ゾーベス村
昭和14年11月
ザクセン州フォークトラント地区ゾーベス村は人口460人しか居ない僻地の農村にすぎなかった。
この村はエリザベート・フォン・フォイツ=レーツ夫人が所有するノイエンザルツ荘園の一部だった。
この時代の荘園領主は、領主裁判権のような特権こそ失ったが、財産としての貴族の荘園は依然として維持され、事実上の農場領主制が維持されている中世時代の残滓みたいな村だった。
ドイツを占領支配するフランスにとって、どうでも良い僻地の農村にすぎなかった。
ゾーベス村の近くではドイツ南東部を結ぶ重要な交通網としてアウトバーン74号線の建設計画が始まったが、二度目の敗戦によりアウトバーン74号線は計画図の線しか存在しないまま放置されていた。
本来の歴史では、ゾーベス村は東ドイツに組み込まれ、中断した工事の再開は1990年以降の東西ドイツ統一以降にまで遅れ、2009年に完成するまで80年もかかるはずだが。
この世界では永遠に再開しないまま、ローマ街道のようにアウトバーン自体が消滅しそうになっていた。
そんな、ゾーベス村の畑の真ん中で熱心に穴を掘る一団がいた。
ドイツ人は日本が開発に成功した原爆を、自分達も手に入れるためにウランの採掘を秘密裏に行っていた。
『未来からの贈り物』によれば、ゾーベス村にはドイツのフォークトラント地方でも有数のウラン鉱床がある。
1949年から1964年の間にソビエトと東ドイツの合弁会社ヴィスムートによって5031トンのウランが採掘される場所だ。
ドイツを占領しているフランス軍に知られるわけにいかない。
他にも有力なウラン鉱床はあったが、誰にも気付かれない田舎だから、ゾーベス村が選ばれた。
日本が手に入れたシンコロブエ鉱山のウラン鉱石は平均2%強を誇る世界で最も高品位だった。
日本の人形峠もウランが産出するが、低品位の砂岩型鉱床で0.03%から最大でも0.05%しかない。
40倍以上も差がある低品位は、未熟すぎる技術で扱える物では無かった。
それに対して、ゾーベス鉱山は局所的には非常に高品位が出るので、良い塊だけ切り出せばシンコロブエ鉱山に匹敵する鉱脈だ。
それも、ドイツ内陸部の田舎でフランスとの国境から遠く、人通りも限られ、悟られる危険が小さい場所にある。
何も無い僻地の農村に、静かに坑道が掘られた。
採掘作業はツルハシとシャベルに頼る過酷な物になった。
今のドイツには重機どころか、重機を動かすための燃料すらない。
フランス政府がドイツへの石油輸入を禁止、人造石油の工場も破壊され、石油で動く物は消え去っていた。
ドイツは馬車で物を運ばなければならなくなっていた。
それでも、近隣住民が協力的だったのが幸いした。
ドイツが受けた屈辱は田舎の村にも伝わっている。
彼らも、ドイツを取り戻したいと願う気持ちは同じだった。
掘り出された鉱石は馬車で運ばれ、ザーレ川右岸の支流の一つ、ヴァイセ・エルスター川で船に積み替えた。
そこから、エルベ川を下り、ハンブルク港でやっと大型船に積み替えが出来る。
非効率的な採掘作業だが、誰にも見つかるわけにはいかない。
彼らは黙々と静かに掘り続け、日本にあるウラン精製工場へ運び出した。
ドイツ人には大きな疑問があった。
どうして誰もドイツ人に『未来からの贈り物』を贈ってこないのか。
日本には多数の『未来からの贈り物』がある。
ソビエトにも受け取っていた人間がいることは確認されている。
アメリカにもいる事は間違いない。
イギリスにもフランスにも居る。
フィリピンのような後進国にまでいた。
それなのに、どうしてドイツだけ居ないのか。
その答えは仮説にすぎなかったが、ドイツ人は確定した事実として信じていた。
ドイツはフランスに滅ぼされ、未来の世界に存在しない。
日本が手を差し伸べてくれなかったら、ドイツは滅亡寸前だった。
フランスを滅ぼさなければドイツが滅びる。
ドイツ人はフランスから受けた屈辱から発した怒りと、自分達の未来が消される恐怖の両輪で動いていた。
怒りと恐怖の両輪に挟まった荷台には、慈悲が載る余地はなかった。




