フィリピンの未来を託された男
昭和八年一月十七日に「フィリピン独立法」がアメリカ議会で可決されてから、十年の移行期間を経た、昭和十八年七月四日をもってフィリピンが独立国になる事が明文化された。
それから、昭和十年に憲法制定と初の大統領選挙が行われマニュエル・ケソンが大統領になった。
フィリピンを統治するフィリピン自治政府が誕生した今は、植民地から独立国への移行期間に入った孵化する前の国家だった。
そして、星条旗の庇護から離れ、自分の国を自分で守るための準備期間でもあった。
マッカーサーはアメリカ陸軍少将だが、ケソン大統領に気に入られてフィリピン軍元帥になっていた。
未熟なフィリピン軍の計画は実質的にはアメリカ軍が作成していた。
フィリピン軍の正規兵力は一個師団しかなく、国土は十軍管区に分けられ、各軍管区ごとに師団を編成して十個師団を設立する計画が始まったばかりだった。
独立の日までに十軍管区に三個師団を整え三十個師団にまで増やす予定だが、昭和十八年に独立国になる夢は、叶わぬまま日本軍の侵略を受けて先延ばしになる未来が待っていた。
今はまだ、フィリピン軍の制度そのものが、固まりきっていない時代である。
植民地の治安維持が任務だったフィリピン警察軍の名残を引きずっていた。
そんな曖昧な過渡期だったからこそ、異物が入り込めた。
ルーズベルト大統領からの親書を受け取ったケソン大統領は言われたとおりにムタグチを陸軍少将に任命した。
アメリカの真似をして作られたフィリピン議会は、儀式的にレオナルド・レイエス・ムタグチ少将を承認した。
建軍途上のフィリピン軍にいる、フィリピン人の将軍は五人だけだった。
参謀総長パウリーノ・サントス少将。
副参謀総長バシリオ・バルデス准将。
憲兵総監ホセ・デ・ロス・レイエス少将。
第一師団司令官ギレルモ・フランシスコ准将。
参謀次長ビセンテ・リム准将。
六人目の将軍としてレオナルド・レイエス・ムタグチ少将が加わった。
五人の中でも、ビセンテ・リム准将は牟田口に強い関心を持った。彼は1914年にアメリカ陸軍士官学校を卒業した最初のフィリピン人将校であり、アメリカ陸軍大学校を卒業した唯一のフィリピン人だった。
他の4人はアメリカ陸軍士官学校に行ったことは無い、フィリピン警察軍で軍人としてのキャリアを積んだ将官だ。
ビセンテ・リム准将に経歴を尋ねられた牟田口は陸軍士官学校を1910年卒、陸軍大学校を1917年卒だと答えた。それは日本陸軍の卒業年なのだが、アメリカ陸軍だと嘘をついた。
ビセンテ・リム准将は信じられない話に驚いた。
自分がフィリピン人初の卒業生だと思っていたら、四年も先輩がいたなんて聞いたことがなかったからだ。
陸軍大学校は1929年卒だから十年以上も先輩になる。
しかも、士官学校卒業から7年で陸軍大学校を卒業した経歴はかなりのエリートだ。
熱心に問い詰められた牟田口は嘘の上塗りをした。
「フィリピン人だと立場が悪いので日系人だと嘘をついて士官学校に入った」
士官学校で人食いリムと酷い渾名を付けられた、辛い過去を持っていたビセンテ・リム准将は素直に同情した。
彼がアメリカ本土にいた頃、フィリピンは野蛮人が木の槍をもって半裸で暮らしている国だと思われていた。
首狩り族や人食い人種がいる南海の島国だと思っているアメリカ人も少なくなかった。
まだ、対等な文明国だと認められていない。
自分より前の時代なら、嘘をつくのも仕方が無かったのかと納得した。
牟田口はこれ以上、深く追求されると困る。
ウエストポイントにあるアメリカ陸軍の士官学校なんて行ったことも無い。
ビセンテ・リム准将は自分より先輩で階級も上の牟田口に頭を下げた。
ルーズベルト大統領に信頼されて来たのだから、きっと凄い人だと勝手に思い込んでいた。
ビセンテ・リム准将はワシントンD.C.の陸軍大学校を卒業した、師団を指揮する技術を持つ唯一のフィリピン人将官だったが、彼は真面目な善人で、自分より格上の人間に嫉妬するどころか、これでフィリピン軍はもっと強く、立派になると純粋に喜んだ。
ビセンテ・リム准将は自分がアメリカの陸軍大学校で書いた論文「フィリピン諸島の軍事資産」を読んで欲しいと差し出した。牟田口には本格的な英語の軍事論文は手に余るので「後で読んでおく」と言って受け取った。
なんとか、フィリピン軍将官との面通しを誤魔化しきった牟田口は疲れきっていた。
4人はアメリカの士官学校に行ったことは無いらしいが、ビセンテ・リム准将だけはマズイ、本物の士官学校から陸軍大学校まで出ている。
