思ってた」


庭が静かになった。

壁の向こうで、宿だけが息をしている。


俺は柵の方を見た。

それから、彼女へ視線を戻す。


「何が欲しい」


ソリチェラの身体が、俺の腕に触れたまま固まった。


「そんなに早く、それを聞かないで」


「話してくれなかった」


彼女の指が、俺の外套の前を掴んだ。


「知ってる」


「こっちは話そうとした」


「知ってる」


「待った」


握る力が強くなる。


「知ってる」


「距離をやった。時間もやった。返事は受け取った」


彼女は手を離し、下を向いた。


珍しく、ソリチェラには用意した冗談がなかった。


傷を小さく見せるための早口の侮辱も、簡単な意地悪もない。


「間違ってたって、言いたい」


「ずいぶん気前がいいな」


「本当のことよ」


「真実は、埋葬が済んでから届くと腐りやすい」


彼女が小さくひるんだ。


「あの頃、怒ってた。何か一つにじゃない。全部に。ギルドに。仕事に。金に。どの道を行っても、結局は同じ汚い部屋に戻って、前より安い報酬と、誰かの血が爪の下に残ることに」


「俺に」


「ええ。あなたにも怒ってた。だって、あなたはいつもそこにいたから」


俺は彼女を見た。


ソリチェラは、笑った。

一度だけ。

柔らかく、けれど何も面白くなさそうに。


「馬鹿みたいでしょう。あなたは、私が頼めば何でもしてくれた。もっと悪いことに、頼む前から半分くらい済ませていた」


「大変だったな」


「大変だったわ」


そこで彼女は顔を上げた。


古い鋭さが戻っていた。

ただし、怒りより悪いものに鈍らされていた。


「私があなたに何か返せているのか、わからなかった。あなたが本当に欲しいものを、一つでも渡せているのか。半分くらいの時間、私はあなたが優しすぎて捨てられない荷物の一つみたいに感じてた」


