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ハワイ結婚式

 昭和十五年五月。

 飛行機学校に来たとき、まだ14歳の少女だったグラディスは19歳の大人になっていた。今はアメリカ海軍のパイロットで立派な軍人だ。

 海軍のパイロットは大半が将校だが、黒人パイロットはNaval Aviation Pilot略してNAPと呼ばれる少数派の下士官パイロットだった。

 それでも、黒人のパイロットは彼女達しかいない特別な存在だった。


 アメリカ海軍太平洋艦隊所属になった航空巡洋艦メアリー・イーストマンは、真珠湾に寄港した。

 艦に乗る黒人たちは、ハワイに来てからというもの、言いようのない違和感を覚え始めていた。

 自分たちは確かにアメリカ海軍の軍人であるはずなのに、受ける扱いがあまりにも悪い。


 海軍軍人が利用できるはずの施設には入れてもらえない。上陸しても泊まる場所すらなく、夜になれば結局、艦に戻って寝るしかなかった。


 グラディス・カーターは、オスカー・タンクと結婚式を挙げようとしていた。

 オスカーは、同じ飛行学校で学び、同じ部隊に配属された恋人であり、戦友でもあった。

 二人は、本来の歴史とはまったく違う人生を歩んでいた。だが、6888シックス・トリプル・エイトの一員として出会い、愛し合う運命だけは変わらなかった。


 結婚式を控えたオスカーは、海軍軍人として礼服を支給してほしいと白人上官に願い出た。軍人である以上、礼服で結婚式を挙げるのは当然の権利だ。参列する戦友たちも礼服姿で二人を祝福したいと、白人将校に願い出た。


 だが、返ってきたのは冷たい拒絶だった。


 そればかりか、上陸するときは軍服を着るなと命じられた。黒人の海軍軍人など、彼ら以外には存在しない。

 本物の軍人だと思われず、憲兵に殴られる。そう言われ、彼らはしぶしぶ私服に着替えて上陸した。


 軍人として当然の権利すら認められないのか。

 そう思うと落胆した。

 だが同時に、黒人なのだから仕方がない、という諦めもあった。


 二人は式を挙げる教会を探して歩いた。だが、白人の牧師たちは話すら聞こうとしなかった。

 ウェディングドレスとタキシードを借りようと貸衣装屋を訪ねても、黒人になど貸せないと、取りつく島もなく追い返された。


 当時のハワイでは、もともとの住民であったハワイ人は、すでに全体の一五パーセント前後にまで減っていた。

 二六パーセントを占める白人が支配者のように振る舞い、労働者層では三七パーセントを占める日系人がもっとも多く、そこにフィリピン人や中国人が続く。

 黒人は、総人口二十四万人を超えるオアフ島の中でも、千人に満たないほどの少数派だった。

 彼らは、アメリカ本土以上に低く見られていた。


 二人がバスに乗ろうとしても乗車拒否された。

 朝早く、真珠湾から20キロあまりの長い道のりを歩き続け、二人がモイリイリ地区までたどり着いたころには、昼になっていた。

 そこでようやく、服を貸してくれる店を見つけた。


 店主は、ハワイに根を下ろした日系アメリカ人だった。グラディスとオスカーの話を聞いた店主は、少し考え込んだ末に、ある教会を紹介してくれた。

 日本人社会にゆかりの深い、リバー・ストリート・メソジスト教会だった。


 店で手伝いをしていた日系人の少年も、黒人だからといって二人を避けたりはしなかった。

 むしろ驚くほど親切に教会までの道を案内してくれた。


 少年は、ダニエル・ケン・イノウエと名乗った。そして、気軽にケンと呼んでくれと言った。


 グラディスは、自分が軍から支給された靴を履いているのに、その日系人の少年が裸足でいることに気づいた。すると少年は、少し照れたように笑って言った。


「靴は、結婚式みたいな特別な日のためのものだから」


 その言葉を聞いたとき、グラディスは思わず胸を衝かれた。

 自分は差別されている。

 それでも黒人の中では恵まれている側なのだと、初めて思い知らされた。


 ケンは黒人なだけでレストランにも入れないグラディス達を自分の家に招待すると昼食を振る舞ってくれた。

 ライスとミソ・スープに魚を焼いた物と野菜の塩漬けが出てきた。

 決して裕福には見えないケンの家族は温かく迎え入れてくれた。


 グラディスとオスカーは、自分たちを祝福してくれたその少年に、昼食のお礼として靴をプレゼントした。少年は贈られた靴を履き、晴れ着のように大切そうにして、結婚式に来てくれた。


