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航空巡洋艦メアリー・イーストマン

 アメリカ海軍で女性の名を冠した艦は、決して多くなかった。

 独立戦争期の砲艦レディ・ワシントンのような例はあるが、主力艦に女性の名を与えるのは異例だった。


 その異例の名を与えられたのが、航空巡洋艦メアリー・イーストマンである。


 艦名の由来となったメアリー・ヘンダーソン・イーストマンは、著名な陸軍軍人の妻である一方、彼女自身も歴史家であり、小説家でもあった。


 航空巡洋艦メアリー・イーストマンの艦首には、二十センチ三連装砲塔が二基据えられていた。

 その後方には二基のカタパルトと、長さ百二十メートルの飛行甲板が設けられている。

 短い飛行甲板では着艦効率が悪い。だが、それは最初から、発艦した航空機が着艦する事を切り捨てた設計だったからだ。


 格納庫には三十二機を収容できる。

 排水量一万三千四百トン、全長百九十四メートルに達する大型艦だった。

 本来搭載されるはずの艦載機はまだ完成しておらず、当面は訓練用として旧式の艦上爆撃機が積まれていた。


 海軍のパイロットは大半が将校である。

 だが、黒人パイロットたちは、Naval Aviation Pilot、略してNAPと呼ばれる少数派の下士官パイロットとして任命された。


 グラディスには三等兵曹の階級が与えられ、黒人女性初の海軍パイロットとなっていた。

 海軍どころか、アメリカ全軍を見渡しても、黒人女性の軍用機パイロットはグラディスただ一人だった。


 普通なら大きな話題になるはずだった。

 しかし、どの新聞も彼女を取りあげなかった。


 軍は彼女たちを、兵器を動かす使い捨ての部品としてしか見ていなかったからだ。

 だからこそ、女であろうと黒人であろうと、操縦が優秀ならばパイロットとして採用された。


 訓練航海に出た航空巡洋艦メアリー・イーストマンは、さっそく旧式の艦上爆撃機を使った飛行訓練を始めた。

 黒人に飛行機の整備ができるのか。

 黒人に軍用機を操縦できるのか。

 不安視していた白人の艦長は、彼女たちの操縦が信じがたいほど巧みであることに驚かされた。


 彼女たちの操縦技術には秘密があった。


 彼女たちは、白人に教えれば必ず奪われると思い、『未来からの贈り物』を隠していた。

 これは黒人だけの秘密だ。

 彼女たちは、そう固く誓い合っていた。


 全員が同じ、太い樹脂フレームの黒い眼鏡をかけている。

 目が悪いからではない。

 この眼鏡こそが、『未来からの贈り物』だった。


 眼鏡には、AIスマートグラスと書かれていた。

 彼女たちには理屈がよく分からなかったが、二回目に送られてきたものは、金属の箱に電源コネクターが付いた機械だった。眼鏡と一組で使うものらしい。


 金属の箱には、AIサーバーと書かれている。

 電源以外をつなぐ場所はない。だが、眼鏡とは無線でつながっているようだった。

 説明書には、三百メートルほど離れても使えると書かれていた。

 さらに、箱同士を一定の距離で並べておけば互いに連携し、大きな建物一つほどの範囲を覆えるらしい。


 彼女たちは、その箱を飛行機に積み込んでいた。


 不思議な眼鏡だった。

 読めない文字や意味の分からない言葉があれば、すぐに解説してくれる。

 帳簿を見れば、自動的に合計金額を計算し、間違いまで探してくれる。

 空を見上げれば、六分儀を使った天測のようなことを一瞬で行い、現在位置を表示してくれる。

 機械操作も眼鏡が覚えてくれるため、複雑な作業でも手順を間違えずにこなせる。

 暗闇でも濃霧でも、物の形がはっきりと見える。

 それどころか、飛行機のエンジン音を聞いただけで、どこが悪いのかまで言い当ててくれる。


 誰でも天才科学者のように振る舞える、魔法の眼鏡だった。


 本来の歴史であれば、グラディスは第6888中央郵便大隊の一員として、郵便業務に従事しているはずだった。

 送り主は、どれほど複雑な事務作業でも、郵便配達でも、電信のような技術を必要とする仕事でも完璧にこなせる道具を与えたつもりだった。

 だが、グラディスは未来からの歴史干渉という悪戯によって、航空機パイロットになっていた。

 極めて汎用性の高いAIスマートグラスは、パイロットにも整備員にも役立つ道具だった。


 飛行訓練が終わると、グラディスは眼鏡を外し、船室で本を読んでいた。


 飛行学校は、みな良い人ばかりだった。

 もとは高校教師だったウィラ・ブラウンは、生徒たちに航空機の知識だけでなく、読み書きから文学まで教えてくれた。

 そのおかげで、グラディスは本を読めるようになっていた。


 グラディスは、本来の歴史なら戦後に軍を除隊してからバージニア州立大学に通い、社会学の学士号と教育学の修士号を取得するはずだった。

 そして、教育者として二十五年間働くはずだった。


 自分の未来を知ったグラディスは、戦争が終わったら、退役軍人が使える奨学金で大学を受験するつもりでいた。

 文学の素晴らしさを教えてくれたウィラ・ブラウン先生のような立派な教育者になるために、今は黒人女性初の海軍パイロットを勤め上げようと決めていた。


 グラディスが読んでいる本は、船の名の由来となった小説家、メアリー・ヘンダーソン・イーストマンが書いた『フィリスおばさんの小屋』だった。

 それは『アンクル・トムの小屋』に反論するために書かれた、奴隷制度を肯定し、慈悲深い白人農場主を描いた小説だった。


 グラディスは、自分が黒人であるにもかかわらず、黒人奴隷のフィリスおばさんではなく、黒人奴隷に優しく接する白人の少女、アリス・ウェストンに自分を重ねていた。


 グラディスは夢を見ていた。


「未来のアメリカでは、黒人でも大統領や国務長官になれる。それは遠い未来ではない。私が生きている時代なんだ」

「私が老婆になったころ、黒人の大統領が私を表彰してくれる」

「死んだら、黒人大統領の娘が葬式に来てくれるんだ……」


 本来の歴史には存在しなかった船が、何のために造られたのか。

 どうして黒人女性のパイロットが認められたのか。

 彼女はまだ、何も知らなかった。


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― 新着の感想 ―
片道航空券(暗喩)の空母って恐らく戦後は闇に葬られるんだろうなぁ……
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