俺は地面を見た。


「そういうのは、しばらくすると人を役立たずにするのよ」


思ったより深く刺さった。

たぶん、彼女が正しかったからだ。


「それで、今さらどうする。謝って、俺が頷いて、何年もあったことをただの勘違いにするのか」


「違う」


彼女は俺の前へ回った。

片手でどかせるくらい小さい。

けれど、それを試すほど俺は馬鹿ではないくらい鋭かった。


「一つだけ、答えて。私がいなくなって、ほっとした?」


「してない」


答えは、止める前に出ていた。


彼女の顔が変わった。


「待つのをやめるのが痛いくらいには、お前は意味があった」


ソリチェラは、いっそ殴られた方が楽だった、みたいな顔で俺を見た。


その時、彼女は、何とか握りしめていたものを手放した。


脇に下りた手が震える。


唇が一度開く。

また閉じる。


「やめて。そんなふうに言わないで」


「どんなふうに」


「あなたはもう弔いを終えていて、私だけが自分の葬式に遅れてきたみたいに」


彼女は目をそらした。


一度、強く瞬きをする。

涙など、自分が許可しない限り出てこないと示すみたいに。


「戻り方が、わからなかったの」


声は小さかった。彼女にしては、小さすぎた。


「戻ってくるなら、答えを持っていかなきゃいけないと思ってた。綺麗な答え。全部が納得できるくらい、気の利いた何か」


口元が歪む。


「でも、そんなもの見つからなかった」


「そう言えばよかった」


「知ってる」


今度のそれは、降参ではなかった。

ただの事実だった。


「知ってる。だから今でも、何か殴りたくなる」


しばらく、どちらも話さなかった。


ソリチェラは扉の方を一度だけ見た。


それから、目の前に立っている問題へ戻る。


「私たち、悪くなかったよね」


「俺たちか。最悪だっただろ」


「うん」


口元が少しだけ動いた。


「でも、組むと強かった」


「ギルドに言ってやれ」


「ギルドには見る目がなかったの」


「ギルドには修理代の請求書があった」


「請求書付きで見る目がなかったの」


俺は、危うく笑いそうになった。

そこが危なかった。

簡単すぎることだ。


くだらないやり取り一つで、何年も前の時間が、誰かが鍵をかけ忘れた扉みたいに開きかける。


ひどい宿。

ひどい道。


彼女が毛布を奪って、寝ぼけていただけだと言い張った夜。

俺が気づかないふりをした夜。

寒さの方が、彼女の罪悪感より扱いやすかったからだ。


薄い煮込みを一椀だけ分けたこと。

二椀頼むのは楽観だったからだ。


朝起きたら、彼女の踵が俺の顎に当たっていたこと。

戦うみたいに眠る女だった。

耳だけが、まるで俺のせいで不便を強いられているみたいに、ぴくぴく動いていた。


まともな人間なら懐かしむべきではない暮らし。


彼女は、それを懐かしんでいた。


俺もだ。


俺は昔から、ソリチェラ相手に勝つのが下手だった。


一番悪いのは、本当は勝ちたいと思ったことがほとんどなかったことだ。


彼女はもう一歩近づいた。

今度は、ゆっくりと。

そして両手を俺の胸に置いた。


「痛くなかったふりをしてほしいわけじゃない」


「思いやりがあるな」


「やり直させてほしいの」


「駄目だ」


答えは平らに出た。

そうでなければならなかった。


ソリチェラは一度、目を閉じた。


次に開いた時、古い明るさが戻り始めていた。

治ったわけではない。

武装したのだ。


「それじゃ」


ソリチェラは扉の方を見た。


「生きて戻ってきた上に、怪我までしていて、しかも疑わしい女たちの小さな行列を連れているなら、その行列に聞くしかないね。今度はどんな厄介事に見つかったのか」


「何の行列だ」


「中にいる女たちよ、おじさん。ついてきて」


俺は扉の方を見た。


ソリチェラが笑った。


いい笑みではなかった。


「あの小さな貴族のお嬢様は、悲劇的な目で聞けば教えてくれそう」

「あの護衛は少し面倒そうだけど、面倒な女はだいたい、根気と正しい苛立たせ方でどうにかなる」


「関わるな」


彼女は振り向いた。


白々しい無邪気さと、昔からの厄介さを顔いっぱいに乗せて。


「何に?」


「俺の事情に」


笑みが、ほんのわずか薄くなる。


「あなたの事情」


「ああ。お前には関係ない」


「ないのね。何度も言えば、失礼さが薄まるとでも思っているみたいに聞こえるわ」


「言い続けるしかない。お前は悪い判断を懐かしく感じさせる」


彼女は、俺がきれいに目をそらすことを許さなかった。


本当なら、そこで十分なことだけ話せばよかった。


好奇心を満たすだけ。


それ以上は何も渡さない。


古い傷は古いままにしておく。


彼女には中へ戻らせる。


釣り合いを取るために一つくらい俺を罵らせて、それから、この場所へ彼女を運んできた道をそのまま進ませる。


俺の厄介事を乗せずに。


問題は、ソリチェラが質問をすると、たいてい答えにたどり着くことだった。


もっと悪いことに、答えを見つけると居座る癖があった。


ゴーレム。

神。

アルダーヴェイル。


その先で待っている何か。そのどれにも、俺が一度守り損ねた人間をもう一人増やす必要はなかった。


もっと優しい追い払い方はあった。


俺は、一番効きそうなものを選んだ。


「駄目だ。ようやくいなくなるのに飽きたからって、何もなかったみたいな顔で戻ってくる権利はない」


彼女の手が、脇で強く握られた。


