噛み合わない無数の歴史
欧州で戦争が始まるとニューヨークの証券取引所は、戦況によって欧州企業の株価が激しく動いていた。
新聞は毎朝、欧州の緊張を一面に載せ、ラジオは欧州で起きている戦争のニュースを読み上げていた。
だが、アメリカは参戦しなかった。
核攻撃艦の配備は対日戦争を想定した太平洋側は進んでいるが、欧州戦線へ投入される大西洋側の配備が完了していない。
スターリンがいるモスクワを核攻撃するには、バルト海まで核攻撃艦を進出させなければならない。
その為には、中立を宣言しているデンマークとスウェーデンを同盟国に引きずり込む必要がある。
核兵器の大量配備が完了するまで参戦しない。
それがルーズベルト大統領の戦略だった。
CIAは、本来の歴史なら昭和二十二年に自分の次の大統領が設立するはずの組織だった。だが、ルーズベルト大統領はそれを前倒しで作らせていた。
未来を知ってしまった国家は、未来を知らないふりなどできない。
CIAがかき集めてきた資料を検討しながら、ルーズベルト大統領は困惑していた。
イギリスとフランスから提供された資料に、大きな食い違いはなかった。
どちらの記録にも、ヒトラーが第二次世界大戦を引き起こしたと書かれている。
問題は、その先だった。
一番厄介だったのは、精神病院から出してやったスティムソンの証言だった。
スティムソンが持っていた『未来からの贈り物』はすでに捨てられ、行方不明になっている。頼れるのはスティムソンの記憶だけだった。
「1941年になれば、アメリカの九都市に核爆弾が落ちる」
その証言は、ルーズベルトの手元にある未来の記録とも、イギリスとフランスから提供された未来の記録とも噛み合わなかった。
同じ世界の未来であるはずなのに、まるで別々の歴史を読まされているようだった。
「スティムソンは本当に狂っていたのか」
ルーズベルトがそう疑い始めたところで、新しい証拠が出てきた。
FBIが逮捕した宗教団体の教祖が持っていた機械から、未来の情報が回収された。
そこには、核兵器によって人類の半分が死んだと訴える情報が含まれていた。
未来人は人類の半数が死ぬのを防ぐため、アメリカの核開発者を暗殺するよう指示していた。
ルーズベルト大統領が顔をしかめた理由は、情報の真偽ではなかった。
『未来からの贈り物』を送ってきたのが、大統領の娘を名乗る黒人の女だった事だ。
彼にとって、それはアメリカという国家の秩序を揺るがす、不快な事実だった。
スティムソンは、自分が見た映像に出てきた人物について証言した。
ビル・ゲイツと名乗る白人だった。ベッドに横たわる、よぼよぼの老人だった。
ルーズベルト大統領は、窓の外を見た。
春の光がホワイトハウスの芝生を照らしている。
だが彼の目には、その緑さえ疑わしく見えた。
「複数の情報が、互いに矛盾している」
タイムパラドックスや歴史改変について詳しくないルーズベルト大統領は、間違った結論を下した。
「攪乱工作が行われている」
信じるべきは、アメリカ経済を立て直した自分の手元にある『未来からの贈り物』だ。
未来は一つではない。
だが、彼はその事実を理解しなかった。
理解しないまま、もっとも都合のよい、自分が信じたい、たった一つの未来を選んだ。
精神病院の隔離病棟へ送り返されそうになったスティムソンはルーズベルトに懇願した。
『未来からの贈り物』には自分は貴方の元で国務長官になったと書かれているはずだと訴えた。
それはルーズベルトが知っている未来と一致していた。
だが、精神病院に何年も入っていたスティムソンは人脈を失っている。
あまり役に立ちそうに無いが、黒人を隔離施設へ送る役目なら出来ると思った。
日系人の強制収容を行うはずのスティムソンは、黒人の強制収容へ役目を変えられた。
ルーズベルトは核兵器が使用された後に起きる問題について考えた。
都市に使用すれば女子供まで巻き込んだ死傷者が大量に出るだろう。
黄色い猿が相手でも、あまり醜聞が良くない。
いっそのこと、目をかけてやり、白人と同等の待遇を与えた黒人が裏切ってやった事にすれば……
責任をなすりつけにはちょうどいい、6888飛行学校出身の黒人達がいる。
あいつらを反逆者にして、虐殺の責任を押しつける生贄にしようと考えた。




