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ポーランド侵攻

 オリンピックが始まる少し前、密かに東京湾から一隻の戦艦が出港した。

 それは訓練を終えたばかりの新造艦であり、表向きはソビエト海軍から発注を受けて日本が建造した戦艦だった。

 だが、その実体は亡命ドイツ海軍が作り上げた戦艦だった。


 「カール・マルクス」


 ドイツ人でありながらソビエトの根幹をなす「共産主義の父」となった偉人の名前が与えられた。


 今の時代には威力不足になった28センチ砲9門を備えた姿は戦艦大和を一回り小さくした基準排水量五万六千トンの船だった。

 最大の特徴は、世界初の原子力戦艦であるが、原子炉はまだ不完全で重油ボイラーとの併用で動いている。

 原子炉二基と戦艦大和と同じロ号艦本式缶ボイラー十機を搭載し、艦本式タービン四機で十五万馬力を発揮する。

 原子炉から蒸気を送られるタービン室は半自動化されているが、乗員は防護服を着て作業をこなしていた。


 原子炉といっても、配管など多くの部分はロ号艦本式缶ボイラーを流用するしかなかった。

 缶使用圧25kg/cm²、蒸気温度325℃と同じ性能である。

 ボイラーとしては、すでに一段階上の圧力と温度が実用化しているが、不安定な原子炉は確実性を求められた。

 一機で一万三千馬力を発揮する原子炉は二基合わせて二万六千馬力で巡航速力十六ノットを発揮できる。

 戦闘時には重油ボイラーと併用して十五万馬力を発揮する。


 巡航用の補助エンジンみたいな原子炉だったが、たった190kgの二酸化ウランに5%濃縮ウランを加えた燃料で、無補給で400日間の連続運転を可能とする利点が大きかった。

 無補給で地球を十周できる航続距離は、貧弱な兵站しか持たずに地球の裏側へ向かうドイツ海軍にとって、必要不可欠な能力だった。


 そして、この船の最大の攻撃力は主砲ではない。

 核弾頭を搭載した誘導ロケット弾が主兵装だった。

 重防御の弾庫から直接、誘導ロケット弾を打ち出す垂直発射装置は『未来からの贈り物』に描かれていたVLSと呼ばれる方式を元にしていた。


 再建を果たした亡命ドイツ海軍は次々と、密かに日本を出航した。

 偽装のためにロシア語の艦名を書かれ、名目上の行き先はレニングラードであるが、実体はケーニヒスベルグへ向かっていた。

 亡命ドイツ海軍は祖国を取り戻す戦いの準備を始めていた。


 存在しないドイツ海軍が作り上げた戦艦の姿は、カール・マルクスが若い頃に書いた戯曲オウラネムの中で綴った悪魔の独白のようだった。


 「私は人類を深淵へと引きずり下ろし、世界を完全に破壊してやる」


 「世界を粉々に砕いて呪いをかける」


 祖国復興の夢を抱いて海外へ逃れたドイツ人グループは大きく二つに分かれていた。

 一つは日本への亡命グループ。

 もう一つはソビエトへの亡命グループだった。

 ラインラント事変より前からドイツ軍の兵器開発はソビエト軍と共同で設立した組織がソビエト領内で行っていた。

 そのグループはソビエトに居候したまま、難民となったドイツ人を受け入れ、スターリンの庇護の元で牙を研いでいた。

 日本とソビエトのグループは一つの組織となり、日ソ両国の秘密援助を受けて亡命ドイツ軍を作り上げていた。


 同じ頃、筑波村の飛行場からゼロ戦ではなく、ドイツ人がジークフリートと呼ぶ戦闘機の飛行隊が飛び立った。日本海を越えた目的地はソビエトのハバロフスク飛行場である。給油を繰り返しながキエフへ向かっていた。

