第二次世界恐慌
欧州で始まった戦争は、深刻な金融危機の引き金となった。
ニューヨーク証券取引所では売り注文の怒号が、天井を揺らしていた。
株取引の速度を何十倍にも早め、富を生み出す大車輪となっていた電子取引システムの電光掲示板に流れる株価は、まるで墜落する飛行機のように落ちていった。
大手金融機関が経営破綻し、そこから連鎖的に世界金融危機が発生した。
ルーズベルト大統領が推進した金融政策は、一度下がり始めると、負の連鎖を止めることができなかった。
住宅建設を後押ししていた巨大な住宅金融機関も経営破綻した。
負債総額は約六十四億ドル。
たった一つの金融機関が、アメリカの国家予算に匹敵する規模の負債を抱えて倒産した。
あらゆる物が売れなくなった。
自動車も。
住宅も。
子供のオモチャさえも。
再び訪れた世界恐慌の悪夢は、アメリカ経済を地獄の底へ叩き落とした。
金融危機を回避する方法は、一つしかない。
予定を早めて世界を侵略する。
全ての財産を奪い、アメリカのものにすることで景気を立て直す。
すべての債務を返済するために、戦争が始まろうとしていた。
同じ頃、フィリピン軍も戦争を我慢できない状態に陥っていた。
民衆に借金をさせて購入させた兵器は、時間とともに利子が重荷になっていた。
それだけではない、農業生産が目に見えて落ちてきた。
その原因は、大地主の粛正によって大規模農場が壊滅したことにあった。
大地主から課されていた過酷なノルマがなくなり、自作農になった農民たちは、自分たちが困らない分だけしか作らなくなった。
それでも、地方農村は食うに困らなかった。
だが、農村から食料を運び込まなければ維持できない都市部では、食料品価格の高騰が始まった。
マニラ周辺の農村では、食料品が高騰したのを都市の住民から金をむしり取るチャンスだと思っていた。
都市に住んでいる人間は、暴騰した食料品を買うために農民に財産を差し出した。
食料を盗む者がいれば、銃を持った農村の自警団が裁判もなしに処刑した。
三十個師団にまで増えた軍隊を食わせる食料も不足し始めた。
軍への食料供出を農民に呼びかけたが、熱狂から冷め始めた農民たちは供出を渋った。
かつて革命を支持した農民たちは、もう軍靴の音に拍手を送らなかった。
それどころか、金持ちを殺して金をばらまいてくれと、国民は国家の指導者におねだりを始めていた。
腐敗した世界が普通だと思っている彼らが考える理想の指導者とは、清廉潔白な大統領ではなく、金持ちを殺して財産をばら撒くムタグチ元帥だった。
この膨大な借金を清算する手段は、一つしかない。
戦争に勝ち、日本に払わせる。
牟田口は生贄にする新しい金持ちに、戦争景気に沸いている日本を指名した。
民衆の支持は綺麗事ばかりで金策が出来ない大統領から、軍事独裁者へと流れていた。
フィリピン軍は、日本本土への上陸作戦の準備を始めた。
無知な農民だった兵士は、日本へ上陸すれば金銀財宝を略奪し放題だと勘違いを始めた。
日本に上陸するためには、制海権の確保が必須となる。
そのためには、アメリカ海軍が艦隊決戦で日本海軍を壊滅させなければならない。
フィリピンにはたった一隻で日本海軍を壊滅させる事が出来る秘密兵器がある。
戦争が終わったとき、フィリピンがどうなっていようと、牟田口には関係が無かった。
軍票と呼ばれる第二の紙幣を刷って兵隊にばら撒いた。
アメリカから届いた輸送船に兵隊を詰め込み、出港の準備を始めた。
日本も黙って待っている気は無い。
フィリピンで大規模な侵攻準備が始まったことを察した大日本帝国は、 アメリカ海軍アジア艦隊と太平洋艦隊の二大艦隊を相手にする艦隊決戦の準備を進めていた。
アジア艦隊など戦艦長門を旗艦とする連合艦隊で十分、主力となる太平洋艦隊には戦艦大和と武蔵を中核とした主力艦隊で迎え撃つ準備が万全だった。
本来の歴史では無能、悪玉、卑劣の三冠王と呼ばれた牟田口廉也は、少なくともこの世界では無能ではなかった。
戦後どころか、開戦を待たずして、日本の新聞にフィリピンを乗っ取った卑劣な悪玉と載っていた。