卒業名簿を確認されたら一発でバレるが、先輩だと言うことになってしまったから、誤魔化すしかなかった。
牟田口はビセンテ・リム准将から押しつけられた論文を読むことにした。なんとか話を合わせて誤魔化さないと銃殺刑が待っている。大西にも手伝わせ、論文を読解した。
自称コンサルタントでしかない大西瀧治郎は恐怖に怯えていた。
この男の正体が海軍省を襲撃した指名手配犯の牟田口廉也だと知ってしまったからだ。
もう引き返せない。
牟田口の正体がバレたら自分も共犯として死刑になる。
大西瀧治郎は牟田口に協力する以外に生きる道が無かった。
ビセンテ・リム准将の論文を読んだ牟田口は、未来を知っているから誤魔化せると思った。翌日、日本軍が攻めてきた場合の防衛について話すと、食いついてきた。
ビセンテ・リム准将は自分の部屋に牟田口を案内すると、従兵に銀盆を運ばせた。
厚手の白いカップの中には、黒褐色の濃い液体が、とろりと重く光っている。
表面には細かな泡が立ち、ほのかに甘く、深い香りが湯気とともに立ちのぼった。
小皿には、金色に焼けた柔らかな菓子パンが添えられている。砂糖とバターの香りが、静かな室内にゆっくりと広がった。
フィリピンの事に詳しくない牟田口だったが、特別なもてなしである事だけは察した。
他の将官や軍人には聞かれたくない話なのか、従兵を追い出して人払いをすると熱心に正しいフィリピン軍の姿を語り出した。
フィリピン社会は汚職が横行している。
軍内部でも横領や横流しは日常茶飯事だ。
公共事業の予算は大半が腐敗した役人の懐に入ってしまう。
そんな中で、ビセンテ・リム准将は真面目な軍人だった。
アメリカの士官学校で叩き込まれた「義務、名誉、祖国」を重んじていた。
警察軍時代の腐った欠陥のある制度を新しい軍から排除したいと訴えた。
だが、自分は腐敗した悪党に囲まれている、彼らを排除する力も影響力もない、力を貸して欲しいと必死で訴えてきた。
牟田口は考えた、コイツは真面目すぎて浮いている。協力しても得るものがあるだろうか?
だが、私腹を肥やす腐敗軍人になっても、近い将来には日本軍に惨敗して占領される未来しかない。
こいつらは日本軍に殺されるだろう。
マッカーサー元帥に取り入って勝ち馬に乗るためにはどうすべきか考えていた。
その時、二人が囲んでいるテーブルの中央に何の前触れも無く、金属容器が出現した。
牟田口は見覚えがあった、海軍省の機密倉庫に並んでいた金属容器と同じだ。
まさか、これは『未来からの贈り物』のなのか?
ビセンテ・リム准将が突然現れた物体に困惑していると、牟田口は迷わず蓋を開けた。
中身は金の延べ棒と宝石が一杯に詰まってた。
『未来からの贈り物』はまるで小石でも詰めたかのように金と宝石で一杯だった。
その上に、古びた一枚の紙幣と封書が置かれていた。
古ぼけた汚い1000ペソ紙幣には三人の肖像が書かれていたが、一人はどう見てもビセンテ・リム准将だった。
手紙はタガログ語で書かれていた。
それは未来人からのメッセージだった。
『私達の父はマニラで小さな靴店を始め、フィリピンで一番の富豪になりました』
『亡き父は貧しい中で1000ペソ紙幣に描かれたビセンテ・リム将軍を心の支えにしてきました』
『将軍は最後まで侵略してきた日本軍に抵抗し、斬首され埋められてしまいます』
『私達は莫大な費用をかけて将軍の遺体を探し出しました』
『これは、私達六人の兄弟姉妹からの贈り物です』
『どうか、フィリピンを守ってください』
この古ぼけた紙幣はフィリピンで一番の富豪になった人物が大切にしていたお守りなのか。
『未来からの贈り物』を送ってきた家族は6人全員が億万長者で、六人兄弟姉妹を合わせた総資産は200億ドルとも言われるフィリピンで一番の富豪一家だった。
彼らはフィリピンを守って欲しいと、過去の偉人に未来の財宝を託した。
財宝を目の当たりにした牟田口は冷静だった。
彼は厳粛な顔を作って、白々しいほど整った声で言った。
「ビセンテ・リム将軍。未来は、あなたを英雄と認めています。ならば我々は、その未来に値する行動をしなければならない」
ビセンテ・リム准将は未来の世界でフィリピンの英雄として1000ペソ紙幣に肖像が描かれる偉人だ。
だが、彼は日本軍を相手に最後までゲリラ抵抗運動を指導し、徹底抗戦したすえに、日本軍に捕まり、斬首され埋められてしまう。
最後まで貧乏くじを引き続け、フィリピンの為に全てを捧げたビセンテ・リム将軍はいい人過ぎた。
彼は牟田口を自分と同じ、尊い志を持つ仲間だと勘違いした。