 二人は日系人の牧師に祝福され、戦友たちに見守られながら、ささやかな結婚式を挙げた。

 招待した白人将校は一人も姿を見せなかった。


 式の最中、グラディスは不思議な現実に気づいていた。


 ハワイはアメリカの領土だ。それなのに、この島には敵国人であるはずの日本人が大勢住んでいる。

 そして、自分たちを同じ人間として祝ってくれたのも、その日本人たちだった。


 白人は誰一人として、自分たち黒人を、同じ人間として見てくれなかった。


 結婚式を終えたグラディス達が航空巡洋艦メアリー・イーストマンに戻ると、同型艦が真珠湾に寄港していた。

 向こうの飛行甲板を見ると、黒人が何人も働いていた。

 自分達と同じ6888飛行学校の後輩達だ。

 自分達以外にも次々と黒人のパイロットが誕生していた。

 グラディスは黒人が大統領になり、平等な時代が訪れる、明るい未来を夢見ていた。



 新しい航空巡洋艦の船体には艦名が書かれている。


「ウィリアム・ギルモア・シムズ」


 そして、格納庫の側面には『剣と糸巻き棒』の絵が描かれていた。

 それは、アメリカ南部出身の小説家、政治家、歴史家だったウィリアム・ギルモア・シムズの小説『剣と(The Sword)糸巻(and the)き棒(Distaff)』をモチーフにした絵だった。

 航空巡洋艦の艦名は他の軍艦とは異なる命名規則が与えられていた。

 黒人奴隷制度を肯定する白人至上主義の作家。

 南北戦争時代に奴隷制度を肯定する南部の人間が書いた『アンクルトムの小屋』とは真逆の作品を作り上げた人々。

 それは、黒人を使い捨ての部品にする兵器の名前として、ルーズベルト大統領が考えた命名規則だった。



 グラディスが結婚式を挙げたのと同じころ、カンザス州のオーガスタ高校の卒業パーティーの夜に結婚したスタンリー・アーマー・ダナムとマデリン・リー・ペインの二人は結婚式に踏み込んできたFBIに逮捕された。

 逮捕状には全く身に覚えの無いテロ容疑だと書かれていた。

 FBIの捜査官は二人を乱暴に扱い、連行した。

 この男は普通の捜査官ではなく、大統領直属の捜査官だった。

 手錠をかけられたマデリンの髪の毛を乱暴に掴んだ捜査官は意味不明な暴言を吐いた。


「オマエの娘は黒人(ニグロ)に股を開く雌犬だ!」


 結婚したばかりの二人の間には、まだ子供なんていない。

 マデリンはいったい何を言われているのか理解出来なかった。

 二人は身に覚えの無い罪状で死刑を宣告された。控訴する間も与えられず、高校を卒業したばかりの若い二人は電気椅子で処刑された。


 特別捜査官からの報告を受けたルーズベルト大統領は安堵していた。


黒人(ニグロ)がアメリカ大統領になる事などあってはならん、事前に防げたことは僥倖だ」


 処刑されたのは、まだ生まれてもいない第44代アメリカ合衆国大統領の祖父と祖母になるはずの二人だった。

 黒人(ニグロ)に股を開いた白人の女が産んだ子供が第44代アメリカ合衆国大統領になる未来など、一滴でも黒人の血が入れば黒人と見なす差別時代の常識では許されない事だった。

 ルーズベルト大統領は自分の机に隠しているノートパソコンを取り出すとぼやいた。


「コレを送ってきたマイケル・ミルケンとか言う金融投資家は、黒人(ニグロ)が大統領になった事を過去に伝えないのは手落ちだろう」

「未来の世界が滅亡に瀕している原因は、黒人(ニグロ)が大統領になったせいではないか」


 ルーズベルト大統領は勝手な思い込みに納得したが、また一つ、未来が消えた事には気付かなかった。

 ルーズベルト大統領は断片的な未来の情報を勝手な妄想で補完していた。


「ドナルド・トランプとかいうアメリカを滅亡に追い込んだ大統領も黒人にちがいない、人種隔離政策の徹底が必要だ」


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― 新着の感想 ―
もうアメリカは未来には行けないんだな 現状を変えてほしいと願った未来からの贈り物で現代の価値観が固定される皮肉
アメリカ合衆国大統領ではなく白人だけの大統領か
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