言葉が届いたのが見えた。


それでも続けた。


「距離が欲しかったんだろ。持っていろ」


ソリチェラは、しばらく俺を見ていた。


それから、一度だけ頷いた。


ゆっくりと。


「そう」


扉の方を見る。


それから、また俺を見た。


「じゃあ、それでも手伝う」


「駄目だ」


「手伝う」


「聞いていないだろ」


「聞いてるわ。そこが腹立たしいの」


口元が強張った。


「あんたは、どう見ても厄介事の中にいる」


「お前の問題じゃない」


「うん。だから、僕が手を出せる話になる」


「頼んでいない」


「知ってる」


それが駄目だった。


知ってる。


拒まれているとわかった上で、それでも近づいてくるみたいに。


俺の答えなど、彼女がもう登ると決めた障害物の一つでしかないみたいに。


「ソリチェラ。」

「寝床を何度か共にしたくらいで、俺の卓に席ができるわけじゃない」


庭が静かになった。


彼女の顔が変わる前に、俺にはわかった。


一番早く傷つく言い方を、選んだのだ。


彼女の顔が、小さく崩れた。


ほんの少し、口元から力が抜ける。


瞬きが、遅れて来る。


その一瞬だけ、ソリチェラは本当に小さく見えた。


「寝床を何度か」


彼女は言った。

ゆっくり頷く。

その言葉に毒が入っているか、舌の上で確かめるみたいに。


「そっか」


黙るべきだった。

なのに、馬鹿みたいに俺は言った。


「ソリチェラ――」


「だめ」


声は細かった。

けれど、すぐに血が出そうなほど鋭くなった。


「今さら柔らかくしないで。お互い、みっともなくなるだけ」


彼女は厩の柵の方へ目をそらした。


顎が一度だけ動く。


それから、笑った。


小さく。

乾いていて。

ひどい笑いだった。


「じゃあ、怖くて本音が出た時、私ってその程度だったんだ」


俺は地面を見た。


「そういう意味じゃ――」


「やめて」


彼女の目が戻ってくる。


明るかった。

ただし、その明るさについては、どちらも触れるつもりがなかった。


「私が間違った去り方をしたのは知ってる。あなたを傷つけたのも知ってる。でも、何があったのか聞かれるのが怖いからって、私たちを契約と寝床だけにしないで」


答えはなかった。


ある資格もなかった。


「だめ。私の手を取って。あなたの卓まで連れていって。紹介して」


「どうせ勝手にやるだろ」


「うん。でも、あなたが本気で言ったのか知りたい」


彼女は手を上げた。


俺の外套を掴むためではない。

扉を塞ぐためでもない。


ただ、差し出した。


「私がそれだけだったなら、ここに置いていって」


手は、そこに残った。


それが残酷だった。


俺は、彼女を追い払うために言った。


男が生き延びるためにつく嘘はある。

そして、生き延びること自体を無価値にする嘘もある。


喉が詰まった。


罠だった。

卑怯ではない罠だ。


自分を守るために彼女を小さくしておいて、そのまま置いていくなら、俺は自分が演じている最低の男そのものになる。


俺は一度、息を吐いた。


それから、彼女の手を取った。


彼女の指が、すぐに俺の指を握り返す。


早すぎるくらい早かった。


俺が取らないと思っていたみたいに。


その覚悟をしていたのに、それでも信じきれていなかったみたいに。


しばらく、彼女はただ俺たちの手を見ていた。


それから、口元が動いた。


「やっぱり」


「何が」


「本気じゃなかった」


俺は目をそらした。


「それでお前が正しいことにはならない」


古い得意げな顔が、少しだけ戻ってきた。


「ならないね。でも、私は正しいわ」


「お前は凶暴なチビだ」


「あんたが知ってる中で一番強いチビよ」


「残念ながらな」


俺は扉を開けた。


最初に熱が漏れた。

次に灯り。

それから、食事より面白い話を嗅ぎつけた人間たちみたいに、酒場の視線がこちらへ向いた。


ネフェレットは嬉しそうだった。


アリステルの目が、俺たちの繋いだ手へ動く。

そして、早すぎるくらい早く逸れた。


ミラはソリチェラを見た。

俺を見た。

それから、俺たちの手を見た。


表情は変わらなかった。


それが、なぜか一番悪かった。


ソリチェラが俺の指を一度だけ握った。

警告に十分な強さだった。


俺は彼女を卓へ連れていった。


違う。


それは嘘だ。


俺は卓へ向かい始めた。

ソリチェラは三歩だけ俺に譲ったあと、先に立った。

椅子を片足で引き出し、きちんと招かれていたみたいに腰を下ろす。

それから、そこに集まった女たちを見回した。


「こんばんは」


明るい声だった。


「僕はソリチェラ。ラフェルは、臆病が少しぶり返す前に、僕を紹介してくれるところだったの」


ネフェレットは片手に顎を乗せた。


「あら」


彼女は柔らかく言った。


「そうやって引き戻すのね」


ミラが俺を見た。


「聞くべきですか」


「やめろ」


アリステルは、まだフードの下に半分隠れたまま、俺たちを見比べた。


不適切な武器だけで行われている決闘を見守る貴族令嬢のような、慎重な顔だった。


ラフェル・ソーン。

三十八歳。

青魔導士。

狼と、ロットと、ゴーレムと、ひどすぎる再会を生き延びた男。


差し出すつもりのなかった椅子の横に立ち。


完全に負けていた。

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