理解されない英雄
ラインラント事変から始まった仏独戦争は、開戦から三週間でフランス軍の圧勝に終わった。ドイツは再び敗者となった。
そして、フランス占領当局の軍事法廷によって3165人のドイツ人が処刑された。ギロチンの刃がこれほど多くの人間の首を落としたのは、フランス革命以来の出来事だった。
昭和十二年四月、仏独戦争の開戦から一年が過ぎたころ、ある種の議論が盛んに交わされるようになっていた。
ドイツに対する処罰が酷すぎるのではないか、そんな声が欧州諸国から上がっていた。
そうした周辺諸国の声を受けて、フランス国内でも左派系の新聞や法律家、聖職者たちが抗議を始めるようになった。
フランスには第一次世界大戦で家族をドイツに殺された人間が多いだけに、報復を当然と考える人間が多数派だが、それでも酷いと思う人間が出るほどだった。
その声は、軍人の間にも勝者の余裕として広がり始めていた。
フィリップ・ペタン元帥の評価はゆらいでいた。
ヴェルダンの英雄。
第一次世界大戦でフランスを救った老元帥。
そして今や、ドイツを屈服させた勝利の象徴である。
だが、その名声に、虐殺者の汚名がつき始めていた。
ポーランド系ユダヤ人の法律家ラファエル・レムキンは、フランスの行為を激しく非難した。
彼は、これを単なる戦後処理ではなく、民族集団そのものを罰する危険な犯罪であると論じた。
「ナチス党員というだけで断頭台へ送られるなら、近代法は死んだ」レムキンはそう訴えた。
彼はドイツの擁護者ではない。
むしろ、ナチスの暴力性と差別主義を、早くから危険視していた一人であった。
だが、この世界では、ナチス政権はその本性を世界に見せる前に崩壊した。
ヒトラーは暗殺され、党幹部はギロチンにかけられ、支持者は離反した。
ユダヤ人の大量虐殺は起きなかった。
東欧の森に死体の山は築かれず、絶滅収容所は造られなかった。
だから、東欧の人々が見ているものは違っていた。
彼らの目に映っているのは、未来の虐殺者ではない。
敗北したドイツであり、勝者フランスの軍事法廷で次々と処刑されていく人々だった。
第一次世界大戦中、ポーランドやリトアニアなどで差別的な扱いを受けていたユダヤ人に対し、ドイツ軍は「解放者」のように振る舞った。
もちろん、それは慈善ではない。
占領地を円滑に管理し、ロシアに対する情報収集と経済協力の基盤を築くための、現実的な軍事政策であった。
それでも、東欧ユダヤ人には、ドイツをロシア帝国の圧政から救ってくれた解放者として覚えている者が大勢いた。
その記憶が、いま奇妙な形でよみがえっていた。
「ドイツ人を民族として罰してはならない」
東欧ユダヤ人を中心に、ドイツへの恩赦を求める運動が起こり、それは欧州全土へ波及し始めていた。
彼らはナチスの正体を知る事が出来なかったからだ。
フランス政府は、ペタンの扱いに困り果てていた。
第一次世界大戦でペタン元帥はフランスを救った。
ヴェルダンを守り、兵士を無駄死にさせず、一九一七年の軍反乱後には軍を立て直した。
彼は、兵士の血を知る将軍だった。
無謀な突撃よりも火力を、精神論よりも兵站を、栄光よりも生存を重んじた名将だった。
そのペタンが、ラインラント事変でも勝利をもたらした。
フランス側の犠牲は、驚くほど少なかった。戦争は三週間で終わり。
即位したばかりのドイツ皇帝はフランスの傀儡となり、ドイツ軍は消滅した。
国民は彼を英雄と呼んだ。
新聞は彼を「二度フランスを救った男」と書いた。
だが、その勝利のあと、ペタンは変わった。
いや、変わったように見えた。
彼は政府の命令を無視した。占領地で行われた軍事裁判、ドイツ軍人の追放、ナチス党員とドイツ軍人への苛烈な処刑。
そのすべてにおいて、ペタンは文民政府の統制を拒絶した。
まるで自分こそがフランス国家そのものであるかのように振る舞った。
大統領も、首相も、議会も、彼にとっては未来で何が起きるのか知らない愚者にすぎなかった。
「フランスを救ったのは誰か」
そう問われれば、国民はペタン元帥の名を挙げる。
だからこそ政府は、彼を罰することも、退けることもできなかった。
昭和十二年四月二十四日。
八十一歳の誕生日を迎えたペタン元帥は、パリで開かれた誕生祝いの席に姿を見せた。
集まったのは、政治家、将軍、高級官僚、退役軍人団体の代表などフランスの大物達であった。
その席でペタンは、出席者の誰もが予想しなかった言葉を口にした。
「自分の後継者は、シャルル・ド・ゴールである」
会場が静まり返った。
ペタンは続けた。
「彼こそ未来のフランス元帥であり、いずれ大統領となる人物である」
翌朝、その言葉は新聞に載った。
そして、フランス全土に広く知られることになった。
本来の歴史なら、まだ中佐に留まっていたはずの男である。しかしこの世界では違った。
ラインラント事変の直前、ペタン元帥は強引にド・ゴールを大佐へ昇進させ、戦車連隊長に据えた。周囲の反対をペタンは聞かなかった。
「これからの戦争を理解している者が必要だ」
老元帥はそう言った。まだ四十六歳の大佐を、老元帥の後継者に指名する。それは、あまりにも順番を飛ばしすぎていた。
ペタンに次ぐ旧世代の重鎮であり、保守派から信頼の厚いマキシム・ウェイガン将軍は、露骨に不快な表情を浮かべた。
政界の多くは、穏健で扱いやすいモーリス・ガムラン将軍こそ、軍の頂点に置くべき人物だと考えていた。
軍内部では、実力派として知られるアルフォンス・ジョルジュ将軍こそ、将来の元帥にふさわしいと見る者も多かった。
彼らに比べ、シャルル・ド・ゴールは若すぎた。
彼は才気ある将校ではあったが、戦車と機械化部隊の集中運用を説く異端の理論家だった。
軍の主流派から見れば、彼はペタン元帥に引き上げてもらった、成り上がりの大佐にすぎなかった。
ペタン元帥の言葉に、その場で異を唱える者はいなかった。
しかし、それはシャルル・ド・ゴールを認めたからではない、ペタン元帥に逆らえなかっただけだった。
シャルル・ド・ゴールの戦歴は評価が良くなかった。
ドイツ軍を相手に、四対十九という無茶な戦力差で戦いを挑み、戦車の大半を失って後退した。
その尻拭いをしたのは、後から到着した三個師団であり、ド・ゴール自身に功績はない。
軍高官の多くは、そう見ていた。
しかし、ペタン元帥の考えは逆だった。
ドイツ軍に新型戦車が無ければ四対十九の戦力差でも圧勝していた。
敗因は戦車の性能差だ、ありったけの戦車をかき集め、ルノー社に無理を言って前線に技術者を派遣させてまで稼働させた。
だが、幼稚園児30人で大人1人に戦いを挑む結果になった。
だからこそ、ドイツから奪った新型重戦車の量産をルノー社とシュナイダー社に押しつけて無理にでも量産させた。
ドイツから奪った戦車砲を作れと言われたピュトー工廠はフランスの誇りを傷つけられたと感じて露骨に嫌な顔をしたが、強引にねじ伏せた。
そんな時代に、ド・ゴールはかつて著した『職業軍へ』以来の主張を、より強く前面に押し出し始めていた。
戦車と機械化部隊を集中して運用する。少数精鋭の職業軍を基幹とし、大量の戦車部隊によって敵戦線を突破する。
それは当時のフランス陸軍主流派から見れば、あまりにも異端的な主張であった。
ところが、保守派の象徴であったはずのペタン元帥は、まるで手のひらを返したかのように、ド・ゴールの構想を全面的に支持した。
「これこそ、未来のフランス軍である」
老元帥はそう言い切ったが、周囲には理解できなかった。
なぜ、兵士の血を惜しみ、防御と火力を重んじてきたヴェルダンの英雄が、突然、機械化部隊による攻勢作戦を称賛するのか。
なぜ、老いた元帥が、若い異端の戦車屋にそこまで肩入れするのか。
なぜ、ドイツへの処罰が、あれほど苛烈なのか。
だが、ペタンとド・ゴールには理由があった。
二人は『未来からの贈り物』によって、これからの戦争がどう変わるかを知っていた。
彼らは未来を知った上で語っていた。
しかし、他のフランス軍人にとって、それはただの異端でしかなかった。
本来なら、八十一歳のペタン元帥はとっくに引退しているべき年齢である。
だが『未来からの贈り物』によって、彼は自分が一九五一年七月二十三日に、九十五歳で死ぬことを知ってしまった。
まだ十年以上ある。
ペタンは本気でそう考えた。
老元帥はド・ゴールをフランスの指導者に押し上げるまで、軍の頂点に居座ると決心していた。
だが、その執念は周囲には狂気にしか見えなかった。
フランス政府は、ペタンを恐れ始めていた。
彼がドイツで行った苛烈な処分は、いまや国際問題になっている。
レムキンの告発は各国の法律家に読まれ、新聞は「フランスはドイツに何をしているのか」と書き始めていた。
しかもペタンは、その批判に耳を貸さなかった。
「未来を知らぬ者が、現在の慈悲を語る」
彼はそう言い捨てた。
ペタンには見えていた。もしドイツをこのまま許せば、別の形で災厄は戻ってくる。
ナチスの根を完全に断たなければ、やがて欧州はさらに大きな血を流す。
彼にとって、いまの苛烈さは未来の大虐殺を防ぐための手術だった。
だが、その未来を知らない人々にとって、ペタンの行為はただの虐殺に見えた。
そして、その未来を知らないレムキンにとっても同じだった。
彼は、ドイツ人を民族として罰してはならないと訴えた。国家の罪を、国民の血で洗ってはならないと訴えた。
彼は起きなかったユダヤ人虐殺を知らない。だからこそ、彼の目には、フランスこそが犯罪集団のように見えていた。
「ジェノサイド」
レムキンが命名した最大の犯罪は、この世界では別の相手に向けられた。
ナチスではなく、フランスへ。ユダヤ人虐殺ではなく、ドイツ人への報復へ。
ド・ゴールのさらなる昇進にも、反対意見が強まっていた。
参謀本部の廊下では、冷ややかな声が飛び交った。
陰では、シャルル・ド・ゴールはこう呼ばれた。
「虎の威を借る狐」
「ペタン元帥に気に入られただけの男」
「ペタン元帥の寵臣」
政界では別の声が強まっていた。
「ペタン元帥を引退させるべきではないか」
フランスは勝った。だが、勝利の英雄たちに国家を乗っ取られてはならない。
そんな空気が、フランスの政界から軍部にまで漂い始めていた。
ペタンは、未来の惨劇を防いだつもりだった。
レムキンは、現在の惨劇を止めようとしていた。
ド・ゴールは、未来の戦争に備えようとしていた。
ガムランも、ウェイガンも、ジョルジュも、それぞれのやり方でフランスを守ろうとしていた。
誰も、自分が間違っているとは思っていなかった。
勝利したはずのフランスで、英雄たちは理解されなくなっていた。そして、理解されないまま、次の争いの火種だけが、静かに積み上がっていった。