 核弾頭搭載V2ロケットの代金としてスターリンから受け取った命令書を突きつけられたソビエト軍の将校は、黙ってドイツ人に航空機燃料を差し出すしかなかった。

 最終的な目的地はドイツ国内に高速道路とサービスエリアの名目で作り上げた、偽装された飛行場だ。

 彼らは失った祖国を取り戻すため、一万キロにも及ぶユーラシア大陸横断飛行を敢行していた。


 昭和15年10月14日

 日本で『紀元二千六百年特別観艦式』のメインイベントである核実験が終わった直後、ソビエト軍のポーランド侵攻が始まった。

 先陣を切ったのはソビエト軍ではなく、存在しないはずのドイツ軍だった。


 開戦から一ヶ月、11月16日にはポーランドは降伏した。

 亡命ドイツ軍はそのままベルリンを目指して進撃を続けた。

 ソビエト軍は占領地の支配を亡命ドイツ軍から引き継ぐだけの、簡単な仕事でポーランドを手に入れた。


 フランス政府はここに来て、やっと致命的な間違いに気付いた。

 ドイツとソビエトは第二次世界大戦で戦う敵同士だと思い込んでいた。

 未来からの情報を信じすぎて、ドイツとソビエトが手を組んでいる事実から目をそらしてしまった。


 ドイツに治安維持のために駐中しているフランス軍の総兵力は八万人にすぎなかった。

 それも、ドイツ全土に広く散っていた。

 ここに来て、日本の侵略に備えてアジア植民地に兵力を送ったことが裏目に出てしまった。

 亡命ドイツ軍を止められる兵力ではなかった。


 フランスの圧政に苦しんでいたドイツ人は彼らを解放軍として迎え入れた。


 ドイツは全く新しい国家へと生まれ変わった。


 ドイツは議会が廃止され軍政下におかれた。

 フランスの傀儡になっていた皇帝と大統領と首相は三人仲良く並んで銃殺になった。

 大統領も首相も戦争に勝つまでの暫定停止処置として空席となり、ドイツ軍の司令官が事実上の国家元首となった。


 ドイツは国家の為の軍隊ではなく、軍隊の為の国家となった。


 フランス、イギリス、オランダはドイツに宣戦布告、ここに第二次世界大戦が始まった。


 ドイツはソビエトから受けた支援の見返りにポーランドをソビエトに引き渡した。

 ポーランドという国家は地球上から消え去り、ソビエト連邦の一部になった。


 フランスはなんとかマジノ線でドイツ軍を食い止め、膠着状態に持ち込んだ。

 フランスとドイツは国境でにらみ合いながら止まっていた。

 それは、祖国を取り戻したドイツ軍が、大規模な動員を完了させ、彼らに訓練を施し、銃を与え終わるまでの時間を与える事になった。


 フランスの圧政から解放されたドイツ人の手に新しい銃が配られた。


 ドイツ軍はフランス軍と国境でにらみ合ったまま止まっている間にも東欧の支配を進めていた。

 チェコスロバキアがドイツの手に落ちた。

 ドイツは失った工業力の代わりをチェコスロバキアに求めた。


 ドイツとフランスの戦争が始まってから半年あまりが過ぎ去った。フランスはマジノ要塞でドイツ軍を食い止め、膠着状態になっていた。

 イギリス軍も参戦、ベルギーとオランダも味方した連合軍がドイツと戦っていた。

 デンマークは中立を宣言しているが、いつドイツ軍が攻めてくるか解らない恐怖に怯えていた。


 だが、ドイツ軍にはマジノ戦を突破できるだけの火力が足りなかった。

 ドイツ国内の兵器産業ところか重工業まで徹底的に破壊されたせいで国内で兵器生産ができない。

 巨大な火力を発揮できる重火砲は数が希少で、弾薬も希少だった。

 武器弾薬の補給は遠く日本からの輸送に頼っていた。

 筑波から出発した武器弾薬がシベリア鉄道を経由してドイツとフランスの国境に届くまで最短でも60日、遠すぎる兵站が原因で前に進めなかった。


 ベルギー南東部からフランス、ルクセンブルク、ドイツ国境に広がる、深い森林と丘陵に覆われた地域。

 アルデンヌの森では散発的に前線を突破してくるドイツ軍を相手にフランス軍は機動防御で穴を塞いだ。

 その主力になっていたのは、シャルル・ド・ゴール大佐が率いる戦車連隊だった。


 この戦争はドイツとフランスの双方が全く同じ戦車を運用する奇妙な戦争になっていた。

 敵味方の識別に困ることが多い。

 そこで、味方の支配地域で活動する部隊であるシャルル・ド・ゴール戦車連隊は迷彩を捨て、戦車の前後左右と上面をフランス国旗(トリコロール)に塗っていた。

 三色旗は戦場で目立つが、目立つ重戦車が救援に来ると兵士の士気は上がった。

 自由、平等、博愛を象徴する青白赤の三色

 まさにフランスそのものだった。


 自国内を高速移動して機動防御を行う戦術は防御側が有利だった。

 地形から交通網まで完璧に把握している。

 ドイツは国境を突破できないまま時間だけが過ぎていった。

 だが、その間に軍需産業を生き返らせようとしていた。


 シャルル・ド・ゴールの元には新しい『未来からの贈り物』が届いていた。

 それは未来のフランスが開発する核兵器の設計図だった。


 フランスのオート=ヴィエンヌ県ジュアッグにあるベルナルダン鉱山、本来の歴史なら採掘が始まるのは1978年になってからだ。

 今の技術では、地表下200~750mの深まで続くウラン鉱脈は、ココにあると教えられなければ発見できるものではなかった。

 ドイツが核兵器に手を出している事は確実と見なければならない、一刻も早くフランスも核兵器を手に入れなければ滅ぼされる。

 そんな恐怖がフランス政府を突き動かしていた。


 ドイツとフランスの双方を突き動かす根源は奇妙に似ていた。

 どちらも、相手を滅ぼさなければ自分達が滅びると信じていた。

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