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遺骨疎開

 ミハイル・カラシニコフは筑波村にある集合住宅の一室に軟禁されていた。

 彼を囲い込んでいるドイツ人たちは、交代で見張りを立て、二十四時間体制で監視していた。

 彼は、亡命ドイツ政府が確保している、たった一人の『未来からの贈り物』の受取人だからだ。


 今まで、ミハイルに届いた『未来からの贈り物』は二個あった。

 未来の世界でAK-47とPK機関銃と呼ばれることになる武器は、どうやら未来のミハイル・カラシニコフが作るものらしい。

 それからずっと、ドイツ人たちは三個目の『未来からの贈り物』を待ち続けていた。

 だが、いつまで待っても届かない。


 同じ異変は、山本五十六にも起きていた。

 多い時には毎週のように届いていた『未来からの贈り物』が、ここ一年ほどまったく届いていない。

 日本国内で、新しい受取人が発見されることもなかった。


 海軍省には、秘密の部署があった。

 表向きの看板には「電気時計研究室」と書かれている。

 だが、本当の研究対象は電気時計ではなく、タイムマシーンだった。


 未来から送られてくる金属容器。


 その到着時刻。


 到着場所。


 受取人との関係。


 海軍の研究員たちは、あらゆる情報を記録し、分類し、仮説を積み上げていた。

 そして今、彼らは悩んでいた。

 日本で唯一の受取人である山本五十六を招き、研究員たちはこれまでの推論を整理し、黒板に書き出していた。


 百年ほど未来にタイムマシーンが開発される。


 タイムマシーンは複数存在する。


 使用している国、組織も複数存在する。


 送り先は、特定の人間と紐付けられている。


 黒板には、世界各地で確認された『未来からの贈り物』の受取人が書き出されていた。


 山本五十六。


 ウィンストン・チャーチル


 シャルル・ド・ゴール


 ミハイル・カラシニコフ。


 フィリピン軍の将軍。


 中国軍の将軍。


 アメリカの誰か。


 ソビエトの確認不能な無数の屍。


 研究員の一人が、沈黙を破った。

「山本閣下に送っていた未来人は、歴史改変に成功したため、送る理由が消滅したのではないかと考えます」


 それは、好意的に解釈すれば、日本が敗戦国になる歴史が消え、戦勝国になる未来が生まれたことを意味する。

 願望が入りすぎているようにも思えた。

 だが、筋は通っていた。

 目的が達成されたなら、未来人はそれ以上送る必要がない。

 しかし、別の研究員がすぐに異論を唱えた。


「楽観的すぎます」


 会議室の空気が重くなった。


「ドイツのように、日本そのものが滅亡した可能性も検討すべきです」


 山本は黙って、その研究員を見た。

 研究員は資料をめくりながら続けた。


「『未来からの贈り物』によれば、敗戦国になった日本は連合国の支配を受けます。ですが、その後は独立を回復し、経済発展するはずでした」


 それが、山本たちが知っていた本来の未来だった。

 屈辱的ではある。

 だが、日本という国は残る。

 国民も残る。

 未来が残ったから『未来からの贈り物』が届いたのだ。


「しかし、中国からもたらされた情報が正しいなら、日本はアメリカに滅ぼされていると考えるべきです」


 会議室に沈黙が落ちた。

 ドイツ人は、未来の世界で絶滅している可能性がある。

 少なくとも、タイムマシーンを使えるほどの国力が残っていない可能性が高い。

 日本も同じ道へ向かうのか。

 完全な絶滅までいかなくとも、タイムマシーンを使えないほどの貧困国に落ちている可能性はあった。


 別の研究員が、慎重に口を開いた。

「『未来からの贈り物』の数から考え、タイムマシーンの使用料は決して安くないのではありませんか」


 金属容器一個を過去へ送る。

 たったそれだけのために、未来では莫大な費用がかかっているのではないか。

 そう考えると、送ってこなくなった理由として、単純に予算が尽きた可能性も考えられる。

 だが、それ以上に謎なのは、送り主が名乗らないことだった。

 未来の誰が送ってきたのか。

 それが、まったくわからない。


 フィリピンの大統領は、送ってきた未来人を公表していた。

 貧しい靴屋から身を起こし、フィリピン一の大富豪になった人物。

 その六人の子供たちらしい。

 軍や政府機関の人間ではない、財閥一家だった。


