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嘘の核実験

 何もできないまま、醍醐大佐をはじめとする親善訪問団は、練習艦八雲に乗って帰国した。

 牟田口と大西は開き直り、別の手を打った。


 牟田口の密使となった大西は、アメリカ海軍のPBYカタリナ飛行艇に乗り、大急ぎでアメリカへ向かった。

 マニラ → グアム → ウェーク → ミッドウェー → 真珠湾 → サンフランシスコ → ワシントンDCと大急ぎでホワイトハウスへ向かった。

 練習艦八雲が呉に帰港したのとほぼ同時に、一週間で大統領の前へたどり着いた大西は、大博打に出た。


 一向に進まないウラン調達と核開発に業を煮やしていたルーズベルト大統領は、牟田口の提案に乗った。

 本来であれば、マンハッタン計画は重要機密であり、原爆が敵の頭上に落ちる日まで秘匿すべきものだった。

 だが、牟田口が持ってきた『未来からの贈り物』の存在から見て、日本はすでに原爆開発に着手している。

 このままでは開発が間に合わず、先に日本が核兵器を手に入れてしまう。

 その事態を避けるため、ルーズベルトは賭けに乗った。


 ルーズベルト大統領は、本来の歴史とは逆方向へ舵を切った。

 自らラジオに出演し、世界に向けて演説した。


「アメリカ軍はニューメキシコ州の砂漠で、人類初の核実験、トリニティ・テストを実施する」


 完全なハッタリだ。

 アメリカはまだ、ウランすら満足に手に入れていない。


 第一次世界大戦中に起きたメシヌの戦いでは、イギリス軍が百万ポンドのアンモナル爆薬を仕掛け、爆破した。

 今のところ、軍事行動として行われた爆発としては世界最大である。

 ルーズベルト大統領はそれを一桁上回る、一千万ポンドの高性能爆薬をかき集め、ニューメキシコ州の砂漠で一度に爆破させた。

 一千万ポンドの爆薬は、TNT換算で約四・五キロトンにもなる。


 広島に落ちる原爆の一割以下とはいえ、人類史上、誰も見たことのない規模の爆発だった。

 砂漠に巨大な火球が生まれ、空には成層圏に届かんばかりのキノコ雲が立ち上った。


 ルーズベルト大統領は、集まった記者たちに誇らしげに語った。


「アメリカ合衆国は、人類史上最強の兵器を手に入れた」

「この爆弾が落ちれば、艦隊は一瞬で消滅し、都市は灰燼に帰す」


 日本は、アメリカが世界で最初の核保有国になる未来を知っているはずだ。

 そして、核兵器が自分たちの上に落とされた歴史も知っているはずだ。


 それならば、アメリカが先に核兵器を手に入れた情報は敵に攻撃を躊躇させるのに十分なはずだ。

 ハッタリで時間を稼ぎ、その間に本物を手に入れる。

 それが最適解だと、ルーズベルト大統領は確信していた。


 ルーズベルトの予想通り、大日本帝国はパニックに陥った。

 本来の歴史より早く、アメリカが原爆を手に入れてしまった。

 核爆弾を落とすと脅されれば、容易に戦争は始められない。

 一刻も早く対等の力を手に入れなければならないと、日本は焦った。


 そして、牟田口の心配は杞憂だった。

 醍醐大佐をはじめとする訪問団は何か変だと思ったものの、それ以上、具体的な行動を起こしてはいなかった。


 嘘の核実験の話題が一段落したところで、ルーズベルトはマンハッタン計画よりも重要な機密の存在を暴露した。


「大日本帝国は、未来人がタイムマシンで送ってきた『未来からの贈り物』を持っている」


 その証拠として、ルーズベルトは牟田口が持ってきた本を一般公開した。

 それは、まだ起きていない第二次世界大戦の記録だった。


 まだ何も起きていない。

 だがそこには、日本がこれから行うことになる非道が記されていた。

 日本の侵略によって、フィリピン人の死傷者は百万人に上る。

 その中でも、特に悲惨な事件が取りあげられた。


「バターン死の行進」


 アメリカとフィリピンの軍人が、日本軍の蛮行によって三万人以上も殺される。

 名誉ある戦死ではない。

 非道な捕虜虐待によって、八万人の捕虜のうち三万人が殺されるのだと断言した。


 少し大げさに数字を盛った上で、ルーズベルト大統領は、大日本帝国は世界征服を企む悪の国家であり、戦争になれば世界中で虐殺が始まると訴えた。

 さらに、『未来からの贈り物』に書かれていた、捕虜となった将校の話を持ち出した。

 その将校は後ろ手に縛られたまま日本兵に銃剣で殺害され、道端に埋められたという。

 ルーズベルトはその話を用いて、日本軍の非道を訴えた。


 その話を聞いた、第2騎兵に勤務していたジョン・テイラー・ウォード大尉は青ざめた。

 まさか、自分が数年後に日本兵に殺される話を聞かされるとは思わなかったからだ。

 しかも、捕虜となり、縛られたまま炎天下を歩かされ、日本兵に銃剣で刺し殺されて道端に埋められるなど……


 『未来からの贈り物』の存在は、大勢の人間を恐怖のどん底に叩き落としていた。


 ルーズベルト大統領が牟田口と取引した話は、その後に続いた。

 未来の虐殺を知った一人の日本陸軍将校が反乱を起こし、アメリカに亡命したと公表された。

 ルーズベルト大統領は、フィリピンで起きる悲劇を未然に防ぎたいと訴えたその将校を、フィリピン軍に派遣した。


 その人物こそが、腐敗と汚職にまみれたフィリピン社会を正した英雄、レオナルド・レイエス・ムタグチ元帥である。


 牟田口は自分の正体が露見する前に、アメリカ大統領の口からそれを公表させた。

 これで正義は自分にある。

 もはや正体が知られても、自分の地位が揺らぐことはない。

 それどころか、GHQが撤退した後に生まれる新しい日本の国家元首にふさわしい人物だと、万人に認めさせる材料にすらなる。


 大西は牟田口から真実を知らされ、世界平和を守るために日本を捨てたと宣言した。

 大西には正式にアメリカ空軍大佐の地位が与えられ、同時にフィリピン空軍少将の地位も与えられた。

 それは、フィリピンに駐留するアメリカ航空部隊の指揮権を与えられたことを意味していた。


 アメリカ人もフィリピン人も、ムタグチ元帥こそが大日本帝国の侵略から自分たちを守ってくれる英雄だと信じた。


 ルーズベルト大統領は、都合のよい形で情報を公開した。

 自分が持っていた『未来からの贈り物』も、すべて牟田口から提供されたことにした。

 そして大日本帝国を、インチキな力で世界を支配しようとしている悪者に仕立て上げた。


 さらに、ルーズベルト大統領には、牟田口の悪知恵に乗った見返りがあった。

 これから始まる戦争で、何万人ものアメリカ人が死ぬのは望ましくない。

 日本への上陸作戦は、フィリピン軍に肩代わりさせる。

 その取引が、すでに交わされていた。


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ムタグチ元帥がここまでやれる男とは…
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