未来人の代理戦争
筑波村へ亡命したミハイル・カラシニコフとフーゴ・シュマイサーの二人はロシア人とドイツ人で国も言葉も違うのに、親子か師弟のように仲良くしていた。
同じ銃職人の血が民族も国も超えて、二人を語り合わせていた。
まだ二十歳にもならないミハイルは、フーゴ・シュマイサーから銃の全てを教わり、銃職人の才能を開花させていた。
この青年が未来の世界で最高傑作と呼ばれ、世界最多の生産数を誇る小銃を生み出すのかと思うと、信じられない物があった。
二人は未来から贈られた銃の量産を始めるために、昼夜を惜しんで銃の開発に没頭していた。
そして、兵器生産に必要な希少金属がソビエトから送られてきた。
スターリンに取り入った亡命ドイツ人はソビエトで悪さをしていた。
冶金工場から出荷される、ニッケル、クロム、モリブデンなどの精錬されたインゴットを日本へ横流しした。
それは自分達ドイツ軍の装備を調えるための資源だったが、日本にもおすそわけされた。
ソビエトでは予定の半分しか届かない希少金属が不足した不良品が量産されていたが、腐敗しきったソビエトでは誰も文句を言えなかった。
文句を言えば、スターリンに取り入ったドイツ人にシベリア送りにされるからだ。
こうして、AK-47と呼ばれるはずの、ミハイルの銃は「四十七式歩兵銃」と名前を変えた。
ドイツ人はシュトゥルムゲヴェーア47と呼んだ、略してStG47と呼ばれる。
皇紀2599年に採用されたなら制式名は九九式のはずなのに、四十七という年式はどこから沸いて出たのか意味不明だった。
ゼロ戦や一式陸上攻撃機を始め、年式の数字が意味不明にズレるのはどうにもならなくなっていた。
軍機である『未来からの贈り物』を知らない人間には機密保持の為の秘匿名だと説明されているが、何の機密を守っているのか意味不明になっていた。
四十七式歩兵銃が完成した日、ミハイル・カラシニコフの元に新しい『未来からの贈り物』が届いた。
山本五十六以外にも受け取っている人間が多数存在すると予想はされていたが、出現した瞬間を直接確認できたのは初めてだった。
開けてみると、設計図が何十枚も入っていた。
歩兵用の軽機関銃らしい図面を見ると、これはミハイルが将来作る銃らしい。
中にはロシア語の手紙が入っていた。手紙を読んだミハイルは震えている。急いでロシア語が読める将校を呼ぶと、ミハイルから手紙を見せて貰った。
『ソビエトの英雄達は歴史から消えてしまった』
『最後に残っている英雄はカラシニコフ博士だけです』
『ソビエトは歴史から消えようとしています、私達は開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった』
『カラシニコフ博士がパンドラの箱の底に残った最後の希望です』
報告を受けた山本五十六は日本語に翻訳された手紙の文面を見て頭を抱えた。
ソビエトで大粛正の嵐が吹き荒れていることは日本にも伝わっている。
スターリンは『未来からの贈り物』を受け取った人間を皆殺しにしてしまった。
唯一の生き残りが運良く日本へ逃れたカラシニコフ博士だけなのか。
この一文がひっかかった。
『ソビエトは歴史から消えようとしています』
未来のソビエトを作るべき人間が何もせずに殺されてしまったなら、未来の世界にソビエトは存在するのか?
『未来からの贈り物』が歴史上の偉人を対象に送っているとするなら……
そこまで考えた山本五十六は最悪の可能性に気付いて叫んだ。
「まさか、滅びようとしている未来の日本には自分以外の偉人が存在しないのか!?」
「未来の世界はいったいどうなっているのだ!」
『未来からの贈り物』によれば人類史上最悪の独裁者になるはずだったヒットラーは歴史から消えてしまった。
現時点でのヒットラーの評価は独裁者でもなんでもなく、首相になって三日で暗殺された政治家にすぎない。
大英帝国を救う首相となるはずだったチャーチルもドイツ首相暗殺犯としてギロチンにかけられた。
歴史上の偉人になるはずの人間が何人も消えている。
『未来からの贈り物』の記述と現実の歴史は齟齬だらけになって、まるで噛み合わなくなっている。
未来人は歴史を良くするために過去に干渉していると信じていた。
だが、余計なお節介によって世界は破綻しようとしているのではないか……
そして、山本五十六の脳裏には重大な懸念が浮かんできた。
自分以外に『未来からの贈り物』を受け取っている日本人は未だに発見されない。自分が死んだら日本も消えてしまうのか。
軍人として死は恐れないつもりだったが、自分の死が日本の消滅に直結する可能性は自分の死より恐怖だった。
そして、膨大な数のドイツ人を受け入れてから、ずっと探しているが見つかっていない。ドイツには『未来からの贈り物』を受け取った偉人が存在しないのか?
陸軍の原中佐がドイツから連れてきたアドルフ・ヒューンラインという男に関しては記録が見つからなかった。
ナチス党の古参党員でナチス党の私兵組織である武装親衛隊の大将を名乗っていたが、今は亡命ドイツ軍少将として自動車部隊の指揮官を務めている。
彼は歴史上の偉人と呼ばれるほどの業績が何も無い人物なのだろうか?
今は亡命ドイツ海軍大将を名乗っているパウル・ヴェネッカー大佐についても資料がほとんど無い。
見つけた記述は戦艦大和の本に一行だけだった。
「1943年7月16日に戦艦大和を視察、乗艦した唯一の外国人」
それ以上の具体的な情報は何も無い。ヴェネッカー大佐が何時どこで死んだのか何も記録が見つからなかった。大和が沈んだ時に、一緒に沈んだのだろうか?
ドイツ機甲部隊の指導者になると書かれていたグーデリアン将軍は大佐のままフランス軍との戦闘で戦死した。
ドイツ軍の元帥になるはずだった将官も戦争犯罪者としてフランスに処刑されてしまった。
フランスにも『未来からの贈り物』を受け取った偉人がいると断定して間違いない。
そいつが未来の情報を元にドイツの偉人になる人間を芽の内に潰しているに違いない。スターリンの粛正と同じ事がドイツで起きているせいでドイツ人には『未来からの贈り物』が届かないのか?
今の世界はフランスを支配するはずのドイツが、逆にフランスに支配されている。
そして、ドイツは滅亡寸前まで追い詰められ、亡命政府が辛うじて生きている状態だ。未来のフランス人は歴史を逆転させ、フランスが勝利してドイツが滅亡する歴史改変に成功したと見るべきなのか。
だとすれば、現代で起きている事は未来人の代理戦争では無いか。
自分達は何者かに操られ、争わされている、そんな恐怖と不安が広がっていった。