「国家ではなく、個人や財閥がタイムマシーンを使っている可能性があります」

 研究員はそう言った。

 ソビエトの送り主も不明だった。

 ただし、相当な数を送っているらしい。

 問題は、その受取人たちが、たった一人を除いて処刑されてしまったことだった。


 ミハイル・カラシニコフに三度目が届かない理由として、送り主の先祖が殺された可能性も考えられる。


 中国の送り主は、聶栄臻将軍の孫だと名乗ったらしい。

 将軍には娘が一人いるそうだが、まだ幼く、送り主はまだ生まれていない。


 山本五十六は、答えの出ない問題を考えた。

「自分に送っている者は、四人の子供の誰かの子孫なのか?」


 しかし、研究員は首を横に振った。

「それなら、名乗らないのは不自然です」


 特定の個人に紐付けて送っているとするなら、未来の世界に子孫がいなければ送れないのか。

 あるいは、血縁とは別の条件が必要なのか。

 どういう仕組みなのか、まったく答えがわからない。

 そもそも、タイムマシーンの原理そのものが、現代科学では理解できなかった。

 その時、一人の研究員がフィリピンの新聞を日本語訳した文書を指さした。


「フィリピンの大統領が公表した、未来からの手紙には、このような一節があります」


 研究員は、ゆっくりと読み上げた。


『私達は莫大な費用をかけて、将軍の遺体を探し出しました』


 山本の目が細くなった。

 研究員は続けた。


「過去に送るためには、対象人物の遺体が必要なのではないでしょうか」


 会議室の空気が変わった。

 突飛な仮説だった。

 だが、完全に否定することもできなかった。


 山本五十六は反論した。

「墓なら、他の将官にもあるだろう」


「はい。ですが、未来まで残っているとは限りません」

 研究員は、未来から届いた資料を広げた。


「『未来からの贈り物』によれば、東条英機閣下を初めとする政府首脳は占領軍に処刑され、遺骨は海に撒かれたとあります」

「ですが、山本閣下のご遺骨は、多磨霊園から故郷である新潟県長岡市の山本家の菩提寺、長興寺へ改葬されたとあります」


 山本は息を呑んだ。

 研究員はさらに続けた。


「未来の世界で、東郷平八郎元帥をはじめとする英霊が眠る多磨霊園が破壊されているのではありませんか」


 山本は思わず声を上げた。

「あっ……」


 自分だけ、遺骨が疎開して残ったのか。

 消えているのは、送り主ではない。

 受取人の遺体なのかもしれない。


 もし、未来のタイムマシーンが過去へ物を送るために、受取人の遺体を必要とするのなら。

 未来に遺骨が残っている者だけが、受取人になれる。

 だから、山本五十六には届いた。

 だから、多磨霊園に眠るはずの他の英霊には届かない。


 そして、ミハイル・カラシニコフへの贈り物も止まった理由もそれかもしれない。


 本来の歴史なら、ミハイル・カラシニコフはソビエトの偉人として、国営墓地なりに立派な墓を残すはずだ。

 だが、この歴史では違う。

 日本に亡命した彼が、このまま日本のどこかに埋葬されることになれば、未来のソビエトには彼の遺体が残らない。

 未来の送り主は、送り先を失う。


 明確な証拠は何もない。


 推論に推論を重ねた、何の確証もない仮説にすぎない。


 だが、何もしないわけにはいかなかった。

 山本五十六は立ち上がった。


「すぐに、東郷平八郎元帥の遺骨を多磨霊園から移すぞ」


 会議室がどよめいた。

 あまりにも不確定な話だった。

 だが、未来からの贈り物そのものが、不確定の塊だった。


 確かなことを待っている間に、未来が失われるかもしれない。

 こうして、多磨霊園の遺骨疎開が始まった。

 東郷平八郎元帥をはじめ、未来の日本にとって象徴となりうる人物たちの遺骨は、一か所に集めないようにされた。


 各自の出身地や親族の暮らす土地へ。

 遺骨は、分散して移された。


 遺骨は分散され、多磨霊園には墓標だけが残された。

 それは敵から遺骨を守り、未来との接点を守るためだった。


 ドイツ人たちは、ドイツの滅亡を回避するために動いている。

 ならば、日本もまた、日本の滅亡を回避するための手を打たなければならなかった。


 未来へ届く道を守るのは、今を生きる者たちの仕事だった。